25.地底の奥へ




 村長の家をあとにし、その後、俺たちは手分けして村人たちから情報を集めたのだが、結局、今ある情報以上にめぼしい収穫は得られなかった。


 仕方なく、俺たちは当初の予定通り、一度村長の家の前に集まってから村の裏手にある洞窟の中へと入っていった。

 そこはかなり巨大な洞穴になっているらしく、山肌に突如湧くようにしてぽっかりと口を開けていた。


 ぱっと見は前世で時々見かける、明かりがまったくついていない古びたトンネルである。

 横幅と天井までの距離もかなりあって、俺たち六人が横一列に並んで歩いてもまだ余裕がある。そんな場所だった。



「村の人たちによると、この洞窟は自然の浸食によってできたみたいで、大昔からこうやって開いていたらしいわね」



 俺の左隣を歩いていたセシリー姉さんが解説してくれた。



「なるほど。だけど、今回のおかしな事件が起こる前までは特に神隠しとかもなかったみたいだし、それまではここってどういう状態だったんだろう」



 その俺の疑問には、俺たちの前を歩いていたフィリリスが答えてくれた。



「ここって、一応Fランクに指定されている物凄く弱い魔物や魔獣も時々出る場所だから、定期的にギルドから冒険者を派遣して駆除する対象の場所になっているのよ」

「そうなの?」

「えぇ。だから、従来はFランク冒険者とかパーティーが、ポイントやお金を稼ぎに来る場所として知られている洞窟でもあったのよ」



 魔道具製のランタンを持って周辺の警戒に当たりながら歩くフィリリスのあとを継ぐように、そのすぐ隣で敵の襲撃に備えて盾を構えながら歩いていたエレミアが口を開く。



「内部も複雑な迷宮になっているわけじゃないから、迷って出られなくなるようなこともないしね。ひたすら一本道で最奥部にちょっとした泉があって、その周辺にスライムとか蟲が湧く程度かしらね」



 軽く肩をすくめて見せる黒エルフのお姉さんだったが、その美貌に浮かべていた表情はどこか引きつっていた。



「ま、とりあえず、奥まで行けばわかると思うよ。目的の崩落した大穴っていうのも一番奥にあるみたいだし」

「ですね」



 俺の右隣を歩いていた後衛組のライラックとアイーシャも軽く頷いた。

 どうやらここに来たことがないのは俺だけのようだ。

 もっとも、前世では何度か来たことがあるんだけどね。


 だけれど当然、実際に目にする洞窟はゲームと違い、恐ろしく迫力があった。

 誰もいない深夜のトンネルを明かりもなしに歩いているようなものだしね。


 手で触れないような化け物が出てきてもおかしくない雰囲気だった。



「――あ、見えてきたわ」



 どれくらい歩いたかわからないが、前を歩いていたフィリリスがランタンを前方に翳しながら、洞窟の最奥に辿り着いたことを教えてくれた。



「……本当に穴が開いているのね。しかも、あるはずの泉もなくなっているし、魔物の類いも見当たらないわね」

「もしかしたら、水も魔物も穴の奥にいっちゃってるのかもしれないね」



 エレミアとライラックはそう言って、複雑そうな表情を浮かべた。



「ですが、もしかしたらここにいた魔物って、元々どこかに穴が開いていてそこから湧き出してきていたのかもしれませんね」

「そう言えば、ここの魔物は倒しても知らない間に湧いているものね。私たち人間が気付けていなかっただけで、アイーシャの言う通り、最初から小さな穴が開いていたのかもしれないわね」



 俺を挟んで猫耳ちゃんとセシリーお姉ちゃんはそんなことを言った。



「とりあえず、先に進んでみましょう。ですがみんな、十分気をつけて。ここから先は未知の領域だから」



 お姉ちゃんのいつになく厳しい声に、全員頷いて行軍を再開した。

 洞窟の突き当たりに開いていた亀裂のような縦穴は、人一人が入るのがやっとといった狭さだった。


 ぱっと見、縦長の亀裂状になっているそこは、鍾乳洞穴を思わせるような刺々しい岩肌となっていた。


 入ってすぐのところは本当に狭く、身体をねじ曲げながら歩かなければならないほどだったが、そこから少し先に行った辺りからは、横に二人並んで歩けるような広さになっていった。


 しかし、狭いことには変わりないので先程までのような隊列で歩くこともできず、戦闘はタンクであるエレミア、そのすぐ後ろが俺とセシリー姉さん、その後ろがアイーシャとライラックで殿をフィリリスが務める形となった。


