30.裏主人公とぼんくら新米冒険者2




 空間が歪むような歪な斬撃音が生じ、剣技『ダークアルマゲスト』によって生じたかまいたちがムカデの胴体部分に炸裂した。

 しかし、俺の攻撃が奴に届くことはなく、その直前で何かに弾かれたかのように雲散霧散してしまった。



「ほう……あれを防ぐか。障壁か何かでも張っているというわけか」



 俺の記憶の中にはそのようなものは存在しない。単純に凶悪な攻撃力を有し、範囲攻撃でパーティーメンバー全員を切り裂き致命傷を与えてくるだけの単純な敵だったはずだ。


 しかし、どうやらそうではないらしい。


 こんなところに出現したのもそうだし、よく考えてみたら、聖都南の森で遭遇したサソリ型ネームドもそうだった。

 本来ではあり得ない遭遇の仕方をしている。



「もしかしたら死ぬはずだった俺が生き残り、こうして二作目舞台へと乱入したことですべてが狂ってしまったのかもしれないな」



 メインシナリオがどうなっているのかはわからない。

 だが、少なくとも敵の強さや出現法則がおかしくなっていることは事実だった。



「単純にあの世界に似ているだけで、まったく別物の世界ということも考えられるが――」



 俺はそこまでブツブツ呟いてから剣を鞘に収めた。



「ならば貴様にはこれをくれてやろう! 我が一作目ラスボスたり得るその強さ示した魔法の数々を!」



 思わずジークフリードだった頃の芝居がかった口調が自然と出てしまった俺。

 ニヤニヤしながら両手を上に翳して魔法詠唱しようと身構えたが、さすがにそれを許すデス・イーターではなかった。


 蛇が鎌首もたげるような格好となっていた頭部分の死神が、俺を真っ二つに切り裂こうと突っ込んでくる。


 骨だけでできた胴体部分の足が鋭利な刃のようになっていて、うねりながらも死神とはまるで別の生き物のように、ケツの部分にくっついていた幽鬼まで叫声上げながら突っ込んでくる。


 すぐ目前まで迫った巨大な鎌が振り下ろされる寸前、俺は右側面に跳躍してやり過ごしながら、高速詠唱して高出力の火球をぶっ放していた。


 バァ~ンっとやはり、目に見えない障壁にぶつかって大爆発を起こしたが、同時にピキッという明らかに異質な亀裂音まで聞こえてきた。


 どうやら俺が終始展開している物理障壁と魔法障壁のような完全障壁とまではいかないようだ。



「となれば、やっぱりこうするしかないよね?」



 ニヤッと笑い、俺は再度襲いかかってきたムカデ野郎の攻撃をかわしながら、側面へと回り込むと、手加減なしの鉄拳をぶちかました。


 障壁があって直接骨に炸裂させることができなかったが、その一撃を食らったデカブツが派手な破砕音を上げながら、遙か彼方の大空洞の壁目がけて吹っ飛んでいった。


 艶光るゴツゴツとした岩肌に激突して壁に穴を穿ち、土砂に埋もれるようにぶっ倒れているムカデなのか死神なのかよくわからない生き物。


 俺はゆっくりと歩きながら再度魔法詠唱を開始し、右手に魔力を集中させていった。


 既に障壁が木っ端微塵に粉砕されて胴体の骨の至るところにひび割れを作りながら、それでも立ち上がって、俺を殺そうと身構えるデス・イーター・ロード・ケイオス。

 数メートル先で立ち止まった俺はニヤッと笑い、



「終わりだ。これでも喰らいやがれ!」



 火属性の中級古代魔法『炎嵐核熱乱舞エクスプロミネンス』の詠唱を完成させ、右手を前へと突き出した。

 その瞬間、地の底から湧き上がったかのような地獄の業火が、無数の荒れ狂う火柱を発生させて一気に天井へと噴出した。


 すべてを焼き尽くす紅蓮の炎獄が、巨大なムカデの身体すべてを包み込んで燃やし尽くしていく。

 断末魔の叫びすら上げること叶わず、動きを止めて崩れ落ちていくかつてはムカデだった巨大なSランク魔物。


 魔法によって生じたすべての炎が完全に鎮火されたとき、その場に残っていたのはひとかけらほどの骨と、死神が持っていた巨大な鎌だけとなっていた。



「ふふん。最強ラスボスであるこの俺の手にかかればザッとこんなものよ」



 一人得意げにニヤついていると、



「ご主人様……あれほど忠告しておいたというのに、どうしてすべて燃やし尽くしてしまったのですか……」

「あ……」



 呆れたような声を発しながら、白猫ちゃんが空中を駆けるように移動してきた。


 おそらくネフィリムが使えると言っていた空間制御魔法による荒技なのだろうが、それ以上にどうやら、そこら中に転がっているムカデの死骸の上を歩きたくなかったと見える。


 猫ちゃんは定位置である俺の肩の上に乗っかると、すかさず猫パンチをお見舞いしてきた。

 危うく爪で頬をひっかかれそうになってしまったが、防御力の高い俺にはそんじょそこらの攻撃では傷一つつけられない。

 とは言え、



「――そう言えばそうだったあぁぁ」



 戦闘にのめり込みすぎて、すっかりレア素材のことを忘れてしまっていたことを今更ながらに思い出し、膝からくずおれ両手を地につける俺。



「もったいない……もったいなさ過ぎる……せっかくのレア素材……」



 この世の終わりとでも言いたげにブツブツ呟く俺に、



「……まぁ、自業自得ですね。調子に乗るから悪いのです。ですが――」



 白猫ちゃんはそこまで言ってから、俺の真正面の地面に降り立ち、右手で前方を指し示した。



「あの鎌と骨の欠片だけでもかなりの貴重品ですから持ち帰ることにしましょうか」

「そ、そか……」

「はい」

「だけど、貴重って言うけどあの素材でいったい何が作れるの?」

「そうですね、魔法付与された武具や、古代では普通に使われていた武具、それから魔法薬の材料などにも使用されますね」

「マジで……!?」



 気を取り直して立ち上がった俺は、片っ端から素材を空間転移させている白猫ちゃんがもたらした情報にわくわくしてしまった。



「最強装備が手に入る日もそれほど遠い未来じゃないかもしれないってことか」



 一人ニヤニヤしながら、俺は最初に幽鬼が揺らめいていた場所をふと何気なく凝視してそれに気がついた。



「あれ……? あんなところに花なんかあったっけ?」



 この大空洞の最奥部はどうやら小さな泉ができていたようで、そのたもとに一輪の白い花が咲いていたのである。



「あれもかなりのレア素材ですね」



 回収を終えた白猫ちゃんが俺の肩の上に乗ってそう教えてくれた。



「じゃぁ、あれも回収しとかないとね」

「そうですね。転移させておきます」



 ネフィリムがそう応じて花を空間転移させたまさにその瞬間だった。



「ルーフェ……!?」



 遠くから悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 過保護なセシリーお姉ちゃんだった。

 俺は一瞬、ネフィリムの力を見られたのかと思ってドキッとしてしまったが、こちらに走り寄ってくるお姉ちゃんの顔を見て、懸念が吹っ飛んだ。



「あなた、無事なの!?」



 勢いよく俺に抱きついてくると、すぐに離れて怪我してないかどうか、すかさず全身隈なく調べ始める心配性なお姉ちゃん。



「……うう……ん。なんだかまだ頭が重いわ……」

「だけどこれは……いったい何があったというのよ……」



 お姉ちゃんだけでなく、どうやら目を覚まして正気を取り戻したらしいエレミアとフィリリスも、どこかぼうっとした表情のまま近寄ってきた。



「……信じられません。あれほどいた敵がすべて倒されているだなんて……」

「ホントだよ。しかも、そこら中煙臭いし、ムカデも原形留めないくらい丸焦げになっているし」



 アイーシャとライラックも、渋面のまま近寄ってくる。

 そんな二人の発言を聞いたからか、頭がはっきりしたらしいエレミアが、わかりやすいぐらいに大仰なリアクションを見せた。



「蟲! む、蟲はどこに行ったのよっ――ていうか、ひ~~~! 死骸! きしょ……!」



 地面に大量に転がっている蟲の死骸を目撃して、踊るように飛び跳ねる黒エルフ姉さん。



「でも本当に、いったい何があったの? まさかこれ、全部ルーフェがやったんじゃないでしょうね?」



 健康診断が終わって至って健全と判断できてほっとしたのか、今度は俺の顔を両手で挟み込むようにしながら食い入るように見つめてくるお姉ちゃん。

 俺は軽く小首を傾げるような仕草をして見せながら、



「よくわからないけど、黒い甲冑着た男の人が来て、ムカデを全部やっつけてくれたっぽい」

「え……? どういうこと?」

「さぁ? だけど、目が覚めたら敵が全滅してて、幽鬼みたいな敵もさくっとやっつけちゃったみたいで、ホント、かっこよかったよ! 颯爽と現れて風のように去る。まさしく英雄に相応しい行いだよね♪」



 人畜無害といった体で笑顔を見せる俺。

 そんな俺の何が気に入らなかったのか、肩の上に乗っていた白猫ちゃんが、頭の上に移動してなぜか猫パンチしてきた。


 上から俺の顔を覗き込むようにしているネフィリムは目を細めて何か物言いたげにしていたが、俺はニヤッと笑って無視してやった。


 セシリー姉さんはニコニコしている俺の言葉に理解できないといった表情を浮かべながら、背後を振り返った。


 姉さんの後ろに立っていた他の三人も同様に呆然とし、黒エルフのお姉さんに至っては顔面蒼白のままひたすら飛び跳ね続けていた。

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