33.お姉ちゃんの里帰り
ギルドへの報告も終わったということで、その日は一旦解散という運びとなり、自由行動となった。
今後の連絡方法はギルドを通じて行われるらしく、基本的には毎日十時ぐらいにはギルドに集まるという話に落ち着いた。
そんなわけで、冒険者としても十分楽しめた俺は、本来の目的である裏主人公となって悪をぶっ飛ばすために、早速二作目メインシナリオ絡みの情報収集へと向かうことにした――のだが。
せっかく街中を駆けずり回ろうと誰よりも早く、ギルドからとんずらしようと外へ飛び出したのに、そうはさせじとお姉ちゃんに取っ捕まってしまったのである。
「どこへ行くのかしら? ルーフェ?」
悪さをして捕まった猫みたいに後ろから首根っこ掴まれ猫背の姿勢を余儀なくされる俺。
「え~~~っと……仕事終わったでしょ?」
「えぇ」
「自由時間になったでしょ?」
「そうね」
「だからね」
「えぇ」
「ちょっと街中をぶらぶらして息抜きしようかと」
俺は首だけを振り向かせて、俺という人間――というより、ジークくんが結構童顔の可愛らしいタイプの男の子なのを利用して、にっこり微笑んでお姉ちゃんをきゅんっとさせようとしたのだが、どうやら失敗したらしい。
「ルーフェ?」
「うん?」
怖いぐらいにニコニコしているお姉ちゃんに俺はきょとんとして見せた。
「遠征を伴う冒険旅したあとは、しっかりと身体を休めなくちゃいけないの。そうでなくともあなたは目を離すと、ほんっとうにどこで何しでかすかわからないような子なんだから。お姉ちゃんをこれ以上心配させないでちょうだい」
そんなことを言って、セシリーお姉様は後ろからぎゅーっと抱きしめてくるのであった。
ギルド出てすぐのところで、傍目から見たらラブシーン演じてるようにしか見えない言動取っていたものだから、広場を歩いていた人たちに好奇な眼差しを向けられてしまった。
更にはすぐ後ろの方から溜息まで聞こえてくる。
「セシリー……以前から思ってたんだけど、ちょっと過保護すぎるんじゃない?」
どうやら俺たち同様外に出てきたらしい仲間たちのうち、フィリリスがナイスな突っ込みをしてくれた。もっと言ってやれ。
「いいのよ、これぐらいの方が。この子、本当に目が離せないんだもの」
お姉ちゃんはそう言って更に強く抱きしめてくる。
そんな彼女に呆れてしまったらしく、金髪お姉さんは俺たちの前へと歩いてきて、苦笑しながら溜息を吐いた。
「まったく……あなたという人は……」
「まぁ、だけど余所の家のことだからね。ボクたちが深入りするようなことじゃないとは思うけど」
「そうですね。ですが……いえ。そうですね。お二人の関係性がどういったものなのかは正直よくわかっていませんが、例の弟さんのお話もありますし、セシリーさんにとっては死活問題なのかもしれませんね」
「だけれど、今度ゆっくりと、色々教えてよね。なんでルーフェを義理の弟にしたのかとか、話せる程度でいいから」
フィリリスのあとに続いて、ライラックとアイーシャ、エレミアがそれぞれ苦笑したり、困ったような表情を浮かべたりする中、ようやく俺を解放してくれたセシリー姉さんが、「えぇ」と頷いた。
「……そのうちにね。そうだ。せっかくこうやってパーティー組んだんだし、今度一度お互いのことをよく理解するためにも懇親会とか開いて、そこで色々と語り合いましょうか」
「あら? それは名案ね。そうしたらネフィちゃんとも……」
フィリリスはそんなことを言って、うふふと妖しげに微笑んだ。
「それじゃぁ、私たちはこれで」
エレミアが笑顔で手を振り、去っていく。
ニヤけ顔が止まないフィリリスを始め、にっこり笑顔のアイーシャとライラックも雑踏の中へと消えていった。
「さて、では私たちも家に戻りましょうか。久しぶりにゆっくりとお湯に浸かりたいし。帰ったら早速、一緒にお風呂に入って洗いっこしましょうね」
そんなことを言ってにっこりと笑う、怖いお姉さん。
