32.セラス・アレン・レグリア




 二作目主人公であるセラス王子は猪突猛進で自信過剰なところがあり、主人公であるにもかかわらず非常にくせのあるキャラクタとして描かれていた。


 しかし、ゲーム内で様々な困難に立ち向かっていくうちに、成功と挫折を同時に味わい、人として成長していき、最終的には巨悪を倒して王国、引いては世界を平和に導く。


 そんな存在だった。


 だからある意味、今はまだ原作シナリオも序盤中の序盤だから王子が原作にないような富国強兵政策などという残念な制度を導入したとしても、キャラクタのイメージそのままなので驚きはしない。


 ただ、実際にその張本人が目の前に現れたとなると、結構な衝撃となって胸に楔を打ち込んでくる。



「あまりにも残念すぎる……」



 俺は冷め切った瞳を入ってきた王子に向けていたのだが、隣にいたお姉ちゃんに無理やり跪かされていた。



「ちょっと、お姉ちゃん?」

「バカっ……。大人しくしてなさい。相手は王族なのよ? 礼節を弁えない人間は裁かれるわ」



 よく見たら、俺たちだけでなく、その場にいたすべての人間が地に膝をつけて頭を垂れていた。

 どうやら本当にあのイケメンは王子様らしかった。



「この場に居合わせた冒険者たちよ、面を上げるがいい!」



 凜とした鋭いイケボが室内に響き渡った。

 さすがに王子様と言うだけあり、威圧感に満ちた声色だった。

 もしかしたら、それすら主人公補正が入っているのかもしれないが。


 俺は許しが出たので跪いたまま顔を上げた。

 セラス王子はどこか得意げに周囲を見渡している。


 キャラクタイメージを裏切らぬその自信満々な態度に、逆にほっとしてしまうほどだった。

 主人公らしからぬ主人公像を見せているから、彼は原作通りの残念な最序盤主人公で間違いないだろう。


 もしこれが変にイメージとまるっきり違う人間だった場合、ちょ~っとまずいことになる。奴がどう動くかわからないからだ。


 最悪、原作とまったく違うバカなことばかりやり始めて、二作目ラスボスが出てくる前に世界が滅んでしまうかもしれない。そうなったら泣くに泣けない。



「だってそうだろ? 主人公様に成り代わって、この僕が裏主人公としてラスボスを倒すんだから」



 目を細めて王子様を睨み付けながらブツブツ言っていると、お姉ちゃんに脇腹をつねられた。



「いて」



 物理障壁を張っている俺にダメージを当てるとはさすがお姉ちゃん。

 まぁ、実際にはゼロダメだけど。



「あなたはさっきから何をわけのわからないこと言っているの。静かにしなさいっ……」

「は~い」



 小声で怒られてしまったので、大人しくすることにした。

 王子様はひとしきり居合わせたすべての人間を見下ろしてから、



「よし! 全員、楽にしてこちらに注目しろ!」



 そう言って、出入口すぐのところに設置されていたテーブル席に着席すると、偉そうに足をテーブルの上に載せた。

 衛兵二人はそのサイドに直立不動の姿勢を取った。


 俺を含めた他の冒険者たちやカサンドラたちギルド職員は、王子の許しが出たので立ち上がる。

 セラス王子はそんな俺たちに満足したように軽く頷いてから口を開いた。



「今日俺がこの場に来たのには理由がある。お前たちも知っての通り、南の鉱山都市が魔物どもの襲撃に遭って壊滅した。今現在、国をあげてこの問題に対処しているが、圧倒的に戦力が足りていない。更に、壊滅した鉱山都市すべてが闇に覆われ、近づくことすらできないといった有様だ。おまけに、彼の地を皮切りとして、王国中に異変が広がっている」



 厳かに告げる王子のあとを継ぐように、隣の衛兵が口を開いた。



「現在、わかっているだけでも六カ所ほどに異常なまでの瘴気反応が確認されている。今はまだ、そこは鉱山都市ほどではないにしろ、闇の濃度が濃くなりつつある。時折、魔物の類いが湧き出ていることも確認済みだ」



 衛兵はそこで口をつぐみ、再び王子が口を開いた。



「そこで王国ではこれらを完全封鎖し、魔物どもが出てこられないように封印処置を施し、とりあえずはなんとか防いでいるが、これはあくまでも一時しのぎに過ぎない。早急にこれらの原因を調査し、瘴気や魔物どもを根本から消滅させなければ王国中に火の手が上がることになるだろう」



 王子はそこで言葉を切り、テーブルから足をどけて立ち上がった。



「それゆえ、俺はここに調査殲滅のための精鋭部隊を結成することにした! その部隊の一員として、正規兵だけでなく、諸君ら冒険者も起用しようと思っている! 大変危険な任務だが、敵すべてを殲滅した暁には報酬は思いのままだっ。我こそはと思う者たちは名乗りを上げよっ。この俺自らが打ち出した富国強兵政策によって強者となった冒険者たちよっ。俺の指揮の下、名を上げ故郷に錦を飾りたいと思う者は前に進み出よっ」



 右腕を天へと掲げ、よく通る声で檄を飛ばす王子様。

 よくもまぁペラペラと都合のいいことばかり並べられるものだ。

 要するに、自分のために馬車馬のように働けってことだろう?


