15.初めての素材狩り
【別視点】
一方その頃。
セシリアーナは冒険者ギルドで溜息を吐いていた。
「はぁ……あの子、ちゃんといい子にしているかしら? お姉ちゃんがいなくて寂しがっていないかしら? ううん。きっと寂しいに決まっているわ。もしかしたら泣いてるかもしれないわね……あぁ、早く帰っていっぱいハグしてあげないと。お風呂も一緒に入って、いっぱい甘えさせてあげないと……」
彼女はもう一度深い溜息を吐いてからカウンターの方を見つめた。
そこには彼女がパーティーを組んでいる他のメンバー五人がいて、ギルド職員と何やら話し込んでいた。
セシリアーナ含めて全員AランクでパーティーランクもAの、この南街区にある冒険者ギルドではかなり有名な冒険者パーティーだった。
そんなメンバーの一人にセシリアーナも数えられていた。
「おい、セシリー!」
「……はい?」
凄腕魔術師としてパーティーに参加している彼女は、一人の男に呼ばれて近寄っていった。
「今回はこの依頼を受ける。最近南の森で出没しているAランクの魔物らしい。報酬が高い分、危険度も桁外れの相手だ」
リーダー格と思しき筋骨隆々の男がどこか蔑んだような視線を向けてくる。
セシリアーナはカウンターに置かれていた依頼書を見た。
「――リバイクアンタレス。サソリ種の魔物ね」
「あぁ。全身黒ずくめで動きも素早く、ケツから毒液を飛ばしてくることでも知られている。確認されただけでも全部で五体はいるらしい」
「それは結構な大仕事になりそうね」
「あぁ。だから、抜かるなよ? 失敗は絶対に許されない。いいな?」
「えぇ。承知したわ」
頭の中から溺愛している弟のことを払拭して気を引き締める彼女に、リーダーではない別の男が鼻で笑った。
「ま、せいぜい気張ることだな。ただでさえ女なんて下等生物以外の何物でもないんだ。もし俺たちの足引っ張るような真似したら……わかっているだろうな?」
冷たい目で見てくるその男に応じるように、他三人のメンバーも下卑た笑い声を上げた。
そんな彼らに、セシリアーナはただ表情を強ばらせることしかできなかった。
◇◆◇
【主人公視点】
――聖都南の森。
ネフィリムに甲冑を作ってもらった俺は、早速それを着込んでそこへと足を運んでいた。
聖都は周囲を大草原に囲まれた巨大都市だが、そこから少し離れるとすぐに森や山脈などにぶつかる。
そういう天然の要害に守られた都市でもあったが、逆にそれが厄介な案件を生じさせることにも繋がっていた。
魔物である。
草原は比較的安全なのだが、森や山の中には数多くのヤヴァイ連中が生息していると言われている。
時折そこから危険極まりない奴らが飛び出してきて、旅行者たちを襲うという事件も起こっていた。
特に南の森はこの聖都周辺では最も危険とされる区域でもある。
そのため、冒険者ギルドに寄せられる依頼はあとを絶たないらしい。
「いいねぇ! この甲冑」
森の入り口から空を見上げる俺。
側頭部にそれぞれ角の生えたフルフェイスな兜と首や太股など、露出しているところが皆無なとげとげフルアーマーを着込んだ俺。
全身真っ黒でデザインもあの詐欺鍛冶屋で売られていたものより遙かにかっこいい。
マントも黒だし、まさしく悪役にぴったりの暗黒騎士風の出で立ちだった。
どこぞのファンタジー世界で、侵略戦争をふっかけてくる帝国軍が好んで身に付けていそうな邪悪に満ち満ちた鎧兜。ゴツゴツしていて極悪人そのもの。メチャクチャかっこいい!
――て、ん?
