19.のけ者たちとの出会い




 ネフィリムに作ってもらった転移の指輪を右の中指に嵌めて、性能実験と洒落込んだが特になんの問題も起こらず、自由自在に天空城と下界を行ったり来たりできることが証明された。


 アイテムの転送に関しても一緒で、試しに冷蔵庫みたいな効果のある魔道具に入っていた生肉を拝借して、天空城にあるアイテムボックスへと転送させてみたが、戻ってきた肉にはゴミもまったくついておらず、送る前同様、冷たいままだった。


 俺はその結果に満足して改めてネフィリムに礼を言ってから家を出た。



「今日はどちらへ行かれるのですか?」

「ん? とりあえず、冒険者ギルドかな」

「ギルドですか? 確かセシリーがギルドに行くとか言っていませんでしたか?」

「あ、そうだっけ?」

「はい。昨日の仕事の報告をしてから、今後の方針を決めるとかなんとか」

「なるほど。てことはもしかしなくても、鉢合わせになっちゃうのかな?」


「かもしれませんね。ですがご主人様、冒険者ギルドになんの御用で? ご主人様は表だって冒険者として活動できないはずですよね?」

「まぁねぇ。ネフィリムのお陰であの武具はポータル使って天空城からいつでも取り出せるようになったから、オンオフの切り替えは簡単にできるんだけど、相変わらずソロで冒険稼業はできないからね」

「ではなぜ?」

「う~ん。まぁ、情報収集かな」

「情報収集ですか?」

「うん」



 お姉ちゃんに無理やり弟にされて溺愛されたり、チンピラに絡まれたり、素材集めでひゃっほいしたりですっかり忘れていたが、俺にはやらなければならないことがあるのだ。


 それが、二作目ラスボスをぶっ飛ばすという一大事業である。


 一作目ラスボスであるこの俺が生きて二作目世界に乱入していることで、何かしらの弊害は起こっているのかもしれないが、既に物語は動き出しているのである。


 先日美人エルフのギルド職員さんが教えてくれた鉱山都市での事件というのが何よりの証拠だ。

 俺が知っている二作目のシナリオでも、プロローグムービーとして真っ先に流されたのが鉱山都市の壊滅だった。


 そこからシナリオが始まり、二作目主人公であるあの人が仲間を引き連れ冒険者ギルドの仕事をこなしながら、王国中を駆けずり回って敵を片っ端から蹴散らし、それと並行して起こる様々なイベントをクリアしながらラスボスをぶっ飛ばしてエピローグを迎える。


 それが大まかな流れである。

 よって、既に賽は投げられているといっても過言ではない。


 ならば、俺としてもさっさと動かなければならないということだ。

 何しろ、本来の主人公に成り代わって陰の英雄となり、世界中の女子からキャーキャー言われなければならないのだからな。



「うむ。そのためにはまず、現在、王国各地で起こっているはずの異変について情報収集しないとだな」



 二作目ラスボスをぶっ飛ばしたあとのことを妄想し、一人ニヤニヤしながら歩いていたら、俺が何を考えているのか察したらしい白猫ちゃんが、肩の上で襟巻き状になりながら思いっ切り溜息を吐いた。




◇◆◇




 南街区にあるギルドの扉を潜った俺は、ギルド内の様子を見て、思わずドン引きしてしまった。



「ぅわぁ……あいっかわらず、殺伐としてるよねぇ……」



 入ってすぐの待合テーブルが置かれているホールには以前来たとき同様、大勢の冒険者たちが右往左往していた。

 テーブル席についている者たちもいたが、そのどれもが浮かべている表情はすべて渋面。


 誰一人としてにこやかな笑顔を浮かべて雑談している者などいなかった。

 それどころか、喧嘩腰で睨み合っている連中までいた。



「なんだかなぁ……まぁ、わかりきってることだけど、やっぱあの実力至上主義制度、害悪でしかないよねぇ」

「そうですね。冒険者だけでなく、ギルド職員も大変そうです」

「確かにね」



 よく見ると、カウンターの向こうで冒険者たちの相手をしている職員も皆、疲れたような表情を浮かべていた。

 ひっきりなしに訪れる冒険者を的確に捌きつつ、職員にまで喧嘩を売ってくる荒くれ者どもの相手をしなければならない。



「ホント、世も末って感じだよね。これじゃ、冒険者が育つ前にギルドそのものが閉店しちゃうんじゃないか?」

「ですね。そこら中で凶悪な魔物も出始めているというのに、人間たちは何をしているのでしょうか」

「その意見には俺も賛同しちゃうかな。だけどこれじゃ、とてもじゃないけどギルドの人に話聞けないな」



 俺は軽く肩をすくめてから、出入口に一番近いところに設置されていた丸テーブル席へと腰かけた。



「ご主人様、もし大至急、情報を集めたいということでしたら、私の方で対応できますが?」

「え? ホントに?」

「はい。具体的にどのような情報を仕入れたいのかおっしゃってくださればなんとかできます。ですが、何分、現時点で情報収集に使えるのは本体とこの分体のみですから、集められる情報には限りがありますが」


