21.パーティー結成と冒険者を続ける理由

 



「とほほのほ……」



 先程まで座っていた椅子に無理やり座らされた俺は、どっから持ち出してきたのか知らないが、そのままロープで椅子の背もたれにぐるぐる巻きにされてしまった。


 しかもあのお姉ちゃん、ネフィリムがテーブルの上に避難したのをいいことに、俺の頭の上にデカくて柔らかい肉の塊を乗せるようにして、背後からがっちりと首に両腕を巻き付けてきたのである。



「ルーフェ? ちょっとでも逃げる素振り見せたら、このまま首を絞めますからね?」



 そんなことを言いながら、俺の顔の横にニコニコ顔を移動させてくる。

 もはや綺麗なお姉様というより猟奇的なお姉様そのものだった。



「ていうかお姉ちゃん。さっきパーティー追放されてたみたいだけど、こんなことしてて平気なの?」



 俺は敢えて古傷を突っついてお姉ちゃんを動揺させ、その隙に包囲から逃れようとしたのだが、どうやら追放されたショックよりも俺がここにいることの方が問題だったらしい。



「あなたはそんなことを気にする必要ありません。私の目の届く範囲内で大人しくしていればいいのよ」



 そんなことを言って、いきなりヘッドロックしてくる凶暴なお姉様だった。



「あの、すいません。セシリーさんって、そちらの方とはどういうお知り合いなのですか?」



 互いに牽制し合っていると、猫耳ちゃんが眉間に皺を寄せながら聞いてきた。



「ん? あぁ、そう言えば、みんなは知らなかったわね」



 セシリー姉さんはそう前置きすると、俺の首に抱きつくようにしてにっこりと笑った。



「この子は私の弟のオルフェン・グレンアラニスよ。愛称はルーフェ。みんな、仲良くしてあげてね」



 語尾にハートマークがつきそうなほどに艶っぽい声を出すお姉様。

 それだけでなく、公衆の面前だというのに遠慮することなく頬に口付けまでしてくる有様。


 どうやら仲のよさを見せつけたいようだ。

 そんな残念な言動が原因だったのかどうかわからないが、目の前に座っていた四人が全員、唖然とした。



「弟って……いったいどういうこと? 確かセシリーの弟って……」



 金髪美人のフィリリスはそこまで言って口ごもってしまった。

 どこか申し訳なさそうにしている彼女を見て、ようやく姉さんは俺から離れると、真横に椅子を持ってきてぴったりと張り付くように腰かけた。

 当然、ぐるぐる巻きのロープを外してくれるような気配はない。



「……そうね。フィリリスが言う通り、弟は随分と昔に亡くなっているわ。だけれどあの子、少し見た目は変わってしまったけれど、今こうして私に会いに来てくれたのよ。しかも、また私の弟になってくれたの」



 姉さんはうっとりしながら俺にしなだれかかってくる。

 そんな俺たちに困ったような顔して見つめ合う四人だった。

 ていうかこのままだと、お姉ちゃんだけでなく俺まで頭のおかしな人と誤解されかねないので、一応説明しておくことにした。



「言葉足らずだから付け加えておくけど、僕とお姉ちゃんは道端で偶然知り合って、色々あって義理の姉弟になっただけだからね? 別に頭がおかしいわけじゃないから、そこのところご理解よろしく」



 ニコッと笑った俺に四人が振り返り、



「なんだ、そういうことだったのね」



 と、代表してフィリリスが言い、詳しい事情を説明してないから完全には納得できないといった感じだったが、一応は理解してもらった。


 ただし、隣の困ったお姉さんは不満だったのか、すかさず脇腹をつねってくる。

 肉体の表皮を覆うように物理障壁が張られているから、痛くないけど痛い。

 俺は軽く溜息を吐いたあと、再度口を開いた。



「それよりも、みんなお姉ちゃんとは顔見知りだったんだね」

「ん? まぁね。セシリーはこの南ギルドでは結構有名人だから」

「そうですね。二つ名は高火力爆撃魔」



 黒エルフのエレミアと猫耳のアイーシャの二人が互いに見つめ合って苦笑した。



「爆撃魔って、何その残念なあだ名」



 俺はわざとふざけたような声を出して隣のお姉様を半眼で見つめてやったのだが、逆にギロリと睨まれてしまった。



「そんなことよりもルーフェ。あなたはどうしてこんなところにいたのよ? しかも、なんだか知らない間にフィリリスたちと仲良くなっているみたいだし――て、まさか、ルーフェ! あなた私の知らないところでこっそりと冒険者登録して彼女たちとパーティー組んでいるのではないでしょうね!?」

「へ? そ、そんなことはないと思うよ? だって僕、今日初めてこの人たちと知り合ったし――そうだよね、みんな」



 助けを求めるように瞳を潤ませて一同を見渡す俺。

 そんな俺を見て何を思ったのか、四人が四人ともなぜか挙動不審なまでに大慌てになった。



「そ、そうよ? ルーフェくん? の言う通りよ。あたしたちはさっき知り合ったばかりだし」

「はい。フィリリスさんのおっしゃる通りです。私も今日初めて話をしましたし」

「だね。決してパーティーなんか組んだりしてないわよ」

「……うん。残念ながらね。元いたパーティーから追い出されちゃって、これからどうしようって考えて凹んでただけだし。それに、そんなすぐに他のパーティーなんかに入れてもらえるわけないしね」



 フィリリス、アイーシャ、エレミア、ライラックの順に、苦笑しながらも必死こいて俺を擁護しようとがんばってくれた。

 なんていい人たちなんだ!