 俺たちのパーティーは前衛二人に後衛三人という少し後衛寄りに偏った編成になっているので、本当であれば、もう一人前衛を入れた方がバランスがいいのだが、今更そんなことを言っても始まらない。


 この六人で急遽パーティー編成をするきっかけとなったのは、例のクソ王子が発案した富国強兵制度による実力至上主義制度が原因だしな。


 他にも当然、パーティーから追い出された連中はいるだろうが、あのとき、その場に居合わせたのは俺たち六人だけだったのだから。


 そんなわけで贅沢言ってられないから、特に問題なければこの六人でずっとがんばっていくしかない。

 ちなみに、俺がなんの戦闘職に該当しているのか当然、聞かれているので、その辺は曖昧に魔法戦士と答えてある。


 一作目ラスボスという立ち位置で言えば、おそらく魔法使いと答える方が正しいのだろうが、何度も言うが、俺は魔法使いなどではないのだ。


 伯爵家の御曹司として生を受け、ずっと親の跡を継ぐべく剣の修練に明け暮れてきたから、本来であれば立派な騎士として今も王国で毎日を過ごしていたはず。


 だから、魔法使いというより騎士と答える方が正解である。


 しかし、伯爵家に仕えていたクソ執事と財務官僚が結託して横領事件を起こし、その罪をすべて親父たちに押し付けたせいで将来も家もすべて失ってしまった。


 結果、ジークフリードである俺は、魔剣の力を使って失われた古代魔法と強大な魔力を手に入れたに過ぎない。

 だから職種を問われれば魔法戦士とか魔剣士と答えるのが最適解だろう。


 そんなわけで、本当はこの中で誰よりも強くて前衛向きである俺であったが、過保護なお姉ちゃんに、



「冒険者に成り立てのあなたが最前衛に立つとか絶対にあり得ない! ダメよっ」



 と、猛反発された挙げ句、最弱のレッテルを貼られたせいで、お姉ちゃん庇護の元、後衛の一人に換算されてしまったのである。



「――なんだか本当に薄気味悪い場所ね」



 フィリリスに変わって先頭を歩くエレミアが、心底不気味そうに声を震わせた。


 この世界の黒エルフという種族は別名、海エルフと称されるぐらい好んで海岸線付近に拠点を構える種族だから、余計にこういった穴蔵が苦手なのかもしれない。


 なんとなくだけど、奥へ進めば進むほどに挙動不審になって、きょろきょろし始めているような気がした。



「まさかと思うけど、暗闇が怖いってわけじゃないよね?」



 いつ接敵しても大丈夫なように、剣と盾を持って身構えているエレミアの代わりにランタン持って前を照らしてあげていた俺は、きょとんとしながらぼそっと呟いた。

 そうしたら、黒エルフのお姉さんが勢いよく振り返った。



「そ、そ、そんなはずないじゃないのっ。ここに来るまでだって、ずっと平気だったでしょ!?」

「まぁ、そうなんだけど……」



 なんだろう。

 必要以上に思いっ切り反応してるんだけど?



「と、とにかくよっ。ルーフェはちゃんと前を照らしてちょうだい。なんだか奥へ行けば行くほど複雑に入り組んでるみたいだから、これまで以上に警戒しておかないと何が起こるかわからないわ」

「わかってますよ」



 鬼気迫る勢いのお姉さんとは対照的に、俺はどこか凡庸とした声を出した――と、そのときである。



「キキキー!」



 突然、なだらかな下り坂となっていた洞穴の奥から、金切り声のような鳴き声が響き渡ってきた。



「な、何? 今の声……」



 俺以外の誰かがぼそっと呟いた。

 止まる足。


 全員が全員、すぐにでも戦闘へと移行できるように身構えながら、尖った岩がゴツゴツ顔を覗かせている岩肌を見渡し――そして、



「来るわっ」



 エレミアが先程までの弱腰が嘘のような鋭い叫び声を上げた瞬間、バサバサバサという羽音と共に、何かが無数に飛来してきた。



「バジリスクフライよっ」



 叫び様に巨大なラウンドシールドを前方へと翳しながら剣を一閃する。

 バチン、バチンと何かが金属盾に激突するような音が木霊した。


 俺の隣にいたセシリー姉さんがすぐさま反応して魔法詠唱を完成させ、光の玉を上方へと飛ばした。

 閃光となって弾け飛んだそれが、そこら中の壁に向かって飛び散るように張り付いて、まるでヒカリゴケのような効果をもたらした。


 一気に明るく照らし出される洞窟内。

 そんな中、俺の視界に映っていたのは翼の生えた緑色のトカゲたちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る