23.旅立ちの時、二人目の残念お姉様誕生




 ――翌日。


 昨夜は例によってお姉ちゃんにたっぷりと俺成分を吸い取られながら、一夜を過ごす羽目に陥った。

 そのお陰か、異常なまでに元気になってしまったお姉ちゃんは、朝からハイテンションだった。



「うっふふ。いつかこうして弟と一緒に冒険稼業するのが夢だったのよ~」



 身支度しながら機嫌よさげにそんなことを言い出す。



「よく言うよ。僕が冒険者になるって言ったら鬼のように反対したくせに」

「いいのよ、そんなことはもう。考えてみれば、もっと早くこうするべきだったわ。あんなろくでもない人たちのパーティーからはさっさと抜けて、ルーフェと一緒のパーティーになればよかったのよ。そうすればいつも一緒にいられるし、危険が迫ったときでも私がいつでも守ってあげられるしね」



 冒険道具の点検やら準備が終わったのか、絨毯の上で丸くなるようにしてしゃがみ込みながら、ネフィリムさんの腹をもふもふしていた俺にお姉ちゃんが忍び寄ってくると、そのまま背後からぎゅ~と抱きしめてきた。


 お陰で色んなものが背中やら首やらに当たって酷い圧迫感に包まれてしまう。



「ちょっと、お姉ちゃん? 苦しいんだけど?」

「いいのよ……すぅはぁ……ぁぁ、ルーフェのいい匂いがするわぁ……」



 どうやら変態お姉ちゃんは俺の頭に顔を埋めて深呼吸しているらしい。



「……ねぇ、ネフィリムさん。このお姉ちゃん、君はどう思う?」



 俺は敢えて残念で愛の重いお姉様を無視して、気持ちよさそうにゴロゴロ言っている白猫ちゃんに話しかけたのだが、



「ミャ~♪」



 彼女も「うん、本当に残念ですね」とでも言いたげに一声鳴いた。




◇◆◇




 屋敷の執事やメイドさんたちにしばらくの間帰らない旨を伝えてから、俺たちはフィリリスたちとの待ち合わせ場所となっている南門に向かって大通りを歩いていた。

 そんな矢先のこと。



「……ん? あれ……?」



 なんだか、先日魔法の試し打ちしようと思って、門に向かってここを歩いていたときとは明らかに雰囲気が異なっていることに気がついた。



「どうしたの?」

「え……あ、うん。なんか、この間ここ来たときにはもっとお店が開いてた気がするんだよね」



 屋敷を出てからと言うもの、なぜかセシリーお姉様は俺の左腕に両腕を巻き付けながら、終始べったりとなっていた。

 そのせいで、白猫ちゃんと密談できず、俺は結果的に独り言を呟く形となってしまった。


 どうやらお姉ちゃんはそれを耳聡く聞きつけたようで、至近距離で見つめてきたのち、すぐに左手の閉店している複数の店舗を視界に入れ、「あぁ」と声を漏らした。



「あそこ、以前武具屋とか鍛冶屋があった場所ね」

「武具屋? ……あ」



 俺はお姉ちゃんの言葉であの詐欺師のおっちゃんのことを思い出していた。

 性悪で売っている品は粗悪品なのに、アホみたいな高額で売っていた甲冑。


 世のため人のためにと、いつかぶっ潰しておこうと思っていた例のぼったくり店だった。

 しかしそれなのに、なんか知らないけど、閉店に追い込まれている。



「なぜだ……?」



 意味がわからずきょとんとしていると、お姉ちゃんがクスッと笑った。



「よくわからないけれど、商業ギルドの査察でも入ったんじゃないかしら?」

「商業ギルド?」

「えぇ。店舗経営している人たちが入らないといけない組合ね。市場価格の安定とか不正行為が起こらないように厳しく取り締まっている組織なのだけれど、一回彼らに睨まれると徹底的に調査されて、その結果、大抵は閉店に追い込まれちゃうのよ」

「へぇ、なるほど」



 てことはあのおっさん、ぼったくりがバレてギルドにぶっ潰されたってことかな?