 思わず本気で泣けてきたよ。



「じ~~~~~~~」



 そんな彼らを前にしてもなお、残念で過保護なお姉ちゃんは疑いの眼差しを全員に向けていたが、しばらくして溜息を吐くと、背もたれに寄りかかった。



「みんなの言い分ももっともだものね。信用しないわけにはいかないわね。だけれど、本当に困ったわ。あの新しくできた制度のせいで、パーティーから追い出される人たちが相次いでいるし、私もそうだけれど、一度追い出されたら無能のレッテル貼られてどこも雇ってくれないと思うし」



 俺の問題がようやく片付いて現実に目を向けられるようになったようで、セシリー姉さんは今更ながらにどんよりと雰囲気が暗くなった。

 両肘をテーブルにつけて項垂れてしまう。



「そうなのよね。今更別の仕事探すのも面倒だし、できればこのままずっと冒険者としてお金稼いでいきたいけど、追放された上に女だからという理由で絶対に足下見られるし」

「私も……故郷から出てきて立派な神官戦士になるって大見得切ってしまいましたので、今更……」



 フィリリスとアイーシャはセシリー姉さん同様ガクッと肩を落としてしまう。

 エレミアとライラックも似たようなもので、思い切り溜息を吐いていた。

 しかし、



「このままだと本当に埒があかないし、いっそのこと、新規にパーティー結成するしかないのかなぁ」



 ライラックが独り言のようにぼそっと呟いたのを受け、隣にいた黒エルフのエレミアががばぁっと顔を上げた。



「そうだ……それよ!」

「え?」

「丁度今、職にあぶれている面子が六人もいるじゃない!」

「あ……」



 そんなことを言って、エレミアとライラックが俺たち全員を見渡すようにした。

 ていうかちょっと。先に言っておくけど、俺は別に職にあぶれてないからね?


 しかし、そんな無言の圧などまったく通じるはずもなく、エレミアの言葉が何を意味しているのか理解したらしいフィリリスとアイーシャも弾かれたように顔を上げた。



「そうよ、それよ! なんだかよくわからないけれど、いい感じにパーティーバランスも整っているじゃない?」

「確かに。フィリリスさんは大剣使いでアタッカー、私は回復役だし、エレミアさんはタンク、ライラックさんは精霊使いで補助とアタッカー両方兼務できるし、セシリーさんなんか、このギルド一の魔法の使い手ですし、こんなにもバランスのいい組み合わせは他にありません」

「だね! そうなってくるとあとは――」



 エレミアの一言でセシリー姉さん含めた全員の視線が俺へと向けられる。

 どこか疑うような、それでいて熱を帯びたような視線の集中砲火を受け、俺は思わず嫌な汗をかいてしまったのだが、突如、右隣のセシリー姉さんが勢いよく立ち上がっていた。



「まさかあなたたち、私の大事な弟を冒険者パーティーに組み込もうとしているの!?」

「え……? だって、こんなところにいるぐらいだし、ルーフェくんって冒険者なんでしょう? だったらパーティー組まないと仕事できないでしょうし――て、ルーフェくんってもしかしてもう、どこかのパーティーに入っちゃってる?」



 頬杖ついて見つめてくるフィリリスに、俺は慌てて首を横に振った。



「パーティーなんて入ってるわけないですよぉ。僕まだ駆け出しだし、冒険者ってよくわかってないですから」



 俺は場を取り繕うようにひたすらニコニコしていたのだが、どうやら余計なことを言ってしまったらしい。

 無言のままセシリーお姉様が俺の背後に移動してくると、そのまま全力のヘッドロックをかましてきた。



「ルーフェ! あなた、今駆け出しって言ったわよね!? あれだけダメって言ったのにいつの間に冒険者登録したのよっ」

「ぐへっ……ぐ、ぐるじぃでづ……」



 必死こいて右手でぺちぺちと姉さんの手を叩いていると、



「ちょ、ちょっとセシリー! それ以上やったら本当に死んじゃうわよ!」



 慌てて四人が駆け寄ってきて助けようとしてくれる。

 あぁ、なんていい人たちなんだ。どうせならこの人たちがお姉ちゃんや妹だったらよかったのに。

 そんなことを考えていたら、知らない間に危ないお姉ちゃんの包囲から解放されていた。



「ねぇ、セシリー。ルーフェくんが勝手に登録しちゃったのはとりあえず置いとくとしても、あなたもこのままだと困るんじゃないの? パーティー組めなくなったら冒険者稼業を廃業しないといけないでしょうし、そうなったら家に連れ戻されるんじゃないの?」



