16.ネームドと残念な奴ら
「う~~む。これ、どうしようかなぁ」
一応、念願だった魔法の試し打ちができてすっかり気分爽快となった一方で、どう考えても化け物レベルの威力で森の一部を吹っ飛ばしてしまった。
もしこの現場を誰かに見られていたら、まず間違いなくヤバい人間と思われることだろう。
あるいは、この森の惨状を目にしたら、きっと大騒ぎになる。
「ご主人様。一つご忠告しておきますが」
「ん? どうしたの?」
「まさかとは思いますが、今後もあのような威力の魔法を使って魔物を駆逐するおつもりですか?」
「ん~。状況によりけりだけど、使うときは使うよね。だって、最強のヒーローっぽいじゃん? まぁ、悪目立ちしすぎるから、人がいるところでは使えそうにないけどね」
「確かにそれも一理ありますが、それ以上に問題となることが一つあります。それが、倒した魔物から素材を回収できないということです」
「……あ」
相変わらず頭の上に乗っているので白猫ちゃんがどんな顔しているのかわからないが、彼女の言葉で今更ながらに気付かされた。
「……そう言えばそうだった。すっかり忘れてたよ。ただ倒せばいいんじゃなくて、素材も回収しないといけないんだった」
魔物から取れる素材を回収して天空城へ転送させておかないと、装備品もアイテムも何も作れない。
しかも、いらない素材はギルドや素材屋に売れば金に換えられるから、捨てる部分なんか何もない。
そのため、先程のような高火力をぶっ放して、すべてが雲散霧散するようなことなどあってはならないのだ。
「む~~。最上位魔法を大量にぶっ放してすっきりしたかったんだけどな。だけどそれすると、敵はおろかすべてが跡形も残らず消滅しちゃうか。てことは、初級から上級で敵を倒す必要があるってことかよ」
「そうですね。火力調整しないと元も子もありませんね」
「強すぎるのも問題というわけか」
てことはそれも含めて、どのくらいの威力なら大丈夫なのか調べる必要があるか。
「……面倒だな」
俺がそう、腕組みしながら呟いたときだった。
「――何か来ます」
いち早く何かに気がついたネフィリムの声と同時に、おぞましい瘴気が前方から漂ってきた。
そして、それと共に現れた者たち。
「……またサソリか」
「はい。ですが、先程の個体とは比べものにならないぐらいの強さを誇ります――レッド・スコーピオンとディアンバルグ・デル・ソラス」
「――え? ソラスだって!? うひょ~~~! ネームドきたぁぁ」
俺はネフィリムからもたらされた情報を耳にし、思わず飛び跳ねる勢いで叫んでしまった。
あの二作目世界では同じ場所でひたすら同じ敵を乱獲していると、かなりの低確率でレアモブである
強さもかなりのハイレベルで、持っているドロップアイテムもかなりレアなものばかり。
それゆえ、それ目当てでひたすら同じ場所で延々と敵を狩り続けることも珍しくはなかった。そういった存在である。
しかし――
「あの金ぴか、確かシナリオ中盤以降じゃないと出てこなかったような気がするんだけどな?」
レッド・スコーピオンと一緒に湧いて集団で襲いかかってくるネームド。
レッドの方は先程戦った黒いサソリの色違いで大きさも一緒だが、大穴が開いた前方中央で赤いサソリ五体に守られるようにしてこちらの様子を窺っている金ぴかサソリは、周りのものより一回り大きかった。
尻尾も三本生えている。
正真正銘、俺が知っているネームドそのものだった。
「なんでこんな最序盤で出てくるのかわからないけど、だけど、この際、そんなことはどうでもいい。ちょっと試し打ちのつもりで遊びにきただけなのに、いきなりレアモブと遭遇するとか、なんてついているんだ! しかもあいつ、結構いいもの落としたような――」
ヤバい。考えただけで涎が。
一人挙動不審になる俺に、すかさずネフィリムさんが釘を刺してくる。
「ご主人様、先に言っておきますが、あのサソリ、金色だけでなく赤い方の甲殻やサソリ毒もかなり貴重な素材となりますので、くれぐれもお気をつけて」
「え……マジで? いったいなんの素材になるんだ?」
「以前、申しましたが、城へのポータルを開く魔道具の材料となります。あとは、アイテム収納エリアの拡充用と、そこへの出し入れ用ポータルを開くための魔道具の材料、他諸々ですね」
「ポータルっ。ならば、間違っても消滅なんかさせられないよな!」
ネフィリムの話が本当なら、是が非でも手に入れておきたいところだった。
城のポータルだけでなく、どうやらあの天空城の備蓄倉庫へと繋がる転送用ポータルの材料にもなるらしいからな。
今までは手に入れた素材などはネフィリムの空間転移で送るしかなかったから、エネルギー消費も考えて使用回数が制限されていたけど、城のポータル同様、倉庫ポータルさえあれば今後の冒険で手に入る素材やアイテムを遠慮なくその都度転送させることができる。
文字通りの四次元なんちゃらなアイテムボックスもどきの誕生である。
俄然やる気になった俺は、魔法の実験台にしようかと思っていたあの金ぴかたちを、普通に倒すことにした。
「ネフィリム。この鎧とセットで用意してくれた大剣を使う。邪魔になるから下がっていてくれ」
「わかりました」
