26.バジリスクフライ




 バジリスクフライ。


 体長一メートルほどのデカいトカゲで、背中にはコウモリのような巨大な翼を持ち、四本ある足の先には鋭利な爪が生えたCランク魔物として知られる化け物だった。


 奴らは自由自在に宙空をホバリングし、爪や鋭い牙などで攻撃してくる。


 毒は持っておらず、これといった特殊攻撃もしてこない。


 ギルドでもらったガイドブックには一部の魔獣や魔物情報なども載っていたのだが、そこに書かれていることが正しければ、眼前を飛び交っているトカゲどもはそういった別段特徴のない魔物だった。


 しかし、



「どうしてこんな最低ランクのダンジョンにCランクの魔物が潜んでいるのよっ」



 次から次へと襲いかかってくるトカゲたちを懸命に捌きながら、エレミアが絶叫した。



「ここは隠し通路みたいなものだし、一般常識が通用しないだけだと思うよ!」



 エレミアやその後ろにいた俺たちの頭上を飛び越えて、更にその後ろにいたライラックを爪で切り裂こうとしていた緑の化け物目がけて、その当事者である彼が手にした杖で殴り飛ばした。


 よく見ると、杖の先端が発光しており、なんらかの魔法効果がかかっているようだ。



「エンチャントかな?」



 ライラックの隣にいた神官戦士のアイーシャが両手を組んで祈るような格好となっていたので、おそらく彼女が神に祈りを捧げて神官魔法であるエンチャント系の何かを発動したのだろう。


 彼女だけでなく、俺たち全員が仄かな青白い光に包まれ始めていた。



「だけれど、こんな狭い場所じゃ、戦いづらいったらないわっ」



 殿しんがりを務めていたフィリリスも、大剣を抜き放って空を飛ぶ敵を片っ端から切り裂き、地面に叩き落としていた。



「そうね。もう少し広いところに出てくれれば、私も普通に魔法が使えるのだけれど」



 セシリー姉さんも魔法で敵を蹴散らすのではなく、杖でたこ殴りし始めた。



「う~ん。僕も何かしたいところだけど……」



 俺はぼそっと呟きつつ、周囲の状況を改めて確認した。

 ザッと見て、無傷で空から襲いかかってきていたトカゲは十体ほどだった。


 既に地面には五、六体ほど転がっているところを見ると、やはり、Cランク程度の敵であれば苦戦することなく難なく倒せるといったパーティーレベルには到達しているようだ。


 ただ、問題なのがこの洞窟の奥がいったいどうなっているかわからないところにある。

 本来であればFランクの魔物しか出てこないような場所なのに、いきなり接敵した相手がCランクときたもんだ。


 ひょっとしたら更に強い敵が奥に潜んでいて、こんなモブの相手にてこずっている間に得体のしれない者たちが忍び寄ってくるかもしれない。

 そうなったら事だ。



「あんまり余計なことして目立ちたくはないけど、ちょこっとだけヤっちゃおうかな?」



 思わずニヤッとしてしまう俺。

 しかし、腰に差した剣を引っこ抜こうとしたら、セシリー姉さんに服の襟を掴まれた。



「ルーフェ!? あなたは余計なことしなくていいから!」

「そうよっ。Fランクのあなたじゃ、怪我しかねないわ!」



 過保護なお姉ちゃんだけでなく、エレミアにまで止められてしまった。



「う~ん……だけど、まずくない? あんまり派手に戦闘音立ててると、他の魔物に感づかれちゃうよ?」

「わかっているわっ。だから一刻も早く倒さないといけないのよ!」

「ルーフェくんは大人しくしていてちょうだい!」

「そうですね。この程度の敵でしたら、私たちでなんとかしますから」

「そういうこと♪」



 セシリー姉さんやフィリリスを始め、猫耳ちゃんやライラックにまでそんなことを言われてしまった。

 なんだかホント、新米冒険者としてモブ認定されてしまっているようだ。


 まぁ、下手に本性現したらまずいことになるからこれはこれで思惑通りなので喜ばしいことなのだが。


 ――う~~~ん。退屈だよね?