 いつになく真剣な顔で、隣の席に戻って腰かけていた姉さんを見つめるフィリリス。

 俺は彼女が言った家に連れ戻されるという発言に引っかかりを覚えて、姉さんを見つめた。



「お姉ちゃん、連れ戻されるってどういうこと? それに、前々から疑問に思っていたんだけど、貴族なのにどうして冒険者なんかやってるの?」



 お姉ちゃんは一瞬、躊躇する素振りを見せたが、軽く溜息を吐いてから口を開いた。



「……そうね。いつかは話さないといけないことだものね」



 セシリー姉さんはそう前置きすると、どこか自虐的な笑みを浮かべた。



「私の弟が随分前に亡くなっていることは話してあると思うのだけれど、あの子、冒険者になるのが夢だったのよ。だけど、亡くなってしまった以上、それを叶えることはできない。だから私は伯爵家の令嬢であるにもかかわらず、親の反対を押し切って無理やり冒険者になったの。あの子の叶えられなかった夢を叶えるために」


「なるほど。じゃぁ、連れ戻されるというのは」

「えぇ。なんの成果も上げられなかったり、万が一何か不都合が起こったりしたら、すぐさま連れ戻すって言われてて」

「そういうことか。てことはこのままパーティー組めなかったら事実上、冒険者としてやっていくことはできないから自動的に伯爵様に連れ戻されてしまうと」

「そういうことになるわね」



 なんだか結構面倒くさい案件抱えているんだな。



「だからこそですよ、セシリーさん」

「はい?」



 再び項垂れてしまった姉さんに、銀髪の猫耳ちゃんがにっこり微笑みかけた。その笑みは「聖女様か!」と思わず突っ込みを入れたくなるぐらいに慈愛に満ち満ちていた。



「ルーフェさんを含めれば丁度六人パーティーが組めます。そうすれば、新規パーティーとしてギルドに登録できるようになるじゃありませんか」



 そのあとを継ぐように、エレミアも笑顔で口を開く。



「アイーシャの言う通りよ。私たちでパーティー結成したらすべての問題が解決できるじゃない。また最低ランクから冒険始めることになるけれど、一応、冒険稼業を続けていくことができるし」

「うんうん。ルーフェさんがどんな能力を持っているのかわからないけど、でも、これだけ役割分担できていれば、きっとなんとかなりますよ」

「そうね。あたしもみんなと同意見だわ」



 ライラックとフィリリスも笑顔で話しかけたのだが、



「……ダメ……」

「え……?」

「ダメよ、ダメダメ! ルーフェに冒険者稼業なんて危ない真似させられないわ!」



 そんなことを言って、再び俺の背後に立ってロープで縛られたままだった俺の首にむしゃぶりついてくる。

 そんな俺たちを見て、フィリリスが口を開いた。



「セシリーの気持ちもわかるわ。また亡くなった弟さんのようになって欲しくないっていう気持ち。あたしだって似たような経験してるしね……。だけど、既にルーフェくん、冒険者登録済ませちゃってるみたいだし、このまま放っておいたらとんでもないことになっちゃうかもしれないわよ?」

「え? とんでもないこと?」

「そうよ。だってそうでしょ? あなたに内緒でいつの間にか登録しちゃっているわけだし、知らない間にどこに馬の骨ともわからないパーティーに参加してしまうかもしれないわ。そうしたらどうなるかなんて、想像つくでしょ?」



 なんだろう。

 今一瞬、美人金髪お姉さんが悪い顔をしたような気がしたのだが、果たして――



「そんなの絶対にダメよ! ルーフェは誰にも渡さないし、傷一つつけさせたりしないわ!」

「だったら、側に置いておくのが一番いいんじゃない? 同じパーティーでいつも側で守ってあげれば安心でしょ?」



 そこまで言って金髪姉さんはうふっと笑った。

 そして軽く数十秒沈黙がその場を支配したあとで、



「ルーフェ!」

「ん?」



 成り行きを見守っていたら、突然、姉さんがデカい声を出して俺を縛り付けていたロープを外しにかかった。



「今すぐ登録しに行くわよ!」

「へ?」



 あっという間にすべての拘束を取り除くと、俺の腕を掴んだままカウンター目がけて物凄い勢いで歩き始めてしまった。


 そんな変わり身の早い姉さんと、彼女に引きずられていく俺を呆然と見つめていたフィリリスたち四人は――次の瞬間には歓声を上げて喜び合うのであった。


 ――いや、ていうか俺、パーティー組んだら裏主人公モードで遊びにくくなるんですけど!?


 しかし、そんな俺の訴えなど、当然、誰の耳にも届かなかった。

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