どこかうっとりとしたような艶微笑を浮かべるお姉ちゃんに危険なものを感じ、ゴクリと生唾を飲み込んだときだった。
ギルド前で佇んでいた俺たちの前に、ゆっくりと一台の馬車が走ってきた。
「やはりここにおられましたか――お嬢様」
目の前で停車した馬車の御者をしていた男がそう声をかけてきた。
屋敷で執事として働いてくれている老齢の男性セヴァス・チアンだった。
「あら? こんなところにどうしたのかしら?」
「はい。実は先頃、ご実家から連絡がございまして、一度、本邸へ顔を出すようにと通達がございました」
「え……?」
お姉ちゃんは執事の言葉に呆然とし、ただ俺を見つめてくるだけだった。
◇◆◇
お姉ちゃんの実家があるグレンアラニス領は聖都の東――この国の最東端にある。
ちょうど、禁断の地キルリリックと呼ばれる大樹海との国境線上に山脈があり、その西側に位置するらしい。
理由は知らされていないのでよくわからないが、とにかく一旦帰ってこいということらしく、さすがのお姉ちゃんも逆らえなかったと見え、やむを得ず帰郷することとなった。
ひょっとしたら俺を無理やり養子縁組しようとして家紋印を勝手に拝借したのがバレたんじゃ? とか思ったけど、要領を得ないので真相は藪の中。
ともかく、そういった事情もあって、しばらくの間、冒険者の仕事はお休みすることになった。ギルドにも伝言を頼んであるからまぁ、フィリリスたちにも連絡は行くだろう。
で、それは別にいいんだ。うん。
冒険者の仕事もないし、だったら久しぶりにソロであれこれ遊ぶぞ! ついでにメインシナリオに絡む情報収集もしまくってやる! とか思っていたのに、なんか知らんけど、お姉ちゃんに拉致された。
「あなたを一人ほっとくわけにもいかないでしょう? 丁度いい機会だから、お父様たちにも紹介したいしね」
そんなことを言って、怖いぐらいのニコニコ笑顔を浮かべてくるのであった。
なぜ?
「いやだぁぁ~~~。行きたくない~~~!」
お姉ちゃんの家に無理やり拉致されたとき同様、問答無用で馬車にねじ込まれた俺は悲鳴を上げながら脱出を試みるも、デカい肉の塊を押し付けるように背中からぎゅ~ぎゅ~抱きしめてきたお姉ちゃんに阻止され、そのまま本邸のある伯爵領へと強制連行されてしまうのであった。
ギルドの外まで出てきて様子を窺っていた担当の受付嬢カサンドラに苦笑交じりの美貌で見送られながら。
◇◆◇
数日後。
道中は至って穏やかで、特に野盗や魔物の類いに襲われることもなく無事、伯爵領へと辿り着いた。
領地を持っているこの王国の貴族たちは、基本的に爵位持ちだが、領地を持たずに聖都で国事に当たる者たちも数多い。
上は大公、下は男爵と色々とあるわけだが、一つの家にしか爵位を与えられないというわけでもないから、実際のところ、どのくらいの貴族たちが爵位を授与されているのか不明である。
お姉ちゃんの実家も例に漏れず爵位持ちだけど、同時に領地も持っているので基本的には聖都で国事に当たる宮廷貴族ではなく、地方領主という位置に納まっている。
従って、与えられた領地の管理運営を任されている関係上、小さな都市も持っていて、そちらに本邸となる城が建てられていた。
「うへぇ……話には聞いていたけど、本当にお姉ちゃんは領主様のご令嬢だったんだねぇ」
馬車の窓から見える都市の外郭を目の当たりにして、思わず溜息を吐いてしまった。
今いる場所はあと十数分もあれば町の城壁内部へと入れるといった距離にある穀倉地帯。
そこを走る街道を執事のセヴァスが操る馬車で移動しているところだった。
「あら? 何を言っているのかしら? 今はあなたもグレンアラニスの一員なのよ? だからあなたも領主の息子、ということになるのよ」
隣に座っていたセシリーお姉様はにっこり笑顔で俺の右腕を胸の間に挟み込むと、しなだれかかってきた。
手もしっかりと恋人繋ぎでロックされてしまう。