「ちょっと待って、ネフィリムさん」
「はい?」
「デザインがかっこいいのは嬉しいんだけど、俺、正義の味方志望なんだけど?」
「そうですね」
「そうですね、じゃないよ。この鎧、どっからどう見ても悪役じゃないか」
「……ご主人様。本当に今更ですね。ご主人様にぴったりだと思うのですが?」
「はい?」
「よくおわかりになっておられないようですので、もう一度言いますよ? 腹黒なご主人様にはぴったりの出で立ちだと思います。重要なことなので二回言いました」
「……おい! 誰が腹黒か!」
とんでもなく失礼なことを言われたような気がして、素早く突っ込みを入れてみたのだが、ネフィリムさんは相手にしてくれなかった。
「そんなことよりもご主人様、門限もあるのですから早く試し打ちしに行きましょう」
微風になびく草原の草に埋もれるように立っていた白猫ちゃんは、そんなことを言って森の中へと分け入っていった。
「へ~~い……」
俺は軽く肩をすくめると、見た目より随分軽い鎧をカシャカシャ音立てながら、あとに続いた。
ちなみにネフィリム曰く、この装備品の性能値は一五〇〇ぐらいらしい。素材もただのアイアンらしいので、やはり、あの武具屋、ただの詐欺としか思えないな。
なんてったって同じ素材使っているのに、あの店の甲冑は性能値一〇〇だし。
被害者が出る前に、街中に言いふらしておこうと改めて誓うのだった。
◇◆◇
侵入した森がなんて名前なのかはわからないが、この森は天空城のポータルがあったロマーナ大森林と同じような雰囲気に満ちていた。
原生林を連想させる大木から伸びた枝葉によって、太陽の光がほとんど地上に降り注いでいないせいで非常に薄暗かった。
地面から生えた草は光が差さないからか、所々しか生えていないが、それでも人の背丈ほどの長さまで伸びていた。
草が生えていない場所はデカい石がゴロゴロしているし、地面から飛び出すように大木の根っこまで顔を覗かせている。
そういった場所には大量の苔が生えていた。
俺たちがいるのはそんな森だった。
「さすがに凶悪な奴らがうじゃうじゃいるっていうだけあって、そこら中から怪しげな気配がするな」
「そうですね。濃密な妖気と言いますか邪気と言いますか、とても嫌な気配を感じます」
「あぁ。あれはおそらく、魔物たちが発する不浄の魔力だろうな」
人も魔物も基本的には体内に流れる魔力に違いはない。
ただ、人間と違って魔物たちは毒の気である瘴気に汚染されていると言われていて、その関係で魔力まで淀んでいると考えられている。
この世界には魔獣と呼ばれる生物もいるが、こちらは単純に、人間や家畜にとって敵意剥き出しにしてくる危険生物を総称してそう呼んでいるだけで、魔物のように汚染されているわけではない。
もし、汚染されてしまったらその時点で魔物と認定される。
そういったわけで、俺やネフィリムが今感じているおぞましい気配は魔物が発しているもので間違いないというわけだ。
「ネフィリム、気を抜くなよ。この森は結構強いのがいるって、ギルドでもらったガイドブックに書いてあったからな」
「わかっていますよ。というより、既に敵の姿を感知しています」
「ん? もうかよ。ていうか、そういうことはもっと早く言って欲しいんだけどね?」
「聞かれなかったので答えなかっただけですよ」
そんなことを言って、白猫ちゃんは例によって俺の肩――と思ったら、この人、肩についているとげとげが嫌だったのか、俺の頭の上に乗ってきた。
「ちょっと、ネフィリムさん?」
「私のことはお気になさらず。一応私も古代魔法の魔法体系の一つである空間制御魔法が使えますので、どんなに激しい動きをされても落ちることはありません」
「いや、そういうことを言ってるんじゃないんですけどね? 戦闘の邪魔になるから頭はやめて欲しいと――」
しかし、俺の言葉は最後まで続かなかった。
突如、カサカサカサっと、目の前にどす黒くて巨大な物体が湧き出てきたからだ。
「――情報解析が完了いたしました。サソリ種の魔物でリバイクアンタレス。Aランクの強さに分類されます」
頭の上の白猫ちゃんがぼそっと呟いたとき、木々の間で赤い目を光らせていた巨大なサソリ十体が一斉に動き出した。
俺はそれを見て、兜の下でニヤッと笑ってしまった。
「やっとこのときがやってきたか! 見ているがいい、雑魚どもよ! 我が誇る最強の魔法ラスアルで貴様らをすべて吹っ飛ばしてくれようぞ!」
悪役になる気はないが、なんというかジークくんの記憶が邪魔して思わず芝居がかった悪役みたいな台詞を吐いてしまう俺。
しかし、敵が繰り出してきた毒針を素早くかわしながら終末魔法ラストアルマゲストの詠唱に入ろうとしたら、ネフィリムさんが俺の頭に猫パンチしてきやがった。
「ご主人様、その魔法を使うのはおやめください」
「は? なんでだよ?」
「そのようなこと、考えるまでもありません。ただでさえあの魔法は危険極まりないものなのです。それゆえに、先代もあの魔法を使用することは禁忌と定め、城の地下に封印していたのです。しかも、ご主人様は普通の人間ではありません。長年にわたって観測してきた人間たちの中でも群を抜いた強さを誇ります。もしかしたら、古代人たち以上に危険人物かもしれません。そんな人があのようなものを使ったらどうなるか。少し考えたらわかることでしょう」
