24.地の底より来る声




 数日後の昼時、やっとの思いで目的地である西方の村へと辿り着いた俺たち。

 途中、野営などしながらだったが、特に危険もなく、のどかな旅路だった。


 村はいわゆる山間にある小さな農村という感じで、民家が建ち並んでいる周辺には簡易的な柵が設けられ、その外側に、大小様々な畑が作られていた。


 そして、その畑を囲うように、更に柵が作られている。

 魔物避け用の魔道具も設置されているのだろう。


 立派ではない簡易的な柵しかないにもかかわらず、畑や民家が荒らされまくっているような寂れた雰囲気はまったくない。

 極めてのどかで平和な風景そのものといった感じだった。



「こういう景色を見ていると、きっと人生に疲れた人や都会暮らしの人たちはみんな、田舎に住みたいって思うんだろうねぇ」



 季節も春から夏にかけてのぽかぽか陽気広がる時節だったから、日がな一日中、ぼけーっとスローなライフがしたくなったとしても、罪にはならないだろう。



「何おかしなこと言ってるの、ルーフェ。早く依頼主の村長さんに会いに行くわよ」



 そんなことを言いながら、どさくさ紛れに俺の左手を握りしめて引きずり始めるお姉ちゃん。

 相変わらず子供扱いしてくる過保護な人だった。



「本当に仲がいいんですね。この数日間一緒に旅していてよくわかりました」



 猫耳アイーシャちゃんが引きずられている俺の隣に歩み寄ってくると、クスッと笑った。そのとき、ふさふさの耳がピクピクして、尻尾までぶるんぶるん左右に揺れた。



「アイーシャちゃん。これは仲がいいって言わないんだよ? 束縛癖が過ぎるって言うの――ていうかそんなことよりも、アイーシャちゃん」

「はい?」

「一回だけでいいから、そのもふもふした耳と尻尾、触らせて!」

「え……!」



 ニコッと微笑んで平和的な意志を強調してあげたのだが、なんだか知らないけど、見る見るうちに、猫耳ちゃんが恥ずかしそうに真っ赤っかになってもじもじしてしまった。



「あれ?」



 失敗したかな?

 そんなことを考えていたら、



「ルーフェ! バカなこと言ってないで、ちゃんと一人で歩きなさい!」

「――わわっ」



 よくわからないけど、まったく関係ないセシリーお姉ちゃんが激おこになって腕を思い切り引っ張られてしまった。

 危うく前方へと吹っ飛んでいきそうになったがそこはそれ。


 最強ラスボスのこの俺はそんなことでHPが0になったりなどしない。


 引きずられていた俺は、周囲にいたお姉様方に気付かれないように絶妙なバランス感覚を働かせて、お姉様の真横に来たところで急制動をかけた。



「村長の家ってあそこじゃない?」



 俺たちの前を歩いていた黒エルフのエレミアが首だけ振り返って前方を指さした。


 村の一番奥に一際デカい家が建っていた。

 周囲に点在している民家は小さなログハウス調だったが、エレミアが指さす家だけは横長の茅葺き屋根となっていた。


 俺たちは野良作業している村人や民家の間を歩いている人たちから好奇な眼差しを向けられながら、ひたすらそこへと歩を進め、大きな引き戸の前に立った。


 一同を代表してフィリリスがノックをすると、扉を引き開け壮年の男が顔を覗かせた。



「なんだね、君たちは」

「ギルドから依頼を受けてきた冒険者なのですが、お話を伺いたくて参上しました」



 胡散臭げな視線を向けてくるおっさんに、セシリー姉さんが依頼受理票を取り出して見せると、瞬間的におっさんの表情が変わった。



「や、これは冒険者の方々でしたか。ささ、どうぞこちらへ」



 さっきまでの無愛想な態度が嘘のように、メチャクチャ腰が低くなってしまったおっさん。

 俺たちはそんな彼に案内され、中へと通された。



「これは……こんな遠いところまでようこそおいでくださった。何もないあばら屋ですが、こちらへ来ておくつろぎくださいませ」



 俺たちを中に通してくれたおっさんとは対照的に、入ってすぐのところに広がっていた土間のような場所に佇んでいた老婆が、人の好さそうな笑顔で出迎えてくれた。


 おそらくこの方が村長さんか何かなのだろう。


 俺たちは勧められるままに、土間にあったデカい木製のテーブル席へと腰かけた。

 この民家の内装は入ってすぐが今いる土間で、右手側に炊事場、左手側は一段高くなった座敷のような場所となっていた。



「早速ですが村長様、依頼の件で詳しい話をお聞かせいただきたいのですが。ギルドから伺った内容によれば、この村の裏手にある洞窟から夜な夜な、奇妙な声が聞こえるとのことでしたが」



