36.ツンデレちゃん




 よくわからないまま、再び不機嫌そうにホール最奥で数名の騎士や貴族たちと話し合いを始めた伯爵夫妻。

 彼らはこんな華やかな夜会の中にあって、他の参加者と違って一切の笑顔が見られなかった。

 伯爵様と似たような渋面を浮かべている人たちもいる。



「ねぇ、お姉ちゃん」

「何かしら?」



 さすがにこれ以上の騒動はまずいと判断したのか、セシリー姉さんは先程の一件で挨拶回りするのは断念し、俺を連れて隅っこのテーブルへと移動していた。


 そこには、先刻俺たちが応接間で揉めていたときに姿を現した姉さんの妹であるレナーナ・グレンアラニスもいる。

 彼女も白と黄色の可愛らしいドレスを着用しており、お上品に飲み物や食べ物を口に運んでいた。



「よくわからないんだけど、今回のこの夜会って、お姉ちゃんの帰りを祝うためだけじゃないよね?」

「えぇ、おそらくね。多分だけど、この伯爵領の経営についての話し合いなどを行うためのものじゃないかしら」

「ふ~ん。経営ね。そう言われてみれば招待されている貴族や商人たちってなんか偉そうだよね」



 俺は気のない風を装いながら、鋭く周囲へ視線を巡らせた。

 ここに集まっているのはおそらく、伯爵領の中でも政治経済の中枢を担っている者たちばかりなのだろう。

 そしてそんな連中が皆一様に、表面上は笑顔で夜会を楽しんでいる風だが、その実、どこか目が笑っていない。


 それらから判断するに、やはり、伯爵様たちが渋面となっている経営についての案件が、伯爵領に住まう彼らの生活にも直接影響を及ぼしていると見て間違いないだろう。



「偉そうな貴族様たちがいったいどんな案件を抱え込んでいるんだろうねぇ」



 なんだか事件の匂いがする。そう。俺が大活躍できそうな!

 思わずニヤッと笑ってしまったら、壁を背にして隣に立っていたお姉ちゃんがいきなり俺の腰に腕を回してきてぎゅっと、抱き寄せてきた。



「こぉ~らっ、メ! 偉そうなんて言うものではありませんよ? みんなあれでも一生懸命頑張って仕事してくれてるんですから」



 怒っているのか甘えているのかよくわからないような表情と声で叱られてしまったが、俺は一言物申したい。



「そういうお姉ちゃんだって、アレでもとか言っちゃってるし。自分でも偉そうと思ってるんじゃないの?」

「こら! メ! それ以上言ったらお仕置きよ?」



 そんなことを言いながら、何を思ったのかこの人、俺の背後に回って両腕で抱きしめるようにしてきた。しかも、クスクス笑い声まで聞こえてくる。


 ていうかお姉ちゃん、弟というものをどういう風に見ているのか一度問い質してみたい。


 普通の姉弟って、ここまで甘々になるものなの?

 それともこの人にとっての弟とはそれ以上もありなのか。


 そんなことを考えていたら、すぐ近くで料理を口に運んでいた妹のレナちゃんまで目の色変えて、突然、俺とお姉ちゃんの間に割り込んで来たかと思ったら、懸命に俺たちを引っぺがそうとし始めた。



「ちょっと! お姉様から離れなさいよ! お姉様は私だけのものなのですから、ベタベタしないで!」



 どうやら激おこになっているようで、力一杯俺を明後日の方向へと押そうとするのだが、まったくびくともしない。

 レナちゃんがか弱いだけなのか、お姉様の拘束力が凄まじいのか。



「ていうか、あの~。先に言っておくけど、僕がお姉ちゃんにひっついてるんじゃなくて、お姉ちゃんの方が勝手に張り付いてきてるだけだからね?」

「そんなことはどうでもいいの! ていうか、お姉様のことをお姉ちゃんって呼ばないで! そう呼んでいいのは私だけよ! どこの馬の骨か知りませんが、私はあなたのこと、お兄様とは絶対に認めませんから!」