俺はネフィリムが頭から地面に飛び降りたのを見計らい、手にしていた長剣を腰の剣帯に戻してから、背中にしょっていた大剣をシャキ~ンと引き抜いた。
この大剣は今の黒騎士姿によく似合う厳めしいデザインのものだった。
本当だったら普段から愛用している長剣でもよかったのだが、万が一セシリー姉さんに剣を見られたら、同じ剣だと感づかれて身バレする可能性がある。
あの人、ストーカーぽいしな。
なので、そう思って裏主人公モードのときには使う武器も変えることにしたのだ。まぁ、今回は一応長剣も持ってきてたけど。
「では行くぞ! 俺のレアアイテム!」
もはや金ぴかサソリがただの素材にしか見えなくなってしまった俺は、一人ニヤニヤしながら前方へと突っ込んでいこうとしたのだが、そんなときだった。
「うおおおお~~~! なんじゃありゃぁぁ~~!」
どこからか、野太い男の声が聞こえてきた。
気勢を削がれて危うく前につんのめりそうになったところをぐっと堪えて立ち止まった。
そのまま声がした右手側を一瞥したのだが、俺は数メートル先に立っていた男たちの姿を目にして唖然としてしまった。
「……おいおい。あいつら、あのときのチンピラじゃないか?」
そう。
右手の森の中で金ぴかサソリを見て呆然と佇んでいた男たちは――以前、俺が聖都の貧民街で遭遇したあの典型的な残念モブたちだった。
奴らはすぐ近くに俺たちがいることにも気付かずに、遙か前方に現れたネームドサソリたちを見てしばらくの間驚愕していたが、すぐさまひそひそ話をし始めた。
「なぁ、ネフィリム。あいつらいったい、何やってると思う?」
「さぁ? ですが、あまり人様のためになるようなことは考えていないと思いますよ?」
「やっぱり? 実は俺もそう思っているんだよねぇ。なんたってあいつら、強盗まがいのことを平気でやろうとしていた連中だしね」
非常に嫌な予感がしないでもない。
そんなことを考えていたのがいけなかったのかもしれない。
「――うひゃひゃひゃひゃ! お前らもそう思うだろう!? あの金ぴか、どう考えたってレアモブじゃねぇか! くははは! こいつはいい! あれを狩ってギルドに持ってけば相当な金になるはずだ!」
「だよな!? そしたら俺たち、一生遊んで暮らせるだけの金を手に入れられるかもしれないぜ!?」
「ぎゃははは!」
どうやら興奮のあまり、奴らはコソつくのをやめたらしく、下卑た笑い声を上げながら手に手に剣やら斧やらを握りしめた。
どれもこれも、一目で粗悪品とわかるような代物ばかり。
チンピラモブは全部で五人いたが、そのどれもが残念すぎるぐらい、ゴミのような装備を手にしていた。
「なぁ、ネフィリムさん。あいつらどう考えても、俺の獲物横取りしようとしてない?」
「……まぁ、そうでしょうね。ご主人様のことが視界に入っていないのか、それとも存在を認識していて敢えて無視しているのかどうかはわかりませんが。ですが、これだけは言えます。ザッと情報解析してみましたが、彼らではあのサソリを倒すことはできないでしょう。それどころか、傷一つ負わせることもできず、返り討ちに遭うことが想定されます」
「あ……やっぱり?」
俺が持っている知識だと、あのネームドは序盤で出てくるような雑魚敵ではない。
一応、雑魚を乱獲していればレアモブが低確率で出現するようなシステムになっていたが、それでもハイレベルな敵の場合だと、一定以上メインシナリオが進んでいないと出てこない仕組みとなっている。
そして、あの金ぴかは物語中盤以降にならないと出てこない敵だった。
つまり、それだけ強いということだ。雑魚中の雑魚であるあんなチンピラどもに倒せる相手ではない。
俺は軽く溜息を吐いてから、
「おい、お前ら! 悪いことは言わない。あのサソリと戦うのはやめておけ! お前らのような下等生物が相手では返り討ちに遭って即死するだけだぞ!」
決して横取りされたくないからというわけではなく、あくまでも親切心でそう声をかけてやったのだが、
「あぁ!? なんだてめぇは! あとから来といてごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!?」
「つーか、おい、黒ずくめのカラス野郎! てめぇ、俺たちの獲物を横取りしたいだけじゃねぇのか? あぁ!?」
「ひひゃひゃひゃっ。ていうかよぉ、なんだよあいつ! あんなご大層な装備で全身固めやがってよぉ。そこまでしなきゃ怖くて魔物と戦えねぇってかっ。ひひゃひゃ! おめぇみてぇなチキン野郎はとっとと家に帰って母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってるんだなっ」
あのモブども、典型的なやられ役みたいな台詞を吐いてひたすらゲラゲラ笑ったあと、リーダー格と思しき筋肉だるまが曲刀の切っ先を俺の方へと向けてきた。
「つーわけで、てめぇはすっこんでろや! クソ雑魚が! あれは俺たちのもんだ!」
叫ぶや否や、下卑た笑い声を上げながら、チンピラ五人組は一斉に金ぴかサソリたちの元へと走っていってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます