13.制約による実力至上主義という弊害




「ではこれが冒険者登録証のペンダントになります。他にも色々詳しい説明とかしないといけないことがあるのですが、何分、今はこんなご時世ですから、あとはマニュアルを熟読ください」

「わかりました。色々ありがとうございます」



 掌大の分厚い本と登録証を受け取った俺はぺこりとお辞儀してから、



「あ、そうだ。一つだけ確認しておきたいことがあるのですが」

「はい。なんでしょうか?」


「先程、富国強兵とか六人じゃないと仕事ができないっておっしゃっていましたが、もう少しその辺の事情を聞かせてもらえませんか? 鉱山都市の事件が関係しているということはわかったんですが、なんでそんなおかしな政策が出されたんですか? ギルドと鉱山都市はまったく繋がりがないと思うんですが」


「そうですね。オルフェンさんのおっしゃる通りです。鉱山都市の事件を担当しているのは王国ですから。ですが、王国側から通達された内容によりますと、どうやら鉱山都市を飲み込んだ巨大な闇をギルドと共になんとかしたいとのことでした」


「闇……ですか?」


「はい。あそこから大量の魔物が今も湧き続けているのですが、その強さが桁外れと言われているんです。しかも、そこだけでなく、王国中のあちこちに似たようなものができてしまい、もはや騎士団だけではどうすることもできないのだとか。ですので、ギルドにも協力要請が来て、王太子殿下が打ち出された富国強兵政策の下、人材を育成して魔物たちに当てようと、そう伺っています」


「なるほど。てことは、効率的に冒険者の能力を強化するために集団での戦闘を義務づけたってことですか」

「えぇ。しかもそれだけでなく、より強い冒険者を生み出すために、ランクアップの試験もかなり難易度が上げられてしまいまして。その結果、弱い人間はすべて排除され始めているんですよ」



 困ったように表情を曇らせる美人エルフさん。

 俺は思わず溜息を漏らしてしまった。


 俺が知っているギルドには当然、そんな制度はないし、実力至上主義制度とも取れるそんなランクアップ試験などあるはずがない。


 だって、そんなものが導入されたらどうなるかなんて目に見えてるしね。


 集団行動が苦手なボッチ冒険者はすべて排除されてしまうし、何より、既にパーティーに入っているけど実力が伴わない冒険者がどうなってしまうかなんてわかりきってることだった。


 俺はもう一度お姉さんにお辞儀してからその場をあとにしようと出入口へと向かった。

 現状の制度だと、どう考えても俺が求める冒険者ライフなんて望めない。


 グランツバルトでのこともあるしな。

 下手にパーティー組んで真の実力なんか見せたら、多分大騒ぎになってしまう。


 一歩間違えたら危険人物と見なされ、俺のわくわくライフに終止符が打たれてしまう。

 何より、今はセシリー姉さんの義理の弟になっているわけだし、きっとあの人にも迷惑をかけてしまうだろう。


 まぁ、素性を調べず無理やり俺を弟にして溺愛しようとしたあの人が悪いんだけどな。

 ともかくだ。


 そういった色んなことが懸念されるし、俺に取れる手段なんて一つしかなかった。


 オルフェンでもジークフリードでもなく、正体不明の誰かという状態で本来の主人公に成り代わり、敵をバッサバッサ切り捨てていくしかない。


 そして、そのためにはどうしても一人で行動した方が都合がよかった。

 と、いうわけでだ。


 非常に残念だけど、俺は冒険者として活動することは断念し、正真正銘、正体不明の謎の強者としてそこら中のモブを蹴散らすべく、ギルドの外へと出ていこうとしたのだが、まさにそんなときだった。


 おかしな出来事が起こり始めた。



「お前のような役立たずなんて、俺たちのパーティーには必要ねぇ! 今日限りでクビだ! とっとと失せやがれ!」



 突然、野太い罵声がどこからともなく聞こえてきた。

 俺は一瞬、不覚にもビクッと肩を震わせてしまったが、今はぼんくらモードだから別にいいのだ。



「なんだ……?」



 恐る恐るといった体で振り向いたら、ギルド入り口から向かって左奥のテーブル席にいた男女が揉めていた。

 というより、多分冒険者パーティーだと思うのだが、一人の女の子を他の五人が囲むような形で責め立てているような状態だった。



「うわぁ……」



 それを見て、俺はドン引きしてしまった。

 リーダー格と思しき男が、悔しそうに歯を食いしばっている戦士風の女の子を汚物でも見るかのようにガンつけていた。

 それだけでなく、周りにいた奴らも蔑むような目を向け薄ら笑っている。



「あれ、どう考えてもパワハラだよね」

「パワハラってなんですか?」

「いや、まぁ、虐めみたいなものかなぁ」

「なるほど。ですがあれはやはり、先程のエルフ女性がおっしゃっていた実力主義による弊害か何かなのでしょうね」


「多分ね~。ゼッタイ、ああいうのが起こると思ったんだよね。ランク上げたい連中が試験難しすぎて中々昇格できなくて、苛ついてお荷物になっていた人間に責任すべてなすりつけて八つ当たりする。まぁ、よくある話だけどねぇ」



