34.ラスボス、軟禁される




「え~、平たく言うとですよ? 俺たちは今、軟禁状態に置かれているわけですよ」

「ご主人様……誰に話しかけているのですか……。というより、そんな悠長な台詞を吐いている場合ではありません。先程、屋敷内を探査してみましたが、どうやらセシリーのお父君が大変ご立腹なさっているようです。今しもご主人様を処刑するとまでおっしゃっていましたが?」

「え? マジで?」



 白猫ちゃんが絨毯の上にちょこんとお座りしながら、ソファーに座っていた俺に細めた瞳を向けてきた。


 事の顛末は至極明快だった。


 俺たちを出迎えてくれたあの二人はセシリー姉さんの両親で、俺たちに会うなりお姉ちゃんだけ一人連れて行かれ、俺は理由も告げられずになぜかこの部屋に押し込まれてしまったのである。


 ネフィリムの話によると、多分というか予想通り、俺を無理やり弟にしてしまったことが問題となっているらしい。

 俺たちを本邸に呼び出した理由のすべてがそこにあるのかどうかはわからないけどね。


 一応、ここは応接間の一つらしく鍵もかかっていないので、その気になればいつでも出て行ける。それに、貴族の屋敷らしく、ここは聖都の別邸以上に豪華な部屋だったからかなり快適に過ごせる場所だったので窮屈さは一切ない。


 なので別に居心地が悪いというわけではないのだが、正直、今の状況をどう解釈していいのかわからないといったところだった。



「だから私は申したのです。何かあったらどうするのですかと」

「今更そんなこと言われてもねぇ」

「ともかくです。ご自分でまいた種ですし、ご自身でなんとかするしかないでしょうね」



 白猫ちゃんはなんだか知らないけど、ぷいっとそっぽを向いてしまった。



「なんか冷たくない?」



 緊張感のない態度で目を細めてじっと見つめてやるが、彼女はてくてくどこかへ行ってしまった。

 まるでそれが合図となったかのように、扉がノックされた。



「はい」

「失礼いたします」



 俺の返事を受けて、一人のメイドが姿を現した。

 長い銀髪をハイポニーにしたような髪型の美しい女性。見た目は二十代前半だが、問題なのは彼女の耳が人族ではあり得ないぐらいに細くて長いということだった。

 つまりはエルフ。実際の年齢なんかわからないが、とにかく宮殿入り口で見かけたエルフのメイドさんの中では特に際立った美しさを持つとても品の高い女性だった。



「……旦那様がお呼びです。こちらにいらしてください」



 彼女は凜とした声色でそう告げたあと、よくわからないが俺のことを目を細めてじ~っと見つめてきてから背中を向けた。



「わかりました」



 俺は部屋の外に出ていった彼女のあとに続いて部屋を出た。その際、例によって足下に近寄ってきたネフィリムさんが、ひょいっと肩の上に飛び乗ってきて襟巻きになった。




◇◆◇




 通された部屋は先程の応接室以上に絢爛豪華な一室だった。

 部屋中央には大理石で作られた細長いテーブルが置かれ、その両サイドに意匠の凝らしたソファーが置かれている。


 壁には如何にも金持ちが好きそうな、一目で高級品とわかる家具調度品が並べられていた。

 暖炉や絵画などもあり、ザ・貴族の屋敷と言わんばかりの応接室だった。


 そんな部屋に、セシリー姉さんの父親であるグレンアラニス伯爵と彼の妻が、一緒のソファーに腰かけていた。

 テーブルを挟んだもう一つのソファーにはお姉ちゃんが一人で座っている。



「来たか。とにかくそこに座りたまえ、オルフェンとやら」

「はい」



 無表情というより思い切りガンつけてきた伯爵様が勧めるままに、俺はお姉ちゃんの隣に腰を下ろすことになった。

 白猫ちゃんは既に下に下りていてソファーの横で寝そべる。


 この部屋には他に、白銀の鎧を着込んだ騎士風の男たちが部屋の四隅に一人ずつ、直立不動の姿勢を取って待機しており、入ってきた扉にも二人、警備に当たっていた。


 恐ろしく物々しい雰囲気である。

 これはちょっと、まずいことになってる?



「……単刀直入に聞く。オルフェンとやら、貴公は何が目的で我が家――もっと言えば、我が娘に近寄った? 金か? それとも娘の貞操が目的か?」



 着席するなり、鋭い声音で問い質された。刺すような視線はさすが伯爵位を授与されるだけのことはあり、歴戦の猛者を思わせる隙のないものだった。


 ネフィリムに鑑定してもらわなくても直感でわかる。

 この人はかなり強いと。もしかしたら、一作目主人公より強いんじゃ?


 そんなことを考えていたら、どうやら俺が返事に困っていると勘違いしたらしい。

 左隣に座っていたお姉ちゃんが大慌てとなって立ち上がった。



「待ってください、お父様! 先程から申しているではありませんか! この子は私の大切な弟です! この子に他意なんかありません! 私が無理やり屋敷に引き入れたのです!」

「黙りなさい! お前と話していても埒があかん! 確かにこの若者はあの子の面影を感じさせる部分はあるのかもしれん。だが、まるっきり別人だ。もっと言えば、あいつはもう死んだのだ! いい加減、その妄執は捨てろ!」



 どうやらお父様までヒートアップしてしまったらしく、椅子から立ち上がってお姉ちゃんを睨み付けた。



「嫌です! お父様こそなぜわかってくださらないのですか! リューはまだ死んでなどおりません! 今こうして、ルーフェとして私のところに帰ってきてくれたではありませんか!」



 そんなことを言って、お姉ちゃんはあろうことか、俺の首に抱きついてきやがったのである。


 え~っと。こんなことされたら、せっかく怒りの矛先が俺から逸れたのに、また戻ってきちゃうよね?

 などと思っていたら、本当にそうなった。



「貴様! 貴様だ! やはり貴様が諸悪の根源だ! 我が娘の心の隙につけいり、たぶらかしおって! 男として恥ずかしくないのか、この悪党めが!」



 伯爵様は顔を真っ赤にして俺にびし~っと右の人差し指を突きつけてきた。

 やっぱりこうなったか。


 ていうか、俺がお姉ちゃんをたぶらかしたことになってるけど、有無を言わさず屋敷に拉致されて無理やり弟にされたの、俺の方だからね?


 思いっ切り勘違いされてるみたいだけど、もしかしてお姉ちゃんがポンコツなのって、この親父さんから遺伝したんじゃ?

 そんなことを思いつつも、反論してみようかと思ったのだが、



「お姉さまぁぁ」



 突然、甲高い叫びと共に扉がバンっと開けられ、ちっこい女の子が室内に乱入してきた。

 セシリーお姉ちゃんをそのまま胸の高さまで縮小したような女の子。



「レナ!?」



 首に抱きついたままだった姉さんだけでなく、親父さんも愕然とする中、レナと呼ばれた少女は勢いよくお姉ちゃんに飛びついた。

 必然的に、俺まで抱きつかれる格好となり、可愛らしいドレス姿の彼女が繰り出してきた膝蹴りがもろに俺の腹にめり込む。



「ぐへ……」



 完全障壁張ってるから痛くはないが、結構痛い。



「レナ! 久しぶりね。ちょっと見ない間に随分大きくなって」

「うん! 私、もう十歳になったのよ? ずっとお姉様に会いたかったのに、どうして会いに来てくださらなかったのですか?」

「ごめんなさいね。冒険者の仕事が忙しくて」

「そうだったんですね。ですが今こうして会えて、本当に嬉しいです!」



 水色の髪をツインテにした少女は本当に楽しそうに笑うと、セシリー姉さんに頬ずりし始めた。

 ていうか今の状態、傍目から見たら恐ろしくカオスだよね。


 俺の首に抱きついているセシリー姉さんの首に、更にレナちゃんが抱きついているわけだから。しかも、この子は俺の姿が目に入っていないのか、俺の太股を椅子代わりにして両膝立ちになっている。

 そのうちこの姉妹に人間椅子にされそうだ。



「ぅをっほんっ」



 きゃっきゃしている水色姉妹にすっかり牙をもがれてしまったらしく、ダンディーなお父様がわざとらしい咳払いをしてソファーに座り直した。

 うんざりしたように額を抑えて項垂れている。

 そんな彼の隣に座っていたセシリー姉さんのお母様が、こんな状況なのにずっと微笑みを絶やさず、旦那の背中を撫で始めた。



「――まぁいい。ともかくだ。この件に関しては一旦保留とする。セシリーも正気ではないようだしな。だが、オルフェンとやら。貴公の身辺調査だけはさせてもらうからな。そしてもしその結果、万が一にでも我が家に仇なす存在と判明した暁には、わかっておろうな?」



 再度百獣の王のような眼光を飛ばしてくるグレンアラニス伯爵に、俺は軽く頷いた。

 それを見て、待ってましたとばかりに伯爵の奥さんがパンと両手を叩いた。



「はいはい。それじゃぁ、お話も一段落ついたということですし、宴の準備と行きましょうかぁ」



 黙り込んでしまった旦那の代わりに、これまでの修羅場をまるで見ていなかったかのような一際明るい声を出す奥方。



「ルーフェくんでよかったかしらぁ?」

「え、あ、はい」

「うっふふ。セシリーちゃんが気に入るだけのことはありますね。本当に底知れぬ魔力をお持ちのようで」

「え……?」



 俺はこの天然っぽい雰囲気を醸し出しているお母様が何を言い出したのか、いまいち理解できなかったが、そんな俺を置き去りにして勝手に話が進んでいく。



「さぁさ。もうじき日も暮れるでしょうし、皆さん、移動しましょうね――あぁ、それから、ルーフェくん。これからは、私のことはお母様と呼んでちょうだいね、うっふふ」

「――は?」



 呆然とする俺だったが、目の前に座っていたおっちゃんはそれ以上にぎょっとした。

 ニコニコ顔のお母様の発したおかしな発言に、すかさず伯爵様が激高する。



「おい! お前は何をバカなことを言っておるのだ! 俺は絶対に認めないからなっ」



 艶やかに笑いながら出ていく俺のお母様となったご婦人のあとを、伯爵様は怒声浴びせながら大慌てで追いかけていった。


 その場に取り残された俺とお姉ちゃん、それからレナちゃん。

 水色姉妹はぽかんとしていたが、妹の方と目が合った瞬間、よくわからないが、「ふんっ」とそっぽを向かれてしまった。

 どうやら嫌われてしまったようだ。


 ――かくして、よくわからないが、俺の一件は保留となり、軟禁状態から解かれることとなった。

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