「つまり、どういうことだ?」
「ご主人様があれを使ったら、アンタレスはおろか、この森すべてが消し飛んで巨大なクレーターができあがります」
「え……?」
俺は思わず呆然としてしまった。
周囲を取り囲むサソリ四体がほぼ同時にハサミを繰り出してきたが、俺は逆に、手にした長剣をろくすっぽ狙いも定めず一閃して、それらすべてを一刀のもとに真っ二つにぶった切った。
そのたった一撃で四体すべてがハサミだけでなく斬撃によって生じた衝撃波によって木っ端微塵に粉砕され、そこら中に死肉が飛び散った。
「ちょっと、ネフィリム。今言ったこと本当なのか? あの魔法、確かに最強魔法だけど、そこまで威力高くなかったと思うんだけど?」
せいぜいが、最強クラスの雑魚敵が一撃で死滅する程度だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「ご主人様がどう解釈されているのかわかりませんが、あの魔法は古代では禁忌魔法として定められていたものなのです。ご主人様もあの時代に使われていた古代魔法の数々を使用できるみたいですが、ラストアルマゲストはその中でも最上位に当たるものです。しかも、魔法は使用者の魔力の総量によって威力が変わります。ですので、ご主人様のように異常なまでに高い能力値を有するお方が使用されたら、一歩間違えば国一つが消し炭となることでしょう」
「マジか……」
俺は新たに突っ込んできたサソリ三体をほぼ同時に剣でざく切りに粉砕して死滅させながら絶句した。
まさかあの魔法がそこまでヤバい代物だとは夢にも思わなかった。
俺が強いのは百も承知だからいいとして、国が消滅するとか森が吹っ飛んでクレーターできるとか、そんなものおいそれと使えるわけがない。
大騒ぎになってしまうからな。
「なんだよ……せっかく楽しみにしてたのに残念すぎる。てことは、二作目ラスボスが出てくるまでお預けってことか?」
一作目同様、もしこの世界が本当にあの世界であるならば、二作目シナリオで出てくるラスボスともそのうち邂逅するはずだ。ていうか、是非あってバトルしてぶっ飛ばしたい。
そんでもって、相手が相手だし、状況が許せばそのときこそは念願のラスアルをぶっ放しても許されるだろうが、今はまだそのときではないということなのかもしれない。
「まぁ、俺が使える魔法はそれだけじゃないからいいけど、他ので諦めるか」
とは言え、他の魔法も呪いが解けてから一度も使ったことがない。
ジークくんの記憶を持ってはいるが、正直、他の魔法がどのくらいの威力だったのかあまり覚えていない。
てなわけで、俺は一抹の不安を覚えつつも、まだ見ぬ魔法の力を夢想してわくわくが止まらなくなってしまい、思わずニヤけてしまった。
「ならば仕方がない。ラスアル以外で俺が使える最強の魔法をお披露目してやろうではないか!」
そう叫んで、右手を天に掲げた。
「来たれ! 天翔る
声高々に魔法詠唱を完成させた瞬間だった。
辺り一面に強烈な閃光が迸り、耳をつんざく爆音と共に、天より無数の雷が大地へと降り注いだ。
たちまちのうちに、バチ、バチバチと、何かが爆ぜる音と鼻をつく焦げ臭い匂いがそこら中に漂い始める。
魔法を放ったときに全身から抜け落ちていく脱力感にも似た爽快感に思わず酔いしれそうになってしまった。
いい!
やはり魔法はいい!
本来魔力を消費すると、脱力と共に疲れを感じたりするものなのだが、俺にとってはそれが何よりのご褒美に感じられた。
まるで身体に溜まっていたストレスや疲れが一気に吹っ飛んでいってしまったかのような、そんな気分に包まれる。
圧倒的爽快感!
実にいい!
――が、しかし!
それはそれ、これはこれ。
自分でやっておいて言うのもなんだが、辺り一帯を覆い尽くすように展開されていた閃光が次第に収まってきて、周辺の状況を確認できるようになったとき、思わず息を飲んでしまった。
天空城でガーディアンが放ってきたビーム攻撃があったが、まさしく、あれと同じかそれ以上に悲惨な光景が目の前に形成されていたからだ。
あれだけ鬱蒼と生い茂っていた大木が数十メートル先の空からすべて消滅していて、森の中にデカい風穴が空いていた。
更に、そこから差し込む昼の陽光が大地を明るく照らし出し、それらによって映し出された大地がそこかしこでどす黒く焼け焦げ黒煙を上げていたのである。
中にはクレーターみたいに地面がえぐれている場所まであった。
当然、先程までいたサソリ型の魔物など、足下の死骸以外は欠片すら残さず、すべて跡形もなく消滅している。
「え、え~っと……」
あまりにも予想外な惨状に、全身から冷や汗が吹き出してくる俺。
フルフェイス&フルアーマーが原因で蒸れて暑かったからというわけでは決してない。
「ご主人様……」
白猫ちゃんが何か言いたげにしてくるが、俺にはどうすることもできない。
「し、仕方ないだろう……? まさかこれほどとは思わなかったんだから」
これ、ひょっとしなくても俺、魔法禁止なんじゃね?
そう思わずにはいられないような想定外の攻撃力だった。
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