27.乱戦、そして辿り着いた先




 金属と金属が激しくぶつかり合う派手な反響音が洞窟内に木霊していた。



「ちぃっ、次から次へと! どうしてこんな低レベルな洞窟にこんな奴らがうじゃうじゃしてるのよっ」



 数十分前にバジリスクフライと戦った場所から更に奥へと進んできた俺たちは、幾度も枝分かれしていた洞窟内をひたすら最下層に向かって突き進んできた。


 その甲斐あってか、二人ほどしか並んで歩けないような狭さだった洞窟も、今や四人ほどが並んで歩けるまでに広くなっていた。


 しかし、事前にネフィリムから教えられていた通り、奥へ行けば行くほど、魔物たちから発せられる瘴気の密度が濃くなっていた。


 更に、時折襲い来る魔物たちもどんどん強くなり、先程叫びながら剣を振り下ろしたエレミアの言う通り、本来こんな最下級の洞窟にはいないはずの魔物たちまでうようよしていた。



「愚痴っていても始まらないわ! とにかく、後衛に攻撃がいかないようにあたしたちががんばるしかないでしょう!」



 途中で通り過ぎた脇道から湧き出たと思われるコウモリのようなデカい魔物が最後尾にいたフィリリスに襲いかかっていた。

 彼女はタンクではないから敵を引きつけて戦うという戦法は採らないので、自ら突っ込んでいって片っ端から敵を切り裂いていた。

 その分、身体のそこかしこに傷を負っている。



「打ち漏らした敵はボクがなんとかするよ! だから安心して正面の敵だけに意識を集中して!」



 そう言いながら、ライラックが精霊魔法を詠唱し、幼女のような姿をした土の精霊を呼び出した。

 この世界における精霊魔法はいわゆる召喚魔法のことだ。


 使役できる精霊には色んな体系があるが、その一番基礎となっているのが四大元素に属する精霊たちである。

 土のノーム、風のシルフィー、水のウィンディー、火のサラマンディアだ。


 これら四大精霊は、自然界における基礎元素の生命エネルギーとしてどこにでも存在している精霊の中では、最下級の生命体だった。


 なので、彼らが繰り出せる能力はそこまで強くはないが、そもそも精霊を使役できる存在自体が希有なため、精霊がいなければたち行かないような場面に出くわした場合にはとても重宝がられる存在でもある。


 ネフィリムの分析によると、どうやらライラックはそんな最下級の基本体系だけでなく、伝説の存在である神獣や幻獣まで使役できるほどの潜在能力を有しているらしい。

 本当に一流の精霊使いである。



「それなのに追放するとか、ホントバカだよね」

「――なんか言った!?」



 そこら中で金属の反響音やらライラックが召喚したノームから発せられた石の牙、更にはお姉ちゃんが繰り出す火魔法の爆音によって、もはやまともな会話すらできないほどに騒々しくなっていた。



「いえ、何も……」



 男のくせに甲高い声で問い質してきたライラックにニコッと笑って答えると、白エルフの美少年はどこかはにかんだような表情を浮かべてから、前後へと素早く視線を投げて、攻撃の手が手薄になっている後方へとノームを走らせた。


 そのまま今度は砂塵によるかまいたちを発生させ、知らない間に十体以上に大量発生していたコウモリたちを次々に屠っていく。



「さすがね!」



 フィリリスがニヤッと笑って、また一体、敵を斬殺した。



「――天にまします女神エレンフィアーナよ。我が祈りに答え、かの者たちに闘う力をお与えください。ブレス・ド・オーラ!」



 両手を組んで祈りの姿勢を取っていたアイーシャが神官魔法を発動させ、全身から青白い光を放出し始めた。

 それに伴い、彼女の両腕につけられていた腕輪と、組み合わさった両手に握られていた神官の杖が眩い光を発光させる。


 この世界の神官魔法とやらがどんな仕組みとなっているのかはわからないが、ここに来るまでの道中で聞かされていた情報によると、どうやら神官魔法というものは腕輪と杖、それから使用者の魔力がワンセットとなって初めて発動される神の神秘らしい。


 要するに、精霊魔法が精霊たちを使役して彼らの力を借りて魔法を行使するのと同じように、神官魔法は腕輪や杖を通じて、どこにいるのかわからない女神様から力を貸してもらって行使する魔法といったところか。