 周囲でお姉様たちが派手な戦闘音奏でながら一生懸命戦ってくれている傍らで、一人腕組みしながら不謹慎なことを考えていたら、



「――洞窟内の探知が完了しました」



 喧噪にかき消されそうなか細い声で、襟巻き状になって大人しくしていたネフィリムさんがそう告げてきた。



「お? 周辺探査とかそんなこともできるのか」

「はい。反響音による簡易的なものですが」

「なるほど。それでどうだった?」

「はい。結構奥深くまで続いているようですが、最深部まで進むと巨大な空洞へと抜けるようです。ですがそこに、禍々しい瘴気が漂っていました」


「禍々しいって……ひょっとして、敵がうじゃうじゃいるってこと?」

「そこまではよくわかりませんが、ですが十二分に気をつけた方がよろしいかと」

「……そっか」



 俺の持つ知識の中にもこんな地の底へと続く亀裂など存在しないから、ネフィリムじゃないけど気を引き締めた方がいいのかもしれない。

 俺一人だけならまだしも、セシリー姉さんたちもいることだしね。

 そんなことを考えていたら、



「ルーフェ! 危ない!」

「ん?」



 誰かが叫ぶ声が聞こえてきて、上を見上げたら、一匹のトカゲ野郎がデカい口開けて俺の頭を丸かじりにしようと急降下してきていた。


 周りにいたお姉様たちはそれぞれ他のトカゲの相手をしていて、手が回らなかったらしい。

 防衛網を突破したそいつが今まさに俺の頭をがぶりと喰らおうとしたときだった。


 いきなりそいつが遙か前方へと吹っ飛んでいってグシャっと、木っ端微塵に粉砕されてしまった。



「え……?」



 それを目撃していたセシリー姉さんがトカゲを殴り飛ばしながら呆然とした表情を浮かべた。

 他の人たちもどうやら同じ心境だったようで、皆一様に唖然としている。

 俺は如何にも怯えた風に身体を震わせながら、お姉ちゃんのローブを掴んだ。



「よ、よくわからないけど、誰かが倒してくれたんだね。ありがとう、みんな!」

「そ、そうなのかしら?」



 相変わらず狐につままれたような顔をしているお姉ちゃん。

 その間にもトカゲたちは次から次へと駆逐されていって、それらが全滅するまでにはそれほどときを要しなかった。


 ひとまずの安全が確認されてほっとする一同。

 そんな中、俺の耳元でネフィリムさんが呆れたようにミャーと鳴いたあとで、



「相変わらずのペテン師ですね」



 突然失礼な台詞を吐きやがった。



「ちょっと、酷いこと言うなよ」



 ニヤニヤしながらそう答える俺。

 再び洞窟の奥へと歩き始めた俺たちだったが、先程粉微塵になったトカゲが地面に転がっている場所まで来て、俺はそれを一瞥した。


 ――なんのことはない。


 ただの肉塊へと成り果てた哀れなトカゲ型魔物。

 奴が俺の頭をかじろうとしたその瞬間、俺が繰り出した超高速の鉄拳パンチが炸裂して、あっさり返り討ちに遭っただけのこと。



「ルーフェ? どこも怪我はしていない?」



 凄惨な戦闘現場を通り過ぎ、更に奥へと向かって歩いていると、今更ながらに隣のお姉様が俺の頭を確かめるように触ってくる。



「大丈夫だよ。だから、そんなに心配しないで」



 にっこりと微笑みかけてやるのだが、



「怖かったでしょう? あぁ、やっぱりあなたをこんなところに連れてくるべきではなかったわ。今からでも引き返すべきかしら……」



 などと、例によってお姉ちゃんは俺の返事を無視するかのように、会話が噛み合わないぐらいに過保護な残念発言を連発するのであった。

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