 思わず、「ざまぁ」と言いそうになってニヤけてしまったのだが、それを見て何を思ったのか。


 俺の足下をてくてく歩いていた白猫ちゃんが、何か物言いたげに「ミャー」と鳴いた。


 目を細めてジロジロ見つめてくる失礼な白猫ちゃん。

 大方俺が何かしたと思っているんだろうが、断じてそのようなことはしていない。


 まだ!


 誤解されているのも癪なので右手を左右に振ってすぐさま否定すると、ネフィリムさんが俺の右肩へとよじ登ってきて、意味不明な猫パンチを頭に炸裂させてくるのであった。


 ――ちょっと、ご主人様に向かって随分な態度じゃない?


 むそっとする俺にネフィリムさんは黙して語らず。

 結局白猫ちゃんの誤解は解けぬまま、俺はお姉ちゃんと腕を組んで町の外へと向かった。




◇◆◇




「みんな、お待たせ。随分早いのね」



 まだ時刻は早朝といったところ。


 待ち合わせはあと一時間後の八時とかそこらだったはずだが、既にフィリリスを始めとして他のメンバー三人も南門の前に集まっていた。


 この聖都は宗教国家の首都ということで、ミサやらなんやらの関係上、結構みんな早起きで有名らしく、こんな時間だというのに大通りには大勢の人々が闊歩していた。


 先程ぶっ潰れていて思わず笑ってしまった武具屋を始めとした大通りの店舗も、結構開いている。

 そんなわけで、南門周辺も朝市をやっている露天などが活気に満ちた声をそこかしこで上げていた。



「いえ、ボクたちもついさっき来たばかりですから」



 所在なげに佇んでいた四人のうち、一番背の小さい金髪美少女――ではなく金髪美少年のライラックがにっこり微笑んだ。


 そのあまりの愛らしさに男色の気がない男子諸君でも、一瞬ドキッとしてしまうのではないかと、そう思えるほどに美しい相貌だった。


 やはり、エルフというのは美に愛された種族のようだ。


 そんな彼が着ている服装は昨日とほとんど同じで旅がしやすそうな長袖シャツとレザーアーマー、それから半ズボン。その上からコートのようなものを着ていた。


 武器は杖のようなものを持っていて、腰には短剣を差している。



「目的の村って、エリンハリア山脈のふもとにあるんだっけ?」



 黒エルフのエレミアが隣のアイーシャに聞いた。



「はい。丁度山脈の最東端に位置する村ですね。そのすぐ北側には、グランツバルト王国との国境線もありますから、そういう意味では聖王国最西端の村といっても過言ではないでしょう」

「あそこまでは一日二日はかかるから、途中野営することになると思うけど、みんな準備はできてる?」



 銀髪猫耳少女のアイーシャのあとを継ぐように、フィリリスが一同を見渡した。

 それに全員が頷いた。



「それじゃ、早速行きましょうか」



 そう締めくくるようにセシリー姉さんが発した声に、全員が再度頷き、南門から外へと出ていった。


 そのときに浮かべていた表情は新しい環境ということもあり、多少緊張の色が窺えたものの、全員に共通していたものは昨日までにあった絶望ではなく、喜びに満ちた笑顔だった。


 パーティーメンと合流したことで、ようやく甘々なお姉ちゃんから解放された俺は、ひたすら西へと続く南の街道を歩きながら、襟巻きになっていた白猫ちゃんを一瞥した。



「個人的には望んでいなかったパーティー結成だったけど、結果的にはよかったってことなのかな」



 パーティー追放大会によって二度と冒険者としてやっていけなくなるような仕打ちに遭った美少女プラス美少年たち。

 そんな可哀想な人たちを助けて笑顔を取り戻せたわけだし、これってある意味、英雄的行動なのでは?