「あぁ……本当に幸せ。まさかこうして、再び弟と一緒にこの街に戻って来られる日がやってくるなんて、夢にも思ってなかったわぁ……」
お姉ちゃんはどこか遠いところを見るかのように、うっとりとした笑顔を浮かべた。
俺は目を細めながらそれを見やり、
「僕……戸籍上は義理の弟になってるかもだけど、本当の弟じゃないからね?」
しかし、お姉ちゃんは鋭く突っ込み入れた俺の言葉を完全無視した。
「……ねぇ、ルーフェ。もしお父様に無理やり冒険者やめさせられたら、二人してこの町で一緒に暮らしましょうね?」
「エ~……。それ、本気で言ってるの? 確かお姉ちゃん、弟の夢を叶えるために冒険者になったって言ってたよね? なのにやめるの?」
「いいのよ。あなたはそんなこと気にしなくて」
そんなことを言って、更に密着してくる甘々なセシリーお姉様だった。
「う~ん。残念すぎる……」
ぼそっと呟いた俺の一言に、正面の椅子にちょこんと座っていたネフィリムさんが小さく、ミャーと鳴いた。
◇◆◇
その日の夕刻。
到着したグレンアラニス伯爵家が収める最東端の城塞都市は上から見て正方形の形をしているオーソドックスな作りの町で、四方を高い城壁に囲まれていた。
東西南北それぞれに大門が設けられ、それらすべてに伯爵家が雇っている衛兵が詰めている。
俺たちが辿り着いた西門にも町の中に入る者たちを検閲する兵が当然、立っていて旅人たちが長い行列を作っていた。
俺たちを乗せた馬車はそれを横目に眺めながら、大門隣に併設されている専用の通用門へと到着した。
「や。これはお早いお付きで。さぞ、お疲れになったことでございましょう」
「いえ。お気遣い感謝します」
門の警備に当たっていた衛兵と御者のセヴァスがそんなことを話しながら、俺たちは入門した。
さすがに聖都と違い、街中はどこか田舎を思わせるようなそんな下町情緒溢れる雰囲気に包まれていた。
町を行き交う町人や旅人たちも多く、彼らを相手に商売している大通りの露天もかなりの賑わいを見せていた。
非常に活気に満ちあふれていて、如何に伯爵家が善政を敷いているかがわかろうものだ。
「この町も随分と久しぶりねぇ……何年ぶりかしら?」
東西南北を突っ切るようにして作られている大通りを馬車で走りながら、お姉ちゃんがおかしなことを言い出した。
「あれ? 確か家紋印取りに、一度こっちに顔出してたよね?」
横目でじ~っと見つめてやるのだが、お姉ちゃんは相変わらず遠いところを見るようにして外を眺めるだけ。
その姿は一見すると故郷に思いを馳せる乙女の顔、のように思えたのだが、そこはお姉ちゃんである。
この人、都合が悪くなって無視しやがったな?
そんなことを考えながら、更に目を細めてジロジロ見つめていたら、やがて、町の中央広場に囲まれるようにして作られた領主の城へと辿り着いていた。
聖都にある別邸以上に絢爛豪華さを誇る大宮殿。
さすが爵位持ちの貴族といったところか。
敷地を囲む内壁の門を開けてくれた兵によって、前庭内を走り抜けていく馬車。
そして、宮殿の正面入り口で馬車は停車し、俺とセシリー姉さんはセヴァスが開けてくれた扉から地面に降り立った。
そんな俺たちを、大勢の人々が出迎えてくれた。
タキシードを着た執事数名を始め、人族のメイドやどう考えても白エルフとしか思えないようなメイドさんたち。
伯爵家に仕える騎士や兵士たち。
おそらくその数、五十名は下らないかと思われた。
そんな大勢の人間に見守られる形で、屋敷の中から一組の男女が姿を現した。
青いドレスを着用した金髪の美しい女性と、そしてそんな彼女をエスコートする形で現れた壮年の男性。
彼は水色の短髪を微風になびかせながら、髪と同じ色の瞳を俺たちに向けてきた。
美丈夫だが厳めしい、とても険のある鋭い眼光で俺たちを睨み付けてきたのである。
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