 ちびっ子はそう言って、舌を出してきた。



「ちょっと、レナ? 何をしてるの? やめなさい」

「だ、だってぇ、お姉様ぁ……!」



 さすがに妹の行動で理性を取り戻したらしいお姉様が俺を解放し、そのままレナちゃんの相手をしてくれたお陰で、ようやく俺はポンコツ姉妹から解放された。



「やれやれ」



 どうやらお姉ちゃん大好きっ子らしいレナちゃんだが、俺はひょっとして、この城に留まっている間中、ずっと彼女に睨まれ続けなければならないのだろうか。



「う~む」



 今後のことを考え腕組みして項垂れていたら、



「ご主人様、どうやらこの子供は可愛いものに目がないようです」



 お姉ちゃんが暴走したことで一時的に床に避難していた白猫ちゃんが、俺の肩によじ登ってきてそう耳打ちしてきた。どうやら勝手に解析してくれたらしい。



「ほほ~。可愛いものね~……」



 もしかして、それを与えれば俺の存在を認めてくれるということか?

 俺は何事か言い合っている姉妹を目を細めて観察していたのだが、そんなとき、ちらちらとレナちゃんが俺に視線を送ってきていることに気がついた。

 いや、正確に言うと俺の肩の上。

 そこまで考えて、俺はぽんと手を打った。



「レナちゃん、ネフィリムさんをモフりますか?」

「ミャ!?」



 白猫ちゃんの首根っこ掴んで両手で抱えると、素早くちびっ子の前へと差し出した。

 当然、なぜか俺以外に触られるのを嫌がるネフィリムさんは暴れて抗議してきたが、無理やりねじ伏せる。

 レナちゃんは俺の行動が予想外だったのか、しばらくぽか~んと固まっていたが、



「な、なんのつもりですか? そんなことしても、別に私はあなたのことを……!」



 ちびっ子は俺に猛抗議してこようとしたが、そこまで言って口ごもってしまった。

 言葉とは裏腹に、思いっ切り目が泳いでいる。それだけでなく、あからさまにそわそわし始めていた。これは脈ありってことだよね?



「お嬢様、どうぞ遠慮なく」



 笑顔を崩さずとどめを刺す俺。



「ふ、ふんっ。そんなことしても私は懐柔なんかされないんだからっ」



 とかなんとか言いつつも、レナちゃんはしっかりと白猫ちゃんを受け取るのであった。



「みゃ、みゃみゃ!」



 生け贄に捧げられた白猫ちゃんは、俺に抗議するように目を細めて鳴くが、後の祭り。

 彼女を両腕に抱えて年相応の愛らしい笑みを浮かべるちびっ子に、ネフィリムはひたすら頬ずりされたりもふもふされたりするだけだった。




◇◆◇



 

 宴はその後、二十一時を回ってもなお続いていたが、さすがに俺は手持ち無沙汰となってしまったのでお姉ちゃんたちと一緒に会場をあとにした。


 ホールを出る際に一度振り返って伯爵たちを垣間見たが、彼らは相変わらず難しい顔を浮かべて議論を白熱させていた。

 それだけ伯爵領では何か重大なことでも起こっているということなのだろう。



「さて、戻ってきたはいいけどどうしようかな」



 俺は招かれざる客ではあるが、だからといって問答無用で追い出されるといった状態にはなかった。

 既に俺の案件は保留となっているから、一応は客人扱いしてもらっていて、客間の一つを与えられている。


 いつ聖都に戻るかわからないが、それまではこの部屋を使ってもいいとのことだった。

 この決定にあの少し腹の中が黒そうなお母様が絡んでいるのは間違いないだろう。



「ご主人様」



 さんざかちびっ子にもふられて幾分機嫌が悪そうな白猫ちゃんが、ベッドの上で仰向けに寝転がっていた俺の横でお座りしながら声をかけてきた。

 今この部屋には俺とネフィリムの二人しかいない。

 おかしな姉妹は自室へと戻っている。



「ん? どうした?」

「丁度いい機会ですから、ご主人様が今後、どのように活動されていくのかお聞きしたいのですが」

「どうって言われても。とりあえず、よくわからないけどお姉ちゃん絡みのゴタゴタが解決したら聖都に戻れるだろうから、そしたらメインシナリオに介入しようかと」

「メインシナリオ? そう言えば以前、ご主人様はゲームがどうとかおっしゃっていましたね。その辺の事情もそろそろ詳しく教えていただけませんか? 何かお力になれるかもしれませんし」