 俺の左隣に腰かけたセシリー姉さんが、更に左側のテーブル短手に座っていた村長に声をかけた。



「はい。お嬢さんのおっしゃる通り、夜になると毎日のように奇妙な声が聞こえてくると、村のもんが騒いでおるのです。しかも、調査に乗り出した者たちが言うには、あの洞窟の奥深くには今までになかった縦穴が口を開けておるのだそうです。今まではそのようなものはなく、ただの洞穴に過ぎなかったのですが」



 皺だらけのお婆さまはそう言って難しい顔をした。

 姉さんの真正面に座っていたフィリリスが口を開く。



「なるほど。ということはつまり、その穴の向こう側に何かがいるかもしれないと、そうおっしゃるのですね?」

「はい。ですが、その奥には見たこともない魔物が徘徊しているとかで、危なくて奥まで調べていないのでなんとも言えませんが」

「いえ、それは懸命なご判断だと思いますよ」



 セシリー姉さんはそう、優しげに微笑みながら言った。



「下手に内部に入って魔物に襲われたら命に関わりますし、一歩間違ったらそれが原因で外に溢れかえってきてしまうかも知れませんから」

「はい。そうですね……」



 どこか疲れたように言う村長のあとを継ぐように、彼女の背後に立っていた先程のおっさんが口を開いた。



「しかし、実は既に村の中でそれとは別に、不可解な現象まで起こっとるのですよ」

「不可解?」

「えぇ。実は洞窟の中から声がするという報告が上がってきてからというもの、一人、また一人と、村のもんが行方不明になっているんです。まるで神隠しに遭ったかのように」

「神隠し……」



 俺たちは互いに顔を見合わせてしまった。



「もしかして、既に被害が出始めているってことじゃないかしら?」



 フィリリスがそんなことを言う。



「かもしれないわね。知らない間に洞窟から魔物が飛び出してきて、村人を攫っていってしまっているのかも」

「だとしたら、一刻を争いますね」

「うん。今すぐにでも中を調べた方がいいかもしれない」



 エレミア、アイーシャ、ライラックの順番に緊張したように呟いた。

 俺は姉さんを見た。



「お姉ちゃん、どうする? 情報もあまりない状態で無闇やたらと中に入らない方がいいと思うんだけど」

「……そうね。本来であれば、もっと情報収集して、準備もしっかり整えてから内部の調査した方がいいとは思うのだけれど、事が事だから。悠長にしていたら魔物たちが外に溢れかえってきて、村が全滅してしまう可能性もあるわ」

「それに、最近は色々と物騒だしね。南の鉱山都市が壊滅したっていう話も聞くし、ギルドの話だと、王国中でおかしな現象が起こっているみたいだし。もしかしたらこの村で起こっている異変もそれと関係があるのかもしれない」



 セシリー姉さんのあとを継ぐように、フィリリスがそう言った。


 彼女が言う王国中で起こっている異変というのは、要するに、鉱山都市で起こった最悪の事件と連動するように発生した事案である。


 俺が知っている前世の知識が確かなら、それら一連の現象は即ち原作シナリオに絡んでいる異変だった。

 もしそれを放置しておけば、この国は多分滅ぶ。


 何しろ、王国に現れたいくつもの迷宮というのは、二作目ラスボスが自身の野望を成就させるために行ったとある儀式の副作用からくるものだからね。


 だから「ふ~ん」とか思ってニコニコしながら見守っていると、ラスボスは多分、こっちの世界に出てこないし、この国どころか世界中が滅びると思われる。


 まぁ、ゲームだと滅びる前に主人公たちによって倒されるから、本当のところ、実際にどうなるかわからないけどね。

 今起こっている異変というのはそんなところ。


 なので、この村での異変も一見すると同じかなと思えるんだけど、実際には多分違うんだよね。


 なぜなら、俺の記憶が確かなら、この村での怪奇現象はいわゆる、ギルドで請け負う仕事という名のサブクエスト絡みだったから。



「――とにかく、もう少し村の人たちからも事情を聞かせてもらってからどうするか判断しましょうか」



 そう締めくくるように言ったセシリー姉さんの一言に、俺以外のパーティーメンバー全員が頷いた。

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