 そう思って一人ニヤニヤしていたら、



「ご主人様は本当にわかりやすいですね」

「ん? どういう意味?」

「いえ、言葉そのままの意味ですよ。美しい女性たちに囲まれて、さぞや喜んでおられることでしょう」



 なんだろう。

 どこか棘のある刺すような言動に思えるのは俺だけだろうか?

 ていうかひょっとしてこの白猫ちゃん。



「もしかして、嫉妬してるの?」

「はい? 城塞制御システムである私がそのような感情を持つわけがありませんよ」

「本当かなぁ? 相変わらずのツンデレちゃんなんだから」



 俺はニヤッと笑うと、首に巻き付いていたネフィリムさんの首根っこを掴んで仰向けに抱っこの状態にした。



「ご主人様、いきなり何を――」



 しかし俺は彼女の言葉が終わらぬうちに、腹をさすり始めたのである。



「ミャ!? ミャ~~♪」

「ぷ……さっき感情ないって言ってたくせに、なんでそんなに気持ちよさそうに鳴くんだろうね?」

「こ、これは猫型分体の本能です。分体は流動性細胞群体――ミャ~♪」



 慌てたようにわけのわからないことを言い始めたので更にモフってやったら、数メートル離れたところを一塊になって歩いていたお姉様方のうち、ちょっとヤンキーというかギャルっぽい金髪お姉様のフィリリスが、何やらちらちらと俺たちの方に視線を投げてきた。


 そのときに浮かべていた表情。

 なんだか切れ長の色っぽい碧眼が少し潤んでいて、艶のある整った唇が震えていた気がする。



「なんだろう?」



 そう思ってモフるのをやめた瞬間だった。



「る、ルーフェくん……!」



 突然、色気むんむんの金髪お姉さんが歩くのをやめると、小走りに俺の方へと近寄ってきた。



「はい?」

「あ、あ、あ、あのっ……! 昨日、会ったときからずっと気になっていたのだけれどっ」

「うん」

「そ、その子!」

「はい?」

「どうしていつも連れ歩いているの? 冒険者の仕事にまで連れてくるってことはやっぱり、使い魔か何かなの? い~え! この際、そんなことはどうでもいいわ! その真っ白な可愛い子の名前を教えてちょうだい! で、できたら、触らせてもらえると嬉しいのだけれど!?」



 フィリリスはそれまで彼女に抱いていたクールビューティーなイメージを吹っ飛ばしかねない勢いで、一気にまくし立ててきた。


 表情も、今しも涎を垂らしかねないほど緩んでいるし、胸の高さに上げた両手なんかは既にエアもふもふし始めていた。

 どうやらネフィリムに興味津々らしい。



「え、え~っと……」



『あ、これ、この人もセシリー姉さんと同じで残念な人かも』と、決して口に出さずに心の中で念仏唱えながらも、俺は仰向け状態だった白猫ちゃんを勢いよく目の前に差し出した。



「ネフィリムです。どうぞ、存分にもふってあげてくださいっ」



 お辞儀する俺に、



「きゃは~♪ やったぁ! あたし、可愛いものには目がないのよ。ありがとう、ルーフェくん!」



 いきなりな状況に混乱して大慌てで逃げようとする白猫ちゃん。

 しかし、そうはさせじと慌てて抱きしめ頬ずりし始めてしまう金髪お姉さん。



「――ネフィちゃん、あなたはネフィちゃんって言うのね! あぁ、なんて可愛いのかしら♪」



 ひたすら頬ずりしたりモフったりしている姉さんに残念なセシリーお姉様の影が見え隠れしないでもなかったけど、



「ま、いっか♪」



 俺はニコッと笑ってから、離れたところから呆れたようにこちらを見ていたお姉様方の元へと歩いていくのであった。



「ミャ~~~!」



 その背中に怒ったような白猫ちゃんの声が突き刺さったような気がしたけど、敢えて無視した。



「日頃の行いの報いだよね?♪」


 と。

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