「ん~……そうだねぇ……まぁ、二作目ラスボスのこととか、今この国で起こってる異変について調べるようとしたとき、その辺の事情を理解していないと情報収集しづらいか」



 この世界が本当のところなんなのか、俺にはよくわかっていないが、それを教えたとしても相手がネフィリムなら特に問題になることはないだろう。



「わかった。丁度いい機会だから教えておくよ。俺が知っていることのすべてを」

「はい。よろしくお願いいたします」



 白猫ちゃんはどこか嬉しそうに目を瞑ると、お辞儀した。

 俺はそれを見届けてから、自分が知っているこの世界のことについて全部教えてあげた。

 この世界はもしかしたらゲームの中なのかもしれないと。俺が知っているあの世界と酷似した世界なのだということを。



「いささか信じられませんが、これまでのご主人様の言動には色々と不自然なところもございましたし、それがご主人様のおっしゃるゲームなるものであるならば、なんとなくは理解できますね。まるで未来を予知していたかのように、色んなことをご存じでしたからね」


「まぁね。ある意味、俺が持ってる知識って未来の歴史みたいなものだしね。そういう意味では未来視の力を持っていると言えなくもないけど」


「そうですね。ですがもし本当にご主人様がおっしゃることが事実であるならば、私の本体のデータベース内にある、この世界を作ったとされる神の血族の話もあながち与太話ではないのかもしれませんね」


「神ねぇ……そう言えば、最初に会ったときに俺のことを神の血族がどうとか言ってたけど、あれのことか?」


「はい。ですが、詳しいことはよくわからないです。何しろ、ブラックボックス化されてしまっていますので、そのような者たちがいて、古代の民たちがあの文明を築き上げるときに使用したのが神の叡智と呼ばれるものだったと、そう書かれているだけでして」


「なるほど。だから古代文明が作り出した古代技術に似た知識を持っていた俺を、神の血族って言ったのか」

「はい。ただの憶測に過ぎませんが」

「う~ん。神……神の叡智とこの世界の仕組みねぇ……」



 果たしてそのおとぎ話のような噂と、俺が知るあの世界に関連性があるのかないのか。

 とりあえずは、現時点でああでもないこうでもないと考えていても、答えなんか出るはずがない。



「ブラックボックス内のデータを知りたいところだな」

「そうですね。天空城の機能解除と同じで、こちらも何かキーとなるものがあれば解除できるかもしれませんので、そちらもよろしくお願いします」

「あぁ、わかった。だけどとりあえずはメインシナリオ絡みだよな。聖都に戻ったらすぐにでも情報収集した方がいいな」

「そうですね。最悪、王太子であるセラスがすべての事件を解決してくれるのでしたら傍観を決め込むのもありだとは思いますが、私が解析したところ、今のあの方ではおそらく無理かと思います」

「やっぱり? あいつ、どう考えてもポンコツだったからな……」



 なんで原作主人公様があんなあふぉーになってしまっているのかよくわからないが、ネフィリムの解析結果を聞くまでもなく、あの程度の器の人間ではおそらく、最期に待ち構えているラスボスたちには到底立ち向かえないだろう。


 今後、色んな壁にぶち当たってその度にそれを破壊して偉大な人間へと成長していってくれればいいが、そうでなかったら世界が滅ぶ。



「ま、そのための俺だ。ひょっとしたら俺が介入したから主人公がぼんくらになってしまったのかもしれないが、当初の予定通り、俺が主人公になればいいだけだしな」



 俺は豪奢な意匠をこらした天井を見つめながらニヤッと笑った。


 ラスボスの俺がラスボスぶっ飛ばして世界を救う。

 なんて素晴らしいシチュエーションだ。


 そのためには、何がなんでもラスボスがいるであろうあそこを調査しなければならない。

 レグリア聖王国聖都にある王城と大聖堂の二箇所を。

 一人、今後のことに思いを馳せてニヤニヤしていたら、突然、部屋の扉がノックされた。



「オルフェン様。旦那様がお呼びです」



 時刻は既に二十二時を回っている。

 俺は扉の向こうから聞こえてきた、例の銀髪エルフのお姉さんの美声を聞きながら、思わず白猫ちゃんと見つめ合ってしまうのであった。

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