 しかも、冒険者だから義勇軍に参加して死んだところで、「はい、ご苦労さん!」の一言で終わるだろうし。

 誰がこんななんちゃら詐欺みたいな手に引っかかるかよと、半ば冷めた目で周囲を眺めていたのだが、



「ぅおおおお~~! やってやるぜっ、俺はよっ」

「は?」



 如何にも頭の悪そうな筋肉だるまが雄叫びを上げていた。

 どうやらそれが合図となったらしい。

 そこかしこで歓声が上がり、老若男女問わず、大勢の冒険者たちがバカみたいに叫び声を上げていた。



「ご主人様。どうやら参加表明しているのは、先日、私たちを嘲弄してきた人たちばかりのようですね」

「そうなの?」

「そうなのって……あとで仕返しするから記録しておけとお命じになりましたよね?」

「そうだっけ?」

「ご主人様……」



 襟巻きになっていた白猫ちゃんが喧噪に包まれるギルド内で、呆れたような声を出した。

 俺は軽く肩をすくめて見せたあとで、俺のすぐ右横で様子のおかしくなっていたライラックを視界に捉えた。



「どうかしたの?」

「え……あ、うん。実は、以前ボクがいたパーティーのリーダーだった女性がどうも、王太子のお気に入りだったみたいで、その関係で仕事を割り振ってもらうことが多かったんだけど、彼を見てちょっと、元のパーティー思い出しちゃって」

「あ~……なるほど、察し」



 元のパーティーであった嫌なこととか、追放されたときのことを思い出してしまったってことか。

 しかも、王子と仲がよかったから仕事回してもらっていたとか。


 要はあのクソ王子がパトロンみたいになってたってわけね。

 まぁどこにでもあるような話だよね。

 身体をあげるから仕事頂戴、みたいな――ていうか、おい。


 普通に納得しちゃいそうになったけど、あの王子様、曲がりなりにも原作主人公様だよな?

 確か、性格はいまいちだけど、そういった男女関係については清廉潔白だったはずなんだけど?


 二作目主人公は恋愛するとかそういった要素もなくて、ヒロインとして登場してくる女性も、教会で聖女として人々を導いている第一王女様だし。


 兄妹で力を合わせて、他の仲間と共に巨悪に立ち向かっていくという、ある意味兄妹愛がテーマとなっている美談が売りだったはずなのに、ただれた関係が存在するとか。


 やっぱり、主人公様まで残念すぎるぐらい残念な人間になってしまっているようだ。

 俺は思わず溜息を吐いてしまったが、そんな俺に、今度は左隣のお姉ちゃんが耳打ちしてきた。



「ライラックの元パーティーっていうのがあれよ」



 そんなことを言って左隅の方を指さすお姉ちゃん。

 左壁のところに設置されていた掲示板の真正面には、ニヤニヤしながら数人の男女が佇んでいた。



「……なぁ~んか、どっかで見たことあるよねぇ」



 ライラックが言ったリーダーっぽい女性が、どこか優越感に浸っているかのような艶然とした笑みを浮かべていた。

 二十代後半ぐらいの見た目で、全体的に派手で、長い赤毛と片目を隠すように垂らしている前髪が特徴の女だった。


 服装も胸元が大きく開いているせいか、谷間がはっきりと見えてしまいそうなどこか娼婦を思わせるローブ姿をしている。

 おそらく魔術師なのだろうが、如何にも商売女としか思えないようなやさぐれ感が半端ない女だった。


 あんなのがリーダーやってるパーティーとか絶対に入りたくないね。ていうか、冒険者なんかやるより、色香で男釣って金を騙し取った方が儲かるんじゃないか?


 あ、実際にセラス王子と通じてるみたいだから、真っ最中ってことか。納得。

 目を細めながらそんなことを考えていると、



「あの方々は以前、ギルド内で皆さんを追放していたグループの一つですね。印象深かったので、命じられてはいませんでしたが、一応、記録してあります」



 相変わらず騒々しかったお陰で、白猫ちゃんが遠慮なく耳打ちしてきた。

 俺は彼女の発言でようやく思い出した。



「あ~……そう言えばそうだったね。追放大会で片っ端から追放していた一味の一つか」



 俺が覚えている限り、お姉ちゃんパーティー含めて四つのパーティーが追放大会を行っていた。


 お姉ちゃんを追放した筋肉だるまパーティー。

 フィリリスを追放したパーティー。

 アイーシャとエレミア二人を同時に追放したパーティー。

 それから、あの娼婦女のパーティーの全部で四つだ。



「一応ご報告しておきますと、あの魔術師女性の名前はパール・ピッガー。Bランク冒険者パーティーのリーダーらしいですね。ちなみにセシリーの元パーティーリーダーの名前はヴァーゲン・セールスン。Aランク冒険者で戦士らしいです。二人ともランクと実力の高い冒険者ですが、ご主人様とは比べるべくもありませんね」

「なるほど」



 魔法なのか未知のテクノロジーによるものなのかわからないが、結構色々情報を分析できていることに改めて驚いてしまった。


 このレベルで情報解析できるなら、一刻も早くネフィリムさんにはたくさん分体を作ってもらって、偵察端末として王都中で情報収集してもらった方が今後の活動がしやすくなるかもしれないな。


 何しろ、俺が知る限り、表のラスボスではなく正真正銘、真のラスボスとなるあの方は、この王都にいるんだから。



「だけどまぁ、結構色々ゲームとはシナリオが変わってきちゃってるみたいだし、実際のラスボスが誰なのか、今は断定できないんだけどね」



 だからこそ、余計にラスボス絡みの情報収集を早めに行っておきたいところだった。



「――よし!」



 一人、ブツブツ言いながら今後のことについて考えていると、知らない間にセラス王子の周辺に人だかりができていた。

 どうやら王子の義勇軍募集に釣られて、甘い汁すすろうと小バエたちが群がっていたようだ。


 気がついたら、その場から動いていなかったのは俺たちや極一部の人間たちだけとなっていた。


 人垣からぽつんと離れた位置に俺たちが固まって佇んでいたものだから、非常に浮いた存在となっている。

 それが人目を引く原因となってしまったのだろう。



「……ん? おい、お前ら。あいつらはなんだ?」



 目を細めてジロジロ見ていたら、冒険者たちの隙間から顔を覗かせたセラス王子と目が合ってしまった。

 どこか不愉快そうに眉間に皺を寄せる王子に釣られ、周りにいた連中が一斉にこちらを向いた。


 そしてそのすぐあとに、誰からともなく揶揄するような笑い声が漏れた。



「あぁ、あいつらはこの間、無能すぎてそこら中のパーティーから追放された連中ですよ。うちのパーティーにもなんの役にも立たないただ飯ぐらいが一人いたから、ケってあげましたよ」



 そう嘲弄したようなニヤけ顔を浮かべながら王子にしなだれかかったのは、例のビッチ女だった。

 ライラックを追放に追い込んだ正真正銘のクズ女。

 俺は心配になってライラックを見たが、予想通り、悔しそうに唇を噛んで俯いてしまっていた。



「――なるほど。そういうことか。ちっ。せっかくこの俺が素晴らしい強化政策を導入してやったというのに、クソの役にも立たない連中が出てくるとはな。恥を知れ!」



 吐き捨てるようにそう言って睨み付けてきた王子は、すぐさま俺たちに背を向け右手を振って出口へと歩いていった。



「今は一人でも多くの強者が必要となる一大事なのだ。ゴミに用はない。せいぜい、俺たちの邪魔にならないようにするんだな。まぁ、肉壁ぐらいには使ってやってもいいぞ? ふははは!」



 さんざかバカにしたような笑い声を上げながら、残念主人公になってしまったセラス王子は金魚の糞を伴って姿を消した。

 台風が過ぎ去ったあとのように静寂に包まれるギルド内。

 残っていた冒険者たちは俺たち六人を含めても、十人行くかどうかといったところだった。



「あのクソ王子メ! 言いたい放題言いやがって!」



 突然、黒エルフのエレミアが聞いたこともないほどに口汚く吐き捨てた。

 蟲嫌いでキャーキャー悲鳴を上げたかと思ったら、男顔負けの激情家となる。忙しい人だった。



「ライラックさん。気にしない方がいいですからね?」

「そうよ。あんなあばずれ女の言うことなんか無視するに限るわ」

「大丈夫。気にしてないから」



 アイーシャとフィリリスに慰められる形となったライラックは、苦笑しながら肩をすくめた。

 そんな彼らをセシリー姉さんが寂しげに見つめていたが、すぐに笑顔を浮かべて口を開いた。



「とりあえず、今の私たちがすべきことは、やれることを確実にこなしていくってことだけよ。しっかり実績を積んで、私たちがどれだけ有能かを見せつけてあげましょう」

「……そうですね。セシリーさんのおっしゃる通りです。私たちを見下してきた人たち全員を見返してあげましょう」



 銀髪猫耳ちゃんが可愛らしくニコッと微笑んだ。

 ふっさふさの耳がピクピク動いて、もふもふの尻尾も左右に揺れる。

 フィリリスやライラック、エレミアもそれに笑顔で頷くと、



「そうですよ、皆さん。その意気です。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが、いい依頼があったら優先的に皆さんに回しますし、これからも全力で皆さんのバックアップを務めさせていただきますので、がんばってください」



 担当ギルド職員のカサンドラが胸前で両拳を作って笑顔で言えば、



「そうそ。あんなクソ野郎どものことなんか気にせず、お互い、がんばろうや」

「うんうん」



 俺たち同様、ギルド内に残っていた他の冒険者たちがいつの間に集まってきて応援してくれた。



「ありがとう、みんな」



 俺以外のパーティーメンが周囲の人たちに笑顔で対応する中、



「……いい人たちもそれなりにいるんだねぇ」

「そうですね」



 俺は妙に心がほんわかしてしまい、ネフィリム共々ぼそっと呟いた。

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