35.晩餐会
案内された三階大広間は、いわゆる舞踏会やパーティーなどを執り行う多目的ホールのような場所になっているらしく、既に丸テーブルが室内の至る所に配置されていた。
料理や飲み物も各テーブルに綺麗に並べられている。
今回催されたパーティーはどうやらセシリーお姉ちゃんの帰郷を祝うためだけのものではないらしく、会場内には軍服や豪奢な衣服、華やかなドレスなどを身に纏った男女が大勢いた。
彼らはおそらくこの伯爵領に住まう有力商人や下級貴族たちなのだろう。
それらから察するに、今回の夜会は政治的な意味合いの強い催し物と思われた。
「それにしても凄いねぇ。さすが貴族様のパーティーってところかな。並んでる料理や酒もそうだけど、集まってる人たちがなんともまぁ、見るからに金持ちばかり」
俺はグレンアラニス伯爵からしたら間違いなく招かれざる客だから、本来であればこんなパーティー会場に入れる立場ではない。
ネフィリムに関しても普通の人間から見たらただの獣だから、当然、門前払い喰らってもおかしくない存在だった。
しかし、なんだか知らないけど、俺はお姉ちゃんだけじゃなくて、若々しく美人なお母様にまで気に入られてしまったらしく、煙たがるお父様に対して彼女が、
「ルーフェくんも当然、招待しますよね? なんと言ってもこの子はうちの子なのですから」
そうニコニコしながら問答無用で言い含めてしまったのである。しかも、ネフィリムのことを使い魔だから問題ないと、そう断定して。
この世界に使い魔という概念があるのかどうか、俺にはよくわからないが、ビーストテイマーのような獣使いや魔法生物といった概念はあるらしいので、おそらくそれと同じ類いの代物と解釈されているのだろう。
ともかくだ。
そんなわけで、俺まで正装させられてこのパーティー会場へと足を運ぶことになったのである。
現在俺が着用している服は、この国の貴族連中がよく着ているらしい白地に金や青といった刺繍やパターン模様の入った軍服のような衣装である。
「ご主人様、ご主人様が手にされているのはお酒ではありませんか?」
そこら中で貴族や豪商たちが歓談しているのを部屋の隅っこで眺めていたら、襟巻きネフィリムさんが突然、耳打ちしてきた。
「うん? そうだけど?」
「ご主人様はまだ十八とお伺いしました。飲酒は身体によくありません。それに、古代では二十歳未満は飲んではいけない規則がありました」
「そうなの? まぁ、だけど、この時代は十五歳で成人だしね。特に年齢制限とかもないから気にしなくて大丈夫だよ」
俺はニヤッと笑うと、オレンジジュースみたいな果実酒を一気にあおった。
口の中に特有の甘さと酸味、それからアルコール分の苦みが広がっていく。しかし、それだけだ。
「う~ん。やっぱ俺、酔えないみたいだね。アルコール分が勝手に分解されちゃうみたい」
「そうなのですか?」
「うん。体内に魔神石が入ってるからね。あれがあると、毒とかが無効になるらしいんだよね」
俺がまだジークくんだった頃に、身体の中に自らの意志で埋め込んだ魔石のような石がある。
魔石というのは鉱山などで採れる魔力を帯びた魔鉱石を結晶化させたもので、魔道具などの燃料となる有名な石だ。
魔神石はそれに似ているのだが、俺の中に眠るジークくんの記憶が確かなら、あれは魔剣と一緒に封印されていた正体不明の石らしく、魔剣から流れてきた意志に従って埋め込んだとのことだった。
そしてそれにより、強大な力が体内に宿ることとなり、大抵の状態異常攻撃が効かなくなってしまったというわけだ。
そういったわけで、得体のしれない力の恩恵が得られている反面、酒にも酔えないという。
「ただまぁ、そんな意味不明な力だけど、一つだけ弱点があるんだよねぇ」
言わずもがな、コロコロコロリン酒である。
多分、今でもあれ飲んだり匂い嗅いだりしただけで、俺は酔っ払って寝込んでしまう自信がある。
「いずれにしろ、すべての状態異常が無効になるわけじゃないし、魔神石がいったいなんなのかよくわかってないから、今後のこともあるし、少し、調べておいてもらえるかな?」
「わかりました。解析の方を進めておきます。ですが、少し確認してみましたが、恐ろしく難解な組成構造となっているようですので、かなりお時間をいただくことになりますが」
「構わないよ。暇を見てでいいから頼んだよ」
俺はどこを見るでもなくぼ~っと遠くを眺めながらそう答えたのだが、そんなときだった。
「――ご主人様」
「うん。わかってる。誰かがこっち見てるよね」
この会場に入ってからずっと、誰かにジロジロ見られているような気がしていた。
俺は相手に気付かれないようにそちらへと微かに視線を動かす。
各テーブルや、それらの合間には相変わらず貴族たちがグラス片手に談笑している。
そんな彼らとは対照的に、ホールの壁際の至る所にはメイドや執事たちが直立不動の姿勢を取って控えていたのだが。
現在俺がいるホール手前右隅から見て、左手側にはバルコニーへと通じるデカい窓があり、それを覆うようにカーテンが引かれていたのだが、なんだろう?
そのカーテンに身体半分隠すようにして、一人の銀髪エルフがこちらをじっと見つめていたのである。
「ねぇ、ネフィリムさん。あれ、なんだと思う?」
「さぁ? 新手の遊びでしょうか?」
多分あれ、軟禁されていた俺を伯爵様たちがいた部屋に呼びに来たエルフのお姉さんだと思うんだけど、なんか知らんけど、顔半分だけ出して食い入るようにこっちを見ていた。
電柱の陰からこっそりこっち見ているどっかのストーカー少女とか、なんとかは見たみたいな変な人。
「う~む」
ひょっとして俺の正体に気がついて、探りを入れているとか?
そう言えば、お父様が俺の身辺調査するとか言ってたし。
だけど、あんな見え見えな身の隠し方するとか。こう言っちゃなんだけど、頭が悪いとしか思えないんだよね。
と、一人そんなことを考えていたら、
「ルーフェ」
どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。
セシリーお姉ちゃんである。
お姉様は髪の色と同じ水色のドレスに身を包み、普段はただ背中に流しているだけの長いゆる巻き髪を今はハイポニードリルヘアみたいな感じにまとめ上げていた。
胸元が開いていないタイプのノースリーブドレスだったから、残念ながら大きなお胸の谷間は一切拝めない。
まぁ、お姉ちゃんはただでさえ胸がデカいから、谷間が開いていたらそこら中のエロ親父どもの視線を一身に集めてしまうだろうし、これはこれでありである。
お姉ちゃんの胸を見ていいのは弟の俺だけなのだ。うむ。
「ルーフェ、あなたはこんなところで何しているの? 探していたのよ?」
「うん? どうかしたの?」
いつも以上に綺麗で色っぽくてゴージャスだからか、今更ながらにお姉ちゃんは貴族令嬢だったんだなと再認識してしまう。普段のあの残念っぷりが嘘のようだった。
「どうかしたのじゃないわ。あなたのことを色んな人に紹介したかったのよ。だから、一緒に来なさい」
そんなことを言いながら俺の左手を掴むと、無理やり歩き始めてしまう。
「エ~……紹介とか、必要ないと思うんだよね。僕、ただの外野だし。それに、そんなことしたら、また伯爵様に怒られるよ?」
「あなたはそんなこと気にしなくてもいいのよ。もしまたおかしなこと言ってきたら、親子の縁切って、家を飛び出すだけだから」
「エ~……」
それってあれだよね。彼氏が別れるって言ったら死んでやる! って言い出す女の子と同じパターンだよね?
