20.残念な人たちと、残念な俺
「なんだか恥ずかしいところを見られちゃったみたいね」
目線を泳がせながらそう語りかけてきたのは、一番左の席に座った金髪戦士の女性だった。
名前はフィリリス・ゴールデンローズで十九歳。
つい最近までAランク冒険者パーティーに加入していたAランク冒険者らしい。
ぱっと見、前世だと色気むんむんの美人ヤンキーギャルといった雰囲気の女性だった。
「本当に、世の中ままならないですね……」
そう寂しそうに言いながら溜息を吐いたのは銀髪の猫耳お姉さん。
どうやら猫族だからといって語尾にニャはつかないらしい。非常に残念である。
先程全員から自己紹介してもらっが、彼女の名前はアイーシャ・メルフィアコットで十六歳。
見た目ではとてもそうは思えないのだが、俺より二歳下らしくパーティーではヒーラー役を任されていたCランク冒険者とのことだった。
「だけど、ホント、いったいなんなのかしらね、あのバカ王子。どうしてこんなろくでもない制度なんか導入したのよ」
そうぼやいたのはエレミア・エインヘリアスという名前のCランク冒険者で黒エルフの女性だ。年齢は定かではないが、見た目年齢は十八とか二十歳そこらの美人さん。
この世界にはダークなエルフさんという概念はなく、単純に海の近くで生活している日焼けしたエルフが黒エルフだとか海エルフと呼ばれ、森で暮らしている色白のエルフが白エルフとか森エルフと呼ばれている。
そのため、互いに仲が悪いということもないので、同じテーブルについていてもいきなり殴り合いが勃発するようなこともない。
「ただでさえパーティーから外されたら無能のレッテル貼られて、他のパーティーに入れてもらえないっていうのに、あの制度のお陰で簡単に追い出されるようになったから、ホント、ボクたちこれからどうすればいいのかわからないよ」
そう言って頭を抱えてしまう可愛らしいボクっこ男子は、ライラック・エインリーグという名前で、白エルフのBランク冒険者らしい。
予想した通り、精霊魔法に長けているらしく、既にいくつかの召喚魔法も詠唱できるのだとか。
俺が知っている二作目世界でも、普通に考えたら精霊魔法使いは重宝がられる存在なのに、なんで追放されたんだろう?
やっぱり、この世界とあの世界では色々常識が食い違っているってことか?
「だけど、本当にどうかしてるよね。皆さん、僕なんかよりもずっと強そうなのになんで追い出されたんですか? しかも、同じパーティーに男の人がいたなら、絶対にほっとかないと思うんですけどね。何しろ、皆さんとても美人さんだし」
ライラックは男の子だけどね。
だけど、エルフだからなのか、どっからどう見ても美少女にしか見えないから、その筋の男性諸君にはとても可愛がられそうだけど。
一人きょとんとする俺に、目の前の女性陣とライラックが顔を見合わせ、どこか照れたような笑みを浮かべた。
「まぁ、冒険者は娼婦じゃないしね。見た目だけで食べていけるわけじゃないから」
頬杖つきながら、どこか色っぽい流し目を投げて寄越してくる金髪お姉さんのフィリリス。
「そうですね。それに、あの実力主義制度が原因でみんなピリピリしてますし、ちょっとでも気に入らないことがあるとそれを理由に、ヘイトターゲットにされてしまうんですよ」
銀髪の猫耳お姉さんは悲しそうにそう言って、頭の上についている猫耳をピクピクさせた。
それを見て俺は思わず、「触らせてっ」と叫びそうになったがぐっと堪えた。
「アイーシャの言う通りよ。まぁ、一種の虐めみたいなものね。一回ターゲットにされたらもう終わったも同然。仕事でうまくいかなくなると責任すべてを押し付けてきて、最終的にそれを理由に追い出されるのよ」
肩をすくめる黒エルフのエレミアのあとを継ぐように、ライラックが口を開く。
