10.愛の重いブラコンおねいちゃん




「先程は本当にごめんなさい……」



 よくわからないうちに、平民街の大通りに面した飲食店に拉致されてしまった俺。

 正気に返ったお姉さんは、テーブル席に座って顔を赤くしながら謝ってきた。



「いえ。びっくりしましたが、大丈夫ですよ。お気になさらず」

「そう言ってもらえると、本当に助かります」



 お姉さんは終始俯き加減の状態で時々チラッと俺を見てきた。



「それにしても、僕は本当にその人に雰囲気が似ているんですか? お姉さんの亡くなられた弟さんに」



 俺は世を忍ぶ仮の姿の自分を演じる上で一つの縛りを設けている。


 それがのほほんとした無能な男の子――つまりぼんくら少年であると他人に信じ込ませるために、自分のことを僕呼びするということだった。

 つまりはボクっこ。うむ。我ながら完璧な計画である。



「はい。普通に考えたら弟が生きているはずがないのに、どうしてあなたのことを弟と思ってしまったのか……」



 本当に恥ずかしそうにもじもじしているお姉さん。

 一応ここに来るまでにある程度の事情は聞かせてもらっている。


 この方はいわゆる貴族のご令嬢のようで、名前はセシリアーナ・グレンアラニス。

 グレンアラニス伯爵家の娘で、この国の東方の地に領地を持っている名門貴族らしい。


 年齢は二十歳で俺より二つ上。


 腰まである波打つような水色の髪はとても艶があって美しく、大きな切れ長の瞳は聖女様かと思えるぐらいに慈愛に満ちた優しさを感じさせる。


 肌も色白できめ細やか。


 スレンダーというよりかはちょっとむちっとした感じの身体つき。まぁ、彼女はどうやら魔術師らしく、高貴な出を窺える豪華な刺繍の施されたローブを身につけているから、ぱっと見、体型はまったくわからないんだけど、さっき抱きつかれたからね。


 スタイルがいいのは身をもってわかっているのでこれは確かな情報である。



「ですが、本当になんて言っていいやら……」



 気まずくなって俯く俺に、セシリアーナお姉さんは大慌てになった。



「大丈夫よ。あなたが気にすることじゃないから。あの子がいけないの。言いつけ守らずに勝手に家を飛び出しちゃったから……」



 彼女の弟さんは十歳の頃、将来は冒険者になるんだと勝手に家を飛び出し、修行と称して魔物と戦いそのまま帰らぬ人になってしまったのだとか。



「でも、弟さんの気持ち、僕もよくわかるなぁ」

「え……?」

「だってほら。男の子って誰しも冒険譚や英雄に憧れるものじゃないですか。いつかきっと、自分も偉業を成し遂げ、英雄になってみたいって。その上で、大勢の人たちを救えたらこれ以上のことはないですよ。それにお金も稼げますしね」


「まさか……あなたも冒険者になりたいの……?」

「はい。そのつもりです。だからこうして、故郷からはるばるここまでやってきたんですから」



 俺は元貴族らしく、育ちのいい雰囲気出しながらニコニコして見せたのだが、



「……ダメ……」

「え……?」

「そんなのダメよ!」



 興奮のあまり椅子から立ち上がって、語調を荒くするお姉さん。



「え……? どうしてですか?」

「決まってるじゃないの! 絶対にダメ! 冒険者なんて危ないわ! いつも死と隣り合わせの職業なのよ!?」

「でも、お姉さんも冒険者ですよね?」



 彼女から聞いた話によると、どうやらこの人も冒険者らしく、しかもランクAという高ランクの一流冒険者らしい。


 この国にある冒険者ギルドが実際にどういった施設なのかは知らないが、前世の知識通りだと、ギルドが発行した仕事をこなしていくと金やアイテムといった報酬をもらえて、一定数のポイントが貯まると勝手にランクが上がるといった仕組みとなっている職業組合である。


 そこから推測するに、最上位であるSの次がAだから、かなりの腕前の持ち主と言える。

 道理でさっき、筋肉だるまどもが尻尾巻いて逃げ出したわけだ。


 今目の前にいる美人で巨乳なお姉さんはそんな凄い人。

 だけど、それなのに、自分は冒険者のくせに俺にはやるなと言い始める。困ったものである。



「僕が冒険者やっちゃいけないのには何か理由があるんですか?」

「決まってるわ。危ないからよ! それに……その、あなたは……」



 そこまで言ってもごもごし始めてしまった。



「う~~~ん」



 再び椅子に座ったお姉さんを見ながら俺は首を傾げた。

 これ、どうしようかなぁ。そろそろ日も暮れるし、とりあえずおごってもらった食事だけ食べて、さっさと宿探しに行こうかな。

 そんなことを考えながら、テーブルの上に並んでいたピザみたいなものを口に運ぼうとしたときだった。



「ねぇ、オルフェンくんって言ったかしら?」

「うん? はい、そうですが」

「オルフェンくんは、公国人だけれど、その、家族はいないのよね?」

「はい。物心ついたときには既に一人でした。そのあとは孤児院に引き取られましたけど、今はもうそこからも出て、猫と一緒に二人で暮らしています」



 セシリアーナお姉さんにも俺の身の上はある程度話してあった。

 彼女は自分の左手で右肘支えながら頬杖ついて、何やら深刻な顔色を浮かべていたが、すぐにそれをやめると、じっと俺の顔を凝視してきた。



「ねぇオルフェンくん。その、私の弟にならない?」

「……へ?」



 俺は意味不明な発言をする目の前のお姉様の頭がおかしくなってしまったのではないかと思って、ピザを口にくわえたまま固まってしまった。

 しかし、そんな俺とは対照的に、お姉様は潤んだ瞳でじっと見つめてくるだけだった。



「やっぱり、やらかしてしまいましたね、ご主人様」



 アホみたいに一人ぽか~んとしていたら、隣の椅子から肩の上に飛び乗ってきた白猫ちゃんが、俺にしか聞こえないようなか細い声ですかさず突っ込みを入れてくるのだった。


 ――ていうか、うちの子、すぐにああいうこと言うよね。ちょっと酷くない?




◇◆◇




「ね、ねぇ。お姉さん? 僕、弟になるって言ってないよね?」

「いいのよ。あなたは何も気にしなくって。さぁ、これからは二人で一緒にがんばっていきましょうね」



 そんなことを言いながらにっこりと微笑むお姉様。

 なんだかよくわからないうちに、なぜか俺は飲食店の外に停車していた馬車の中に引きずり込まれ、彼女が住む伯爵邸の別邸へと拉致されてしまったのである。


 どうやら俺は色んな意味で彼女に気に