などとは口が裂けても言えない俺だった。
「これはこれは。セシリアーナ様。本日も大変お美しいですな」
「あら? うふふ。相変わらずお上手ですわね」
「いえいえ。本当のことですから――と、それで? そちらの方はどちら様ですかな? 見かけない顔ですが」
「えぇ。こちらはオルフェンと言いまして、私の大切な弟ですの」
引きずられるようにして連れて行かれたホール中央で、突然、恰幅のいい豪商風の中年親父と話し始めたお姉ちゃん。
なんだか気持ち悪いしゃべり方してるから思わず突っ込みを入れたくなったけど、勝手に弟として紹介されてしまい、おっちゃんの顔が奇妙なものを見るような目つきに変わったので仕方なく合わせることにした。
「初めまして。ご紹介に与りましたオルフェンと申します。若輩者ですが、以後お見知りおきください」
元貴族らしく宮廷儀礼に則って華麗に腰を折る俺。
「い、いえ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
おっちゃんもすぐさま反応して会釈を返してきたが、どう反応していいかわらかないといった感じだった。
まぁ、当たり前と言えば当たり前だけどね。いきなりどこの馬の骨ともしれない男を弟と紹介されてもね。
「それでは私たちはこれで」
お姉ちゃんは終始ご機嫌な笑みを浮かべながら、更に俺を引っ張り回して他の貴族連中のもとへと引っ張っていこうとしたのだが、当然、そんな大胆な行動取ればどうなるかなんてわかりきっている。
突然、何かが砕け散るかのようなパリーンっという甲高い音が鳴り響いた。
ガヤガヤしていたホール内が一斉に静まり返って、その場にいた全員の視線がホールの一番奥の方へと向かった。
そこには、顔を真っ青にした伯爵様――つまり、お父様が呆然と固まっていたのである。
どうやら持っていたグラスを床に落としたようだが、そんなグレンアラニス伯爵はすぐさま正気に返ると、きょとんとしていた俺たちの元へと物凄い勢いで駆け寄ってきた。
「おい、お前ら! いったい、何をしているんだ!」
親父殿は耳打ちするかのような小さな声で、俺たちに怒声を浴びせてきた。よく見ると、額に冷や汗が浮かんでいて、青なのか赤なのかわからないような顔色になっている。
「何と言われましても、私の弟を皆さんに紹介しているだけですわ、お父様」
「紹介だと? 俺はこやつを息子にした覚えなどないぞ!?」
「お父様に覚えがなくても私が覚えていますから問題ありませんわ」
お姉ちゃんはニコニコしながら勝ち誇ったように言い放った。
「これ、どう考えても計算尽くだよね」
「……そのようですね」
再度親子喧嘩が勃発しそうになっている二人を見て、俺と白猫ちゃんは誰にも聞こえないようにぼそっと呟いた。
どうやらこのお姉様、衆人環視の元であれば、伯爵様が反論できないだろうと踏んで俺をそこら中の金持ち連中に弟として紹介し、既成事実を作ってしまおうと画策していたようだ。
なんという執念。
「あ~な~た~? 何をなさっているのかしら~?」
そんな一騒動起こしそうになっている俺たちの元へと、例によってお母様がニコニコしながらやってきた。
ていうか、あの笑顔、腹の中に色々どす黒いもの隠していそうで怖いんですけど?
「何をやっているかではない! セシリーがまたバカなことをしていたから注意していただけだ!」
「あ~な~た~? 今はそのようなことに気を取られている場合ではないでしょう~?」
「そのようなことだと!? これがそのようなことの一言ですむ問題か!」
どうやらお父様は意地でも俺を息子として認めたくないらしい。
まぁ、知らない間に愛娘によって息子が増やされていたわけだし、当たり前と言えば当たり前だけどね。
俺が親父さんでも多分怒ると思う。
しかし、そんなご立腹な伯爵様も何のその。お母様はひたすらニコニコしながら突然旦那の首根っこを掴むと、元の場所へと引きずり始めた。
「おい! いきなり何をするか!」
「うふふ。いいからいいから。今はもっと大事な話し合いをしなければならないときでしょう?」
「おい……!」
なぜか伯爵様は細腕のお母様にまるで抗うことができず、ひたすら引きずられながら、去っていくのであった。
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