31.顛末、そして、二作目主人公様




 これ以上あの場所にいても無駄ということがわかり、俺たちはこの未踏破エリアの入り口が穿たれていた洞窟最奥部まで戻ってきた。


 途中、雑魚敵に遭遇することはあったが、大して問題にならずに殲滅できた。


 というより、蟲地獄で溜まったフラストレーションが爆発したようで、先頭を歩いていたエレミアが狂ったように敵を片っ端から薙ぎ払ってしまったので、その後ろにいた俺たちの出番がなかったともいう。


 俺はその後ろ姿を見て思わずニヤけてしまったが、例によって白猫ちゃんにジロッと見られてしまったので自制した。



「――本当はギルドの許可を取ってからの方がいいのだろうけれど、あんな危ない場所をこのまま放置しておいたら大変なことになりそうだし、塞いでおきましょうか」



 縦に開いた亀裂の前で集合していた俺たちのうち、セシリー姉さんが一同を代表するようにそう言った。

 その意見にはいの一番にエレミアが同意した。



「セシリーの言う通りよ! あんな危険極まりない場所、放置しておくのは悪手よ!」

「……ていうより、単純に蟲が嫌なだけでしょ?」

「な、何言ってるのよっ、ライラックは!」



 ニヤニヤして白エルフのライラックが突っ込みを入れたせいで、エレミアが大慌てとなり、それを見ていたフィリリスたちは皆声を上げて笑った。



「とにかく、やるわよ」



 姉さんはそれだけを告げ、地属性の魔法を詠唱すると、礫を大量発生させて一瞬にして土砂で穴を塞いでしまった。

 さすが魔法のスペシャリスト。


 姉さんが使う魔法はいわゆる六属性魔法といって、地、水、火、風、光、闇の六つの属性からなる元素魔法の一種だ。


 精霊魔法だと、地が土になるが、意味合い的には大差ない。


 そして、高火力爆撃魔というおかしな二つ名が示す通り、姉さんは小規模火力の魔法よりかは高火力の範囲魔法が得意な魔術師とのことだった。


 しかし、今回の冒険でずっと姉さんのことを観察してきたけど、普通に小規模の魔法も使えていたし、欠陥魔術師でないのは確かだった。


 となればやはり、無能のレッテルを貼られるのはおかしい。



「どう考えても他の人と同じで、虐めのターゲットにされて追放されただけってことか」



 なんだかこの国、一作目舞台だったグランツバルト王国もそうだったけど、終わってる気がするな。

 何しろ、こんな世の中になってしまった原因を作り出したのが次期国王と目されている王太子だしな。



「どうしてくれよう……」



 などと、そんなことをブツブツ言っているうちに、洞窟の外に出ていた。

 日も大分傾いており、日暮れも間もなくといった夕空だった。


 俺はここに来るまでの間に、この村を襲っていた神隠しや不気味な声の正体について、お姉ちゃんたちに話しておいた。


 俺たちを助けてくれた黒騎士から色々聞いたといった体で。

 それを聞いたみんなはとりあえず納得はしてくれたが、



「だけれど、村を襲っていた変事の原因を取り除いてくれたのは結果的にその黒騎士って人だし、私たちが依頼を達成したわけではないのよね」

「そうね。でも、ルーフェくんの話だと、その黒騎士は冒険者でもないし、依頼とかまったく興味のない人みたいだし。本当に無欲でルーフェくんが言う通り、まさしく英雄のような行いをする人みたいだから、ありがたく依頼報酬は受け取っておいた方がいいんじゃない?」



 妙なところで真面目なセシリー姉さんに、フィリリスが苦笑しながら助け船を出した。

 一応、黒騎士は依頼の達成は俺たちの手柄にしていいと言っていたと伝えてある。


 まぁ、実際に敵を殲滅したの、俺だしね。

 俺たちの手柄にせずして、誰の手柄にするというのか。



「フィリリスの言う通りよ。あんな気色悪い思いさせられたんだし、依頼報酬受け取らないとか、割に合わないわよ」

「まぁ、割に合う合わないは別にいいけど、もらえるならもらっておいた方がいいよね」

「そうですね」



 洞窟から出て村長の家に向かいつつ、うんざりしたように項垂れるエレミア。

 既にあの現場を離れて大分たつというのに、未だに腹の虫が治まらないらしい。

 ライラックとアイーシャはどこか呆れたような顔色を浮かべながらも、エレミアに同意した。

 姉さんはそんな彼らを見渡してから、軽く溜息を吐いたあとで口を開いた。



「それじゃぁ、今回はありがたく頂戴しておきましょうか。だけれど、ルーフェ?」

「ん?」

「一応、その黒騎士って人に会ったら今度お礼を言っておきたいから、名前を教えてくれる?」

「はい? 名前なんて知らないけど?」

「は……?」



 きょとんとして小首を傾げる俺に、セシリー姉さんは呆然と固まってしまうのであった。

 徐々に怒気を含んだ瞳の色に変わっていきながら……。


 ――こうして俺たちの初仕事は一応の幕を閉じた。


 その日は時間的なことも考慮して、村長に調査報告をして依頼達成のサインをしてもらったあと、村に一泊させてもらって翌日、俺たちは聖都のギルドへと旅立っていった。




◇◆◇




【別視点】



 ルーフェたちが村をあとにして数日が経過した頃、入れ違いに一組の冒険者たちが王国最西端の村へとやってきた。

 セシリアーナが加入していたパーティーの一団である。



「なぁ、ヴァーゲン。本当に確かなんだろうな。あんな最低ランクの洞窟に未踏破エリアが発見されたって話」

「あぁ、信頼の置ける情報屋から聞いた話だから間違いないはずだ」

「ですが、その未踏破という場所、どれほどのうまみがあるんでしょうね」

「さぁな。それを確かめるために今向かってるんだろうがよ」



 ヴァーゲンと呼ばれたリーダー格の男は筋骨隆々の肩を軽くすくめて見せたあと、村の裏手に口を開けていた洞窟へと辿り着くなり、背後を振り返った。



「とにかくだ。何が起こるかわからない。気を引き締めろよ」



 短く刈り上げた髪が特徴のヴァーゲンは、鋭い眼光を眼前の男五人へと飛ばしてから洞窟内へと入っていった。

 遅れて他のメンバーも中へと入っていく。


 彼らのパーティー構成はヴァーゲンを始めとして剣を持った前衛が四人、魔術師が二人といった感じだった。

 全員が全員、人相が悪く、如何にも真っ当な仕事をしていなさそうな雰囲気を漂わせていた。



「おい、それで、どの辺にその亀裂が開いてるって話なんだ?」

「確か一番奥って言ってた気がするが、まぁ、ここはすぐに奥についちまうし、敵も雑魚しかいねぇから大した労力にもならんだろうよ」

「だといいですけどねぇ」



 眼鏡をかけた神経質そうな男がそう、声を発したときだった。



「そろそろじゃねぇか?」

「だな」



 洞窟最奥部へと辿り着いた六人。

 しかし、そこには時々最弱魔物が発生していたり、泉のようなものが湧いていたりするはずなのだが、そのすべてが見当たらなかった。

 それどころか、穴らしい穴すら見当たらない。



「どういうことだ? 話が違うじゃねぇか。どこに亀裂があるってんだよ」



 ヴァーゲンが不快そうにぼやいたときだった。



「おい、なんだありゃ?」

「あぁ?」



 男の一人が指さした一角に視線を投げるヴァーゲン。

 ランタンの明かりだけに照らされているような薄暗がりになっているような場所だったから、あまり判然とはしていなかったが、何やら崩落事故でも起こったかのように、大量の土砂が堆積していた。

 しかも、ご丁寧にも何かで固められたかのように、隙間なくびっしりと詰まっているような感じだった。



「……まさかと思いますが、これなんじゃないですか?」

「はぁ? 何がこれなんだよ」

「いえ、ですから、新しく見つかった未踏破エリアに向かう亀裂ですよ」

「亀裂だと? はっ。バカも休み休み言え! あれのどこが亀裂なんだよっ。もし本当にそうだとしたら、あの堆積した土砂をどう説明するっつうんだっ」

「ひょっとしたら……」

「あ?」

「あくまでも一つの可能性ですが、もしかしたら、本来ここにあった亀裂を誰かが埋めてしまったのではないでしょうか? どんな理由でそのようなことをしたのか知りませんがね」



 陰険眼鏡の呟くような静かな声に、ヴァーゲンはしばらくの間、口を開けたまま固まってしまったが、見る見るうちに顔面が紅潮していった。そして、



「ふざけるなぁぁぁぁ~~~! どこのどいつが埋めやがったっ、くそったれがっ――おい! 誰でもいい! あんなしょぼい土砂、さっさと魔法で蹴散らせ!」



 ヴァーゲンの上げた洞窟内に響き渡る大音声に、魔術師二人が「ひっ」と短く悲鳴を上げたあとで、風魔法やら土魔法やらを駆使するも、まるでびくともしなかった。

 それを見た筋肉だるまがぶち切れる。



「てめぇらっ。舐めた真似してんじゃねぇ。あんなもんすら取り除けねぇのかよっ、こンの無能野郎どもがっ」



 筋肉だるまは足音立てて土砂の前にいた魔術師二人に近寄ると、手当たり次第に殴り飛ばした。

 思い切り壁に叩き付けられた男たちは痛みに喘ぐことしかできず、まったく身動きが取れなくなってしまった。

 そんな彼らを見ていた陰険眼鏡は軽く顔をしかめたあと、



「もしかしたら、セシリーだったらこの土砂を吹っ飛ばせたかもしれませんね。何しろ高火力爆撃魔と呼ばれていたような女でしたから」



 どこか軽蔑したような表情を浮かべる彼にヴァーゲンは振り返ると、



「くそがっ」



 もう一度叫んで壁を蹴飛ばすのだった。



 

◇◆◇




【主人公視点】



 数日ぶりに聖都に戻ってきた俺たちは、朝早くから早速、依頼結果を報告すべく、全員揃ってギルドを訪れていた。



「あ、お帰りなさい。どうでした?」



 どうやらこのギルドは効率的に冒険者たちのサポートができるようにと、各パーティーに担当がつくシステムになっているようで、俺が冒険者登録するときにお世話になったあの美人エルフさんがそのまま俺たちの担当になってくれたらしい。


 結構感じがよくて、雑魚だとか無能認定喰らった俺たちが相手でも友好的に接してくれるから、彼女が相手で本当に助かった。

 ちなみに、彼女の名前はカサンドラ・リーンと言うらしい。



「問題ないわ。色々アクシデントもあったけど、なんとか依頼達成できたわ」



 そう言ってセシリー姉さんは報告書やら受理票をカサンドラに渡した。

 金髪エルフさんはしばらくそれを眺めていたが、すぐに笑顔で頷いた。



「結構大変だったのね。まさかあの洞窟がそんなヤバいことになっていただなんて」

「えぇ。だからこっちの勝手な判断で穴塞いじゃったけど、大丈夫だった?」

「問題ないわ。むしろ適正な判断と言わざるを得ないわね。もし仮にそのまま放置していたら、大変なことになっていたかもしれないし」

「そう言ってもらえると、こちらとしても助かるわ」



 受付嬢の反応に、姉さんだけでなく俺の周りにいたフィリリスたちもほっとしたような笑顔を浮かべる。

 よくわからないが、あの手のダンジョンなどはギルドが管理しているみたいだし、勝手なことすると処罰されたりするのかもしれないな。



「一応このことを口外すると、無理して穴を掘り返してうまみにありつこうと考えるバカな人たちが出ないとも限らないから伏せておくわね」

「えぇ、了解よ」

「それから、今回の案件はFランクだったけど、結果的に難易度がCランク相当に値するから、報酬と獲得ポイントも上乗せしておくわね」



 ニコッと笑うカサンドラに、全員が顔を見合わせ歓喜の表情を浮かべた。

 しかし、俺は敢えて物申したい。

 あれは決してCランクなどではなくSランクか更にその上相当であると。



「まぁ、真相は藪の中って言うしね。陰の功労者は出しゃばらないものです」



 一人ニヤけていると、急激に周囲が騒々しくなった。


「なんだぁ?」と思って周りの冒険者たちに視線を投げて――そして、それに気がついた。


 勢いよく出入口のドアが蹴破られた。

 すぐさま王国兵の制服と甲冑に身を包んだ衛兵二人が入ってくる。

 その様子を居合わせたすべての人間が固唾を飲んで見守る中、更にもう一人の男が中へと入ってきた。


 王者の風格を漂わせた煌びやかな衣装を身に纏ったイケメン。

 どっかで見たことのあるその金髪碧眼の美貌。

 俺は一目見ただけであれが誰なのかすぐにわかってしまった。


 セラス・アレン・レグリア。二十一歳。


 この国の第一王子にして王太子でもあり、お姉ちゃんたちが追放される原因を作り出した富国強兵政策の生み親でもあるすべての元凶。

 そして――



「二作目原作主人公……」



 つまりは俺の潜在敵ライバルとなるイケメン主人公様だった。

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