「しかも、この国はなんて言うか、周辺諸国に比べて男尊女卑がメチャクチャ酷いからね。女性の地位はとんでもなく低いんだよ」
「そそ。だからあたしたちみたいにターゲットにされた女たちは、ゴミを見るような目で見られてポイって捨てられるの」
そうフィリリスが締めくくるように寂しげに笑った。
「なんだか、本当に世も末だね」
「ね~」
ぼそっと呟いた俺に、ライラックがそう応じた。
ホント、もったいないとしか言いようがない。こんなにも美人な人たちを追放するとか頭おかしいんじゃないだろうか。
しかも、ぱっと見、そんなに弱そうには見えないんだけどね。
「――出ました」
天を仰いで溜息を吐いていたら、いきなり白猫ちゃんが耳打ちしてきた。
「ん? あぁ、解析か。どうだった?」
「はい。皆さんランクはバラバラで職種も違いますが、かなり能力値が高いと思います。ご主人様と比べたらあれですが、その辺にいる人たちに比べて遙かに有能かと」
「やっぱり?」
何も言わなくても勝手にフィリリスたちの情報分析をしてくれたネフィリムちゃん。
予想通りというか、彼女たちはどう考えても戦力外通告受けるような低レベルな冒険者じゃなかったようだ。
となるとやはり、原因は八つ当たりとか男女差別にあったようだ。
「なんだかなぁ……」
俺は両肘をテーブルについて、もう一度溜息を吐いた――と、そんなときだった。
「――そんなっ」
どこからか、この淀んだ空気を切り裂くような甲高い叫び声が聞こえてきた。しかも、どこかで聞いたような声。
「ご主人様……あれは……」
「あ、うん、察し……」
俺とネフィリムはほぼ同時に声のした方を見つめて、「うへぇ」という気分に陥った。
向かって左側の壁付近に設置されていた掲示板。
その真ん前で一組の男女が揉めていた。
しかも、陰険そうな男たちに周囲を囲まれて、悲嘆に暮れたような表情を浮かべている水色の髪をした女性。
手には背丈ほどもある長い杖を持ち、魔術師のローブに身を包んだどっかで見たことのある胸の大きな美人さん。
見紛うはずもない。
自称、俺のお姉ちゃんこと、セシリアーナ姉さんだった。
「あ~あ。遂にセシリーまで追い出されちゃうのね。あそこもホント、ろくでもない連中ばかりいたからいつかはこうなると思ったけど」
「そうね……だけど。あの人は……」
俺やネフィリム同様、同じテーブルについていた四人組も全員、掲示板の方を見つめていた。
どうやら四人組はお姉ちゃんと顔見知りらしい。
まぁ、あの方は有名人みたいだから当たり前か。
視線の先、お姉ちゃんを虐めるようにガンつけていた野郎どもの一人が罵声を放った。
「――うるせぇ。全部てめぇが悪いんだよっ。いつもいつも、起きてんのか寝てんのかわからねぇような面しやがってよっ」
「そうですね。先日のリバイクアンタレスの件もそうです。あなたがもう少し機敏に動いていれば、他の冒険者に横取りされることもなかったかも知れませんし」
「だな。しかも、そのあとの依頼も全部失敗続きときたもんだ。おめぇがちんたらちんたらしてっから、手負いの化け物に逃げられんだよっ」
「そ、それは私のせいじゃないでしょう!? あなたたちが遊び半分で攻撃してるから……! それに、私は魔術師なのだから、敵と近接戦闘してるあなたたちに被害が及ばないように魔力コントロールしなければならないし、時間がかかるのよっ」
「だからそれをなんとかしろって言ってんだろうがっ。それができねぇから、おめえはいらねぇっつってんだろうがよっ」
「うけけ。ホント、てめぇは見た目だけはいいからな。いっそのこと、冒険者なんかさっさとやめて娼婦にでもなりゃいいんだよ。そうしたら一生可愛がってやるぜ?」
