18.過保護な甘々お姉ちゃんとポータル




 ――その日の夜。


 料理担当の美人メイドさんたちが作ってくれた夕食を済ませた俺は、速攻で自室へと引きこもった。

 理由は勿論、ネフィリムさんが作ってくれている魔道具にある。


 ネフィリムの本体は天空城にある巨大なコンピュータみたいな奴だが、その端末というか分体である白猫ちゃんの方は、どうも生体マシンみたいな肉体構造をしているらしいので、俺たち人間同様、食事を摂らなければいけないらしい。


 なので、ネフィリムもしっかりと夕飯を食べたあとで、魔道具制作に取りかかってくれていた。



「まだかなまだかな?」



 例によって白猫ちゃんは絨毯の敷かれた部屋中央でちょこんとお座りしたまま微動だにしない。

 そんな彼女の前を腕組みしながら俺はうろちょろしていた。


 一応、できあがるまでには一晩はかかると言われていたので、こんなことをしていても無駄なのだが、どうにも落ち着かない。


 だって、ポータル開く魔道具だぞ?


 この聖王国に来る前にネフィリムを通じて何度か天空城へは行ったことがあったが、頻繁に行き来できるわけでもないから、もう随分と向こう側へは行っていない。


 天空城をほったらかしにしていても城塞制御システムであるネフィリムが常に管理し続けてくれているから問題ないのだが、たまには向こう側へ行ってみたいという欲求があった。



「それに、今回仕入れた素材と町で手に入れた金属とかの素材を使えば、アイテムボックスみたいなものも作れるみたいだしな」



 今までもネフィリムの空間転移を使うことで、素材やアイテムなどを天空城に送り込んだり引っ張り出したりすること自体は普通にできていた。


 しかし、保管システムがそこまで性能がよくなかったらしく、ただ倉庫に放り込んでいるだけだったから、生ものなどを送り込むと一定期間後に腐ってしまっていたのだ。


 それではせっかく異空間アイテムボックスみたいな使い方ができていたにもかかわらず、なんの意味もない。

 そこで機能拡張する必要があったわけだが、今回のレア素材回収によって、その問題点が解消されることになったようだ。


 要するに、時の狭間みたいな正真正銘の異空間ボックスみたいなところに放り込むことで時を止めてしまうということだった。


 しかも、今までは巨大な箱を思わせる倉庫の中に雑多にアイテムを収納していたが、今度からはそれを細かく区切って一つ一つ保管するようなイメージになるらしい。


 まぁ要するに、仕切りのない巨大な弁当箱に百個ぐらいの仕切りができたといったところか。



「今後の冒険に非常に役に立ちそうだよね」



 残念ながらギルドを通じた冒険稼業はできそうにないが、それでも、そこら中で巻き起こっている事件に黒騎士モードで正体隠して自ら首を突っ込み、片っ端から事件を解決して可愛い女の子たちにキャーキャー言われる。勿論、二作目ラスボスも倒す。



「実に素晴らしい」



 俺は目を瞑ったまままったく動かない白猫ちゃんの前で一人、ニヤニヤしながらうんうんと頷いた。

 と、そこへ、部屋のドアがノックされて、水色のお姉さんが姿を現した。

 自称、俺の姉と言い張っているセクシーなセシリーお姉ちゃんである。



「ルーフェ~~」



 お姉ちゃんは部屋に入ってくるなり、魔術師のローブ姿のまま、デカい胸をゆらしながら俺に抱きついてきた。



「……ちょっと、お姉ちゃん?」



 毎度のことだから既に驚きも何もないのだが、今夜のお姉ちゃんはひと味違った。

 俺の両腕ごとがっちりとホールドするように抱きしめてきて、ぎゅ~ぎゅ~デカい肉の塊を胸に押し付けてくる。


 ほとんど背丈が違わないせいもあり、再会を待ちわびていたワンコみたいに俺の頬に頬ずりしてきて、何度も何度も頬に口付けてきた。


 もはや正真正銘の犬である。


 べろんべろん舌で舐められないだけマシだが、なんとなく、生えていないはずの尻尾が左右にぶんぶん振られているような錯覚すら覚えた。

 相変わらずの残念ぷりである。



「あの~……お姉ちゃん? ちょっと苦しいんだけど?」

「いいの。いいのよ、ルーフェ。遠慮しなくったって。今日はいっぱい甘えさせてあげるからね?」

「いや、あの、甘えているのはお姉ちゃんの方じゃ……?」



 目を細めて突っ込みを入れてあげたのだが、セシリーさんはまったく聞く耳持たず、より一層、腕に力を込めて俺を抱きしめてくると、超高速で頬ずりし始めた。



「残念すぎる……」



 俺はげそっとして天井を見上げた。


 ――しかし、なんだか今日は本当に異常としか思えないな。


 普段からこんな感じだけど、いつも以上に束縛癖がレベルアップしてるし、なんとなくだけど、部屋に入ってきたとき、どこか表情が寂しげに曇っていたような気がする。


 ――これ、今日の仕事で何かあったんじゃないか?


