12.冒険者登録しに行くよ
――数日後。
なんだかんだでうやむやのうちに本当にお姉ちゃんの義理の弟になってしまったあの日以来、生活スタイルはほとんど変わっていなかった。
ただ毎日ぐうたら過ごすだけ。
しかし、それでも書類上、養子縁組みが成立して安心したのか、束縛癖のあるお姉ちゃんのそれは少し緩くなっていた。
元々広大な庭園に出るぐらいだったら許可されていたが、最近では俺が所持していた剣を携帯することも許してもらえるようになっていた。
今までは「そんな危ないもの持ってはいけません! 怪我したらどうするんですか!」と、メチャクチャ過保護なまでに怒られたけど、今ではそこまでうるさく言われることはなくなっていた。
なので、ネフィリム連れて今日も朝早くから庭を散歩しがてら素振りなどを行っていたのだが、
「ルーフェ!」
冒険者の仕事に出かけるために外に出てきた水色の髪のお姉様は俺を見つけると、彼女が勝手につけた俺の愛称でそう呼んできた。
「どうかしたの?」
小首を傾げながら、屋敷の出入口付近に佇んでいたお姉ちゃんに近寄っていくと、
「私は今から仕事に出かけるけれど、毎日毎日屋敷の中にいるのも退屈でしょうし、たまには外で散歩してきても構わないわよ」
「え? ホントに?」
「えぇ。その代わり、遠くに行ってはダメよ? 貧民街に行くのもダメ。勿論町の外にも出ちゃダメよ? それから知らない人について行ってもダメだし、暗くなる前には帰ってこなくちゃダメ。門限は十八時。いい?」
とんでもなく矢継ぎ早に色んな条件つけられて、俺は一瞬、何言われたのかわからなくなってしまった。
「お姉ちゃん。僕子供じゃないよ?」
「私にとっては子供よ。いい? 約束だからね? もし破ったら、あとでお仕置きよ?」
本気なのか冗談なのか、セシリー姉さんはにっこりと笑ってから門の外へと出ていった。
「なんだかなぁ。あのお姉様、ホントに過保護すぎるよね?」
独り言のように呟くと、白猫ちゃんが俺の肩の上によじ登ってきた。
「自分で蒔いた種です。しっかりと摘み取ってくださいね」
「ちょっと、冷たすぎない?」
「ご主人様が迂闊すぎるからいけないのです。そもそもです。ちゃんと後先考えて行動していれば、このようなことにはなっていないのです。あのとき裏路地になど入らずに――」
「すと~っぷ! それ以上は議論するだけ無駄だよ。それにせっかく許可が下りたんだ。早速色んなもの見て楽しまないとね」
俺はまだ見ぬ景色を妄想してわくわくが止まらなくなってしまった。
二作目舞台に入って一週間以上経って、ようやくスタートラインに立てるのだ。
この聖都の街並みがどうなっているのか探検するのも楽しみだし、何より、せっかく手に入れた最強のラスボスの力、試さないなんてあり得ないでしょ。
「てことで早速冒険者ギルドに行ってみよう~」
冒険者登録して仕事請けて、こっそり大冒険。その果てに二作目主人公のあの人以上に活躍してヒーローになるのだ。
一人ニヤニヤしながらお姉ちゃんのあとに続くように外へと出ていく俺。
そんな俺に、ネフィリムさんはただミャーと鳴くだけだった。
◇◆◇
お屋敷の執事から仕入れた情報によると、この聖都には冒険者ギルドが全部で四つあるらしく、そのすべてが平民街の大通りに建てられているらしかった。
東西南北に設置されている大門からまっすぐ町の中央へと延びる大通りは最終的に平民街と貴族街を隔てる壁にぶつかるが、その途中に円形広場があるらしく、そこにギルドを含めた様々な商業施設が建ち並んでいるとのことだった。
「いやぁ、さすがに聖都は広いね。ギルドに来るまでに随分かかっちゃったよ」
大通りには商人が荷物を運搬する馬車や、富裕層などが乗る移動専用の馬車などが多く走っている。
道の脇には野菜や果物、織物や工芸品、日用雑貨など、揃わないものはないのではないかというぐらいに色んな露天が並んでいた。
そういった店は見るだけでも心躍る。
当初の目的を忘れて思わず見入ってしまいそうにもなったが、誘惑を振り切って一直線にギルド内へと入った。
「へぇ、ここがギルドか」
大通りから延びていた円形広場に面している比較的大きな建物。
俺が拉致されて
しかし、中に入ると俺のイメージ通りの内装がバーンと目の中に飛び込んできて、思わず武者震いしてしまうところだった。
入ってすぐのところはいわゆる待合ホールみたいな感じになっていて、酒場みたいに丸テーブルや対となっている椅子がいくつも置かれていた。
店内の奥にはカウンターがあり、ギルド職員が冒険者たち相手に仕事している。
左右の壁には掲示板があり、色んな掲示物が張られていた。
右手壁際には二階へと続く階段があり、おそらく職員やギルド支部長が仕事する部屋や相談用の個室などが作られているのだろう。
「ご主人様、ギルドに来たのはいいのですが、こんなところにいるのをセシリーに見つかったら怒られるのではありませんか?」
物珍しげに周囲を物色していたら、ネフィリムが小声で耳打ちしてきた。
「まぁ、確かにね。だけど、どうやら今はいないみたいだし、仕事って言ってたから何か依頼でも受けて遠征してるんじゃないかな?」
「そういうものなのですか?」
「多分ね」
俺が知っているギルドであれば、の話だけどね。
俺が持つ知識とこの世界の実情がどのくらい食い違っているのかは、実際に見て確かめなければ何もわからない。
さすがにあのお姉様に聞くわけにもいかないしね。俺がまだ冒険者に興味持ってるなんて知られた日には、おそらく監禁されて二度と外に出してもらえなくなってしまうだろう。
なので、同じ理由で家の人間にも聞けなかった。
「とりあえず、早速登録してみよう」
俺は一人ウキウキしながらも、お姉ちゃんがどこかの物陰からこちらを伺ってやしないかと警戒しつつ、空いているカウンターへと歩いていった。
「すみません。冒険者登録したいんですが」
大勢の冒険者たちがそこら中でガヤガヤしている中、恐る恐るといった体で声をかけてみた。
「あ、はい。新人さんですか?」
「はい、そうです」
俺の相手をしてくれているのは金髪碧眼の美人エルフだった。
この世界には人間以外にも様々な種族が存在している。
人族や猫族、白エルフ、黒エルフ、獣人、妖精族、有翼人、魔族、魔物、魔獣といった感じ。他にも俺の知らない種族が住んでいるかもしれないが、とりあえずそんなところかな。
一応、種族によって色んな特徴があって、人族は万能型で何でもそつなくこなしてしまうが突出した才能がないと言われている。
それ以外の種族はそれぞれ一芸に秀でていると言われているが、詳しいことは覚えていない。
ただ、その辺の事情はあくまでも一般的にはというだけで、俺みたいにおかしな奴もいるから世界は面白いとも言える。
「えっと、お名前はオルフェン・グレンアラニスさんですね」
「はい、そうです。ちなみに歳は十八です」
俺はセシリー姉さんからもらった新しい身分証明書を提示してにっこりと微笑んだ。
それを見たエルフのお姉さんが一瞬、頬を赤く染めたような気がした。
さすがジークくん。若干童顔で愛らしい顔立ちしてるから、ちょ~っと甘い顔見せれば女の子はみんなデレる。実に羨ましい。て、ジークくんって俺か。
「それではこちらの用紙に記入お願いしますね。書きながらでいいので、一応説明させていただきますね」
「はい、お願いします」
「ではまずこの冒険者ギルドについてですが――」
必要事項を記入しながらエルフのお姉さんから聞いた話は大体、俺が持つ知識と同じだった。
冒険者にはランクが存在し、上がSでその下がA~Fの順に低くなっていく。
駆け出しはFで、ギルドから出されている依頼をこなしていくことでポイントが貯まり、一定数を満たすと試験が行われてそれに合格すればランクが上がるらしい。
この辺は少し、俺の知るランク制度とは違うところだった。
「では次にパーティー制度についてですが、こちらは本来であれば自由参加方式が採用されていたのですが、最近になって変更となりました」
「ん? 変更? ていうか、パーティー制度ってそんなものがあったの?」
「えぇ」
俺が知る冒険者といったら、物語が始まってこの王国各地で起こった異変に主人公たちが対処しつつ、主人公が物語の中で組んだ仲間たちと一緒に小遣い稼ぎやレアアイテム欲しさにギルドで仕事を請け負うといったスタイルだったから、制度として導入されているなんて初耳だった。
単純に依頼を受けたら適当に気の合う連中と一緒に冒険稼業に出向けばいいとだけ思っていたのだが、どうやらそういうことではないらしい。
「本来であれば、ギルドから発行された依頼を受ける場合には推奨人数に見合った人数で仕事を請けてもらうといった仕組みとなっていたんです。もし三人以上と記されてあったら、三人以上のパーティーでないと請けられないといった感じですね。ですが最近、何やら南の鉱山都市で事件があったらしく、その対応策として国の方から富国強兵政策が発布され、ギルドの仕事は必ず六人パーティーで行わなければならないと定められてしまったんですよ」
「へ? 富国強兵? そんなの聞いたことないよ?」
しかも六人じゃないと請けられないとか。俺のソロ冒険ヒャッホイ計画が成り立たなくなっちゃうじゃないか。
――いや、ていうかちょっと待って。そんなことよりも。
「今お姉さん、鉱山都市とか言わなかった?」
「えぇ。詳しいことはよくわかっていないのですが、鉱山都市で大量の魔物が出現して、その対処に追われているそうなんですよ。しかもそれだけでなく、王国中のあちこちに、おかしな迷宮が出現したという報告まで上がっていまして、ギルドや冒険者たちだけでなく今、国中で大騒ぎとなっているんですよ」
「マジか……」
俺は思わず素に戻って唖然としてしまった。
お姉さんからもたらされた情報は、まさしく、この二作目舞台で既に原作シナリオが動き始めているということの証だった。
俺が持つ前世の知識でも確かに鉱山都市が壊滅するという事件が起こっていた。文字通り、それがすべての始まりとして描かれるプロローグとして。
しかも、あのゲームシナリオ通りにこのまま突き進んでいくと、ヤバいことになる。
この国だけでなく世界が滅びるからだ。
それぐらい、この国で起こった異変に端を発した大事件というものは、世界の平穏を脅かしかねない一大事だったのである。
「こうしちゃいられない……」
既に事態は最悪のシナリオに向かって動き出している。
ていうか、既にゲーム二作目メインシナリオが始まってしまってる。
何が何でもこの事件に介入して、誰よりも早く、この俺の手ですべてを解決に導いてやる。
そうすれば一作目ラスボスであるこの俺が、二作目主人公に成り代わってヒーローになれるんだからな。
「ふっふっふ。これほどまでに素晴らしいことはない。何しろ、悪役が正義の味方となるのだから。だが、当面の問題はギルドだよな」
「――あの、グレンアラニスさん?」
「ん? ……あ、すいません。ちょっと興奮してしまいまして」
一人、今後のことを想像してわくわくと同時に不覚にもちょっとだけ緊張してしまったせいか、どうやら独り言を呟いていたらしい。
俺は書き終わっていた提出書類をお姉さんに渡した。
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