「そういやそうだったね。本体だと細かい情報まで調べられないし、分体だと今いる場所でしか情報集められないか」

「はい。ですので、同時に多くの情報を入手したいということであれば、他にも分体を複数、生み出さなければなりませんが」

「え……? そんなことできるの?」

「はい。可能です。ですが残念ながら、例によって材料が足りませんので今すぐには無理ですが」

「なるほど……」



 俺はどうしようかなぁと思いながら、頭の後ろで両手を組むと、白猫ちゃんがテーブルの上に移動したのを見計らって背もたれに寄りかかって天井を見上げた。


 まぁ、俺には前世の知識があるしな。


 実際問題、その気になればいつでもラスボスがいる場所まで赴いてぶっ飛ばすことも可能なんだけど、それやると一歩間違えたら俺が二作目ラスボスと勘違いされるかもしれないからなぁ。


 何しろあのラスボス、今現在だとフラグが立っていないからあいつがいるラストダンジョン、この世界に存在しないんだよね。


 しかもあいつ、ちょ~っと厄介なのが、本ボスと裏ボスの二体いて、肝心の裏ボス倒そうと襲撃したら、多分というか百%、国賊扱いされて指名手配になるからな。


 陰の英雄どころではない。ただの犯罪者になってしまう。

 それでは本末転倒だった。



「う~~む。やっぱりここはゲームシナリオ通り、順当に一つずつクリアしていくしかないか」



 一人、口を尖らせブツブツ言っていたら、



「ご主人様、緊急事態です」



 白猫ちゃんがおかしなことを言い出した。



「ん?」



 俺は理解できず、背もたれから身体を起こして正面を向いたのだが、なんだか知らないが、いつの間にか俺が座っていたテーブル席に、見慣れない美少女たちが歩いてきていて、有無を言わさず着席してしまったのである。


 そして皆一様にテーブルに頬杖ついて深い溜息を吐くのだった。

 俺はそんな彼女たちをぽかんとしながら眺めていた。


 生ける屍みたいになって俯いている彼女たち四人を左から右に向かって順繰りに品定めしていく。

 向かって一番左にいるのは長くて緩く巻かれた金髪を無造作に背中に流している戦士風の銀甲冑の女性。


 その隣が肩辺りでカットされた銀髪の女性で、白地が基調の神官衣を纏っていた。

 頭には二つのふさふさした猫耳と、身体の後ろで揺れているふっさふっさの尻尾――って、猫耳に尻尾だと!?


 俺は思わず奇声を上げそうになって慌てて口を押さえた。


 この世界にはエルフだけでなく獣人も数多く存在していることは知っている。しかし、実際に猫族をこの目で見たのは生まれて初めてだった。


 ゲームで見るのと実際に見るのとではまるっきり異なる迫力。

 何この圧倒的存在感!

 コスプレお姉さんたちが猫耳つけたがる気持ちがなんとなくわかった気がする!


 ……まぁ、多分、俺が感じたのとは違った感覚を持っているのだろうが。

 とにかく、俺は猫耳お姉さんから目を離してその隣の女性を見た。


 残りの二人は共にエルフらしく、人族と違って耳が長かった。


 猫耳ちゃんの隣の女性はいわゆる黒エルフという奴で、肌が浅黒く、茶色の長い髪をしている。ブレストアーマーを身につけ、巨大なラウンドシールドを持っているところを見ると、おそらくタンクか何かだろう。


 対して一番右の女性……と思ったが、よく見たら美少女としか思えないような可愛い顔をした男の子のエルフだった。

 こちらは白エルフという奴で肌が白く、髪は猫耳さんと同じぐらいの長さの金髪。


 服装は男性白エルフが好んで身につける動きやすそうな革鎧からするに、レンジャーもしくは精霊使いか何かだろう。



「はぁ……」



 バレないように目の前に現れた人たちをジロジロ見ていたら、誰からともなくもう一度溜息が漏れた。


 なんだか知らないが、ただでさえギルド内には陰鬱とした空気が漂っているというのに、俺の周りだけ濃密な闇が濃さを増したような気がした。



「あのぉ……」



 俺はこのなんとも言えない微妙な空気に耐えられなくなって、思わず声をかけていた。



「皆さん、どうしたんですか?」



 俺の声に四人組は一斉に顔を上げた。

 彼らは皆一様に人生終わった感丸出しの表情で俺を見つめてきたが、逆に俺はそんな彼らの顔をマジマジと見つめ、「あ……」と思わず声を漏らしていた。



「ご主人様、彼らは……」



 俺の肩の上に乗って耳打ちしてきた白猫ちゃんに俺も頷く。



「あぁ。間違いない。この間、追放大会にあって追放された人たちだね」



 そう応じる俺の声が聞こえたのかなんなのか。

 四人組は互いに見つめ合うと、気まずそうに苦笑した。

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