 そんなことを考えながら、一方でこの束縛から逃れる術を模索し、結局失敗してさんざか慰みものにされる俺だった。




◇◆◇




 その後――


 一時間ぐらい俺成分を吸収して元気になったお姉ちゃんが遅い夕食を食べにいった隙に、俺は一人、風呂場に足を運んでいた。

 この屋敷の風呂はさすが爵位持ちの貴族の邸宅らしく、かなり広い大浴場となっていた。


 壁も天井もすべてが装飾の施された大理石でできていて、床もピカピカに磨かれている。

 そんな大浴場の中央に、やはり巨大な湯船がある。

 そんな場所だった。


 俺は今後どのようにこの国で暴れていこうか考えながら身体を洗っていたせいか、つい鼻歌なんぞ歌って油断してしまった。



「ルーフェ!」



 突然、風呂場のドアが勢いよく開けられ、例によって過保護な痴女――もとい、セシリーお姉様が現れた。



「げっ……」



 巨大な胸と大事なところをタオルで隠すだけといった素っ裸な状態で現れたお姉ちゃんは、誰がどう見たって眉を吊り上げ、激おこをアピールしていた。



「いつも言っているでしょう!? お風呂に入るときには私と一緒じゃなきゃダメって! あなたは一人で身体も洗えないし、湯船も一人で入ったら溺れてしまうのだから!」



 激おこでそんなことを言いながら、物凄い勢いで洗い場にいた俺の背後へと接近してくる。



「え~っと……さすがに僕、そんな残念な人間じゃないと思うけど?」

「いいえ! あなたは一人では何もできないの! お姉ちゃんがついていないとダメなのよ!」



 わかっていたことだけど、どうやら何を言ってもダメらしい。

 セシリーお姉さんは俺が逃げ出すとでも思ったのか、椅子に座っていた俺の背後に両膝立ちとなると、勢いよく後ろから抱きしめてきた。

 そのせいで、泡だらけだった俺の背中にとんでもない感触が伝わってくる。



「あの~……」



 首だけを巡らせてジト目を向けてやった俺は、思わずドキッとして息を飲んでしまった。



「うふふ……ルーフェって、本当に可愛い……」



 背後から俺を見つめるお姉さんの瞳に妖しげな光が宿っていた。




◇◆◇




 ――翌朝。


 結局昨夜はセシリーお姉様に綺麗さっぱり全身を洗われてしまい、更にはその流れでお姉様の部屋に連れ込まれて、抱き枕にされてしまった。

 お姉様曰く、



『ルーフェは一人じゃ怖くて寝られないでしょうから、お姉ちゃんが一緒に寝てあげるからね』



 だそうだ。

 う~む。

 どっちかというと、俺ではなく、お姉様の方が一人で寝られないような精神状態になっていたのではないだろうか?


 だって、一晩中抱きしめられて頬ずりされていたし。

 しかも、何か寝言で言ってた気もするし。

 俺はモフモフペットか。



「――じゃぁ、行ってくるわね。今日もいい子にしているのよ?」



 そんなことを言いながら、玄関扉の外で毎朝恒例となっているハグと口付けをしてから、お姉ちゃんは出かけていった。

 それを見届けてから、俺は部屋に戻って一晩中お座りしたままだった白猫ちゃんの元へと向かった。



「そろそろかな?」



 部屋の隅に新たに設置したソファーに座りながら、ネフィリムの碧い瞳が開けられるのを待っていたら、



「――製造完了いたしました」



 白猫ちゃんが息を吹き返した。



「お! やっとできたか!」



 思わずソファーから飛び跳ねて喜んでしまう俺。

 ネフィリムはてくてく俺の元まで歩いてくると、背中を向けた。



「……ご主人様。やっととおっしゃりましたが、これでも通常の製造工程から考えたらかなり早い方なんですが?」

「いいからいいから。とにかく出してよ」

「……まったく。相変わらずですね」



 白猫ちゃんは一度目を細めて俺を振り返ったが、それ以上の文句は言わず、再び部屋中央へと向き直った。



「――では転送します」



 彼女がそう告げた瞬間だった。

 つい先程までネフィリムが座っていた場所に青い魔方陣が現出し、小さくて丸い何かが同時に湧き出た。

 そして、魔方陣から放たれていた光が完全に消えたとき、絨毯の上には一つの指輪だけが残った。

 金色の指輪が。



「あれがそうなのか?」

「はい。なくすといけませんので、指輪型にしました。あれと私の二つが揃ったとき、初めて転移魔法が発動し、天空城への行き来やアイテムボックスの運用が可能となります」

「でかした! さすが猫型ロ――白猫ちゃん!」



 俺はニヤッと笑うと、すかさず足下にいたネフィリムをもふり始めた。

 彼女はそれをどう解釈したのか、絨毯の上にぺちゃんこになって寝そべると、ミャーと一鳴きするだけだった。

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