「ま、とにかくだ。てめぇみてぇな役立たずなんざもういらねぇ。実家でも娼館でもどこでもいいからとっとと失せやがれっ――」
「「「「ぎゃはははは」」」」
一向に止まぬ罵詈雑言の嵐。
なんだかこう、典型的な悪役モブだよね、うん。
昨日お姉ちゃんがいつにも増して俺のことを束縛してきた理由が、なんとなくわかった気がした。
やはり冒険中に色々あったらしい。
どうせただの八つ当たりとか男女差別とか、才能や家柄への妬みとか、日頃からヘイトの対象として扱われてきた結果の追放劇ということなのだろうけど。
俺は白けた気分になりつつも、目を細めてじ~っとお姉ちゃんたちを眺めていたのだが――なんだか知らないけど、目の前に座っていた誰かが思いっ切り舌打ちした気がして、思わずドキッとしてしまった。
「たくっ。本当にくそったれな連中ねっ。世が世じゃなかったら、あんな奴ら、全員闇討ちしてぶちのめしてあげるのにっ――ていうか、本当にぶっ殺そうかしら……!?」
「……ですが、本当にどうするのでしょうか? 確かセシリーさん、パーティー追い出されたら家に連れ戻されてしまうという話でしたが」
「そうだったわね。よくは知らないけれど、亡くなった弟さんの夢を叶えるために冒険者になったって言ってたし、今のこの世の中じゃ、パーティー追い出されたらあたしたちみたいにお荷物のレッテル貼られちゃうから、行く当てなくなってしまうでしょうね」
「……なんだか、可哀想だよね。まぁ、ボクたちも人のこと言えないけど」
黒エルフのエレミアのあとに続くように、アイーシャ、フィリリス、ライラックの順番で皆深刻そうに表情を曇らせながら言った。
俯いてしまった四人を前に表情を消した俺は、
「――ネフィリム」
「……はぁ、またですか」
「ん? 俺はまだ何も言ってないけど?」
「言われなくてもわかりますよ。どうせ彼らのことを記録しておけとおっしゃるのでしょう?」
「お? なんだ、わかってるじゃありませんか。だけど、それだけじゃダメだからね」
「はい?」
「虐められているのは一応俺のお姉ちゃんなわけだし。あの人にはなんだかんだで色々世話になっているからね。考え得る限りの最高の方法で仕返ししてやらないといけないと思うんだよ」
「ご主人様……」
「ふふ。だからね。すぐに情報解析お願い」
どんより雲な周辺一帯にあって一人だけニヤッとしている俺を前に、ネフィリムさんは残念そうに溜息を吐いた――のだが、いきなり雰囲気が変わった。
「ご主人様」
「ん?」
「日頃の行いを精算するときが来たようですよ?」
「へ? どういうこと?」
言ってる意味がよくわからなくてきょとんとする俺。
しかし、それはすぐに訪れた。
小首を傾げながら、項垂れている残念な四人組へと視線を投げたら、今しも泣きそうな顔をしてとぼとぼとこちら側へと歩いてきていた一人の女性が視界に入り、そのまま目が合ってしまった。
水色の長いゆる巻き髪を背中に流している巨乳なお姉ちゃんと。
「え……? ルーフェ?」
「げ……」
俺はセシリー姉さんの声を聞いてその場から一目散に逃げ出そうとしたのだが、一歩遅かった。
「どうしてあなたがここにいるのっ」
さっきまであれほどうちひしがれていたのに、一変して鬼の表情を浮かべたお姉ちゃんは、力強い叫び声を上げながらいつものようにがっちしと、背後から思い切り俺を抱きしめてくるのだった。
「お、お姉ちゃん! これには事情が……!」
「言い訳は許しません! さぁ、ここに座りなさい!」
「ぃやぁ~、誰か助けてぇ~!」
女の子みたいな悲鳴を上げてジタバタもがくがまるでびくともせず、結局俺は過保護なお姉ちゃんにそのまま捕縛されてしまうのであった。
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