 しかも、あんな大騒ぎしている連中がいるというのに、その周りにいる冒険者たちはさも日常風景とでも言いたげに、パーティー追放シーンを見てもなんとも思わないらしい。


 みんな見て見ぬ振りしているだけでなく、ざまぁとでも言いたげにニヤけている奴までいた。



「あ~やだやだ。嫌だねぇ。ああいうの。ホント、死ねばいいのにって思うよ」

「そうですね。ですがご主人様?」

「ん?」

「そう思うのでしたら、お助けしてみては如何ですか?」

「エ~……ヤだよ。そんなことしたら目立っちゃうでしょ?」

「はい? なんだかご主人様、おかしなことおっしゃいますね」

「ん? どういうこと?」


「いえ、普段から悪者を片っ端から倒して英雄になりたいとおっしゃっているではありませんか。私の辞書に記録されている英雄という言葉は、大勢の人たちに偉大な人と認められることにあると、そう記されていますよ? しかしご主人様はコソコソしたがる。おかしいですね?」


「ちっちっち。わかってないね、ネフィリムさん。真の英雄というのは誰にもそうと悟らせずに事件を解決するものさ。そう! 人知れず悪を滅ぼし、世界を救う! これぞまさしく、王道のヒーローそのもの! くぅ~! かっこいい!」



 ニヤニヤする俺に、肩の上で襟巻きになっていたネフィリムさんが溜息を吐いたような気がした。



「……やはり私にはわかりませんね。悪を倒してチヤホヤされたいと言っていたような気もしますが?」

「ん~~? そんなこと言ったかなぁ。気のせいじゃない?」



 俺は吹けない口笛吹いて過去に言ったかもしれない都合の悪い発言を必死でなかったことにしようとしたが、そんなとき、それは起こった。



「本当にあなたって役立たずよね! 白エルフのくせして使えないったらないわよっ」

「所詮女なんてそんなもんだ! 冒険者なんてとっととやめて、国へ帰れ! 薄汚い黒エルフが!」

「まったく。マスコットに丁度いいと思ってお前ら下等生物なクソ猫族を入れてやったっていうのに、やっぱやめとくんだったぜ!」



 俺とネフィリムがバカなことを言っている間にも、先程の追放案件に触発されたのか、そこら中で追放大会が勃発してしまった。


 しかもなぜか、その矛先となっているのはすべて可愛い感じの女の子ばかり。

 種族はまちまちだったけど、それでもぱっと見、結構みんな強そうな子たちばかりだった。



「世も末だよなぁ……」



 俺は軽く溜息を吐いてから、外に出ていった。




◇◆◇




「さてっと、これからどうしようかな」



 当初の目的だった冒険者登録は済ませたけど、パーティー組まないと依頼請けられないとかお話にならない。

 となると、やれることといったらお姉ちゃんが提示してきた町の観光ぐらいか。



「観光するのも旅の醍醐味っていうか、冒険者あるあるでわくわくするけど、でもやっぱり、冒険者になったからにはやってみたいよね、冒険って奴を。そのためにはやっぱり、定番の魔物退治といかないとね」



 天空城へと赴く際、盗賊アジトやロマーナ大森林でそこそこの戦闘経験はしてきているが、まったく試していないものがあって、ずっと心残りとなっていたのだ。


 魔法である。


 ネフィリムのお陰で呪いが解けたのに、そのあと魔法をぶっ放す機会がまるでなくて、ちょっと欲求不満になり始めていた。

 せっかくの異世界生活。ここらで一発すっきりしておかないと、気が変になりそうだった。



「ご主人様、まさか、町の外に出られるおつもりですか?」

「ん? 勿論、そのまさかだよ? だって、街中で魔法ぶっ放すわけにもいかないでしょ?」

「それはそうですが。ですが、セシリーに出るなと言われていたはずですよ? もし外にいるところを見つかったらどうするおつもりですか? それに、ご主人様は普通の人間ではないのです。もし魔法なんて使ったら、悪目立ちしますよ?」



 目を細めて俺を見つめてくる白猫ちゃん。



「う~~ん。それはまぁ、その通りなんだけどねぇ」



 どうしよっかなぁ。

 ひたすら大通りを南進しながら、これ以上ないほどに悩み始めたときだった。



「ん? ……おおおおおお~~~~! あれだあぁぁぁ~~~!」



 俺は通りに面した一つの店舗を視界に入れて、思わず絶叫してしまった。

 周囲を歩いていた大勢の人間がぎょっとしてこちらをジロジロ見てくる。


 中には馬車を引いていた馬が驚き暴走運転し始めたせいで、悲鳴上げてる乗客までいた。


 しかし、そんなものがまったく気にならなくなってしまうぐらい素晴らしい光景が目の前に突如現れ、俺は通行人を吹っ飛ばす勢いでその店の前に走り寄った。


 そして、ショーウィンドウに飾られていたそれを見て、思いっ切りニヤけてしまった。



「これ! これだよ、これっ! これさえあれば、すべての問題が解決できるじゃないかっ」



 顔と手をべったりとガラスに張り付けながら見つめていたそれ。

 そこには青光りした真っ黒い甲冑が展示されていたのである。




~~ * ~~ * ~~



いつも応援ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。


【次回予告】


14.裏主人公誕生


どうぞ、お楽しみ~。ぺこり

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