 その結果、アイーシャによって放たれた神の力が俺たち全員に注がれ、身体の底から力が溢れかえってくるような感覚に包まれた。


 それだけでなく、すべての恐怖が払拭され、勇気まで湧いてきたような気がする。



「さすが神様。やることが違うよね」



 一人何もしないでうんうん頷いていたら。



「悠久なる我らが母よ。紅蓮の脈動、大気の息吹を我が前に顕現させ、時の調べとなって敵を穿て! フレイブレイズ!」



 洞窟が広くなったことで少し散開気味となっていた俺たち。


 俺と黒エルフのお姉さんの間で壁を背にして魔法をぶっ放していたセシリー姉さんが再度、火属性の初級魔法である火球を前方へと飛ばし、洞窟奥からカラカラ音を立ててこちら側に走ってきていた骸骨戦士を粉微塵に粉砕した。


 さすが高火力爆撃魔の異名を持つお姉ちゃん。


 直撃に遭った骨っこ野郎だけでなく、その周囲をうろついていたちっこい狼みたいな敵にまで飛び火し、すべてが燃え上がってしまった。



「相変わらずね、セシリーは」

「そういうあなただって大したものよ。こんな乱戦の中、よく耐えてくれてるもの」



 新たに迫ってきた骨が持っていたシミターを盾で受け止めて、そのまま手にした長剣で粉砕するように切り倒すエレミアに、セシリー姉さんは無表情で応じてから俺を見た。



「それに、みんなのお陰でルーフェも無事みたいだし、本当に感謝してもしきれないわ!」



 そんなことを言いながら、更にもう一発、前方へと火球をぶっ放した。

 敵の数は多かったが、それでもそのすべてが片っ端から返り討ちに遭っていく。


 どうやら俺の出る幕はないようだ。


 襲い来る敵どもはこの洞窟には相応しくない高ランクの魔物ばかりのようだが、それ以上にみんな強かったのか、特に危なげなく戦闘が終焉に向かっている。


 ひょっとして、俺たちは結構強いパーティーなんじゃないだろうか?

 思わずそう思ってしまうほどだった。


 俺のランクはFだし、エレミアとアイーシャもCランクと決して一流ではないのだが、なんだか普通に強いし、もしかしたらランクアップの試験が適切に行われていないんじゃないか?


 一人小首を傾げていたら、いつの間にか、敵すべてが殲滅されていた。

 ほっと安堵の息を吐く一同。

 そんな彼らを見て俺は改めて思った。



「やっぱみんな強いよね。それなのになんで追放されたんだろう? ていうか、追放した人たち、ホントにバカばっかだよね。相手の能力見抜く力まったくないってことだし」



 きょとんとしながらぼそっと呟いたら、どうやらそれを聞かれたらしく、姉さん始めみんなが一斉に俺を見た。

 そしてすぐさま顔を見合わせ誰からともなく笑い声が上がる。



「ルーフェくんの言う通りね。ふふ。こうなったらあのバカどもを見返してやるためにも、早いところ南ギルド最速で最強のパーティーにならないとね」



 笑いながら言うフィリリスに、俺以外の全員が頷いた。

 しかし、再度行軍を開始した俺たちだったが、そのすぐあとにようやく辿り着いた最下層の開けた場所に一歩足を踏み込んだ瞬間、そんな和やかな雰囲気も一瞬で吹き飛んでしまった。



「ひぃ~~~~! む、蟲! なんでこんなに蟲がうじゃうじゃしてるのよぉ~~~!」



 あんなにも勇ましかった黒エルフのエレミアが、なんとも可愛らしい乙女な悲鳴を上げながら、物凄い勢いで俺の背後に隠れ抱きついてきた。


 お陰で俺よりも頭一つ分ほど背のデカい彼女が着込んでいる、金属鎧の胸部分が肩に激突する。

 鎧さえ着込んでいなければ姉さん並みに柔らかそうなのがぶつかって、凄いことになっていたのに、などとは決して思わない。


 ていうか、今後似たようなことがあって、再びゴツンとぶつけられると嫌だから、ネフィリムに頼んで『露出度高いけどやたら防御力の高い防具』でも作ってもらおうかな?


 そうすれば痛くないよね。

 などと、思わず下らないこと考えていたら、



「……さすがにこれは……あたしでも近づきたくない光景ね……」



 口に手でも当てているのか、背後からフィリリスのくぐもったような声が聞こえてきた。

 誰かが息を飲み込むような音まで聞こえてくる。


 すっかり戦意喪失してしまったベテラン冒険者の皆さんが硬直する中、俺は目を細めて前方を凝視した。

 左右も奥も、そして天井まで巨大な伽藍堂のようになっている大空洞。


 どこかに魔力を帯びた魔石でも埋まっているのか。


 仄かな明かりに包まれているその空間の地面には、足の踏み場もないほどにムカデのような細長くて巨大な生き物が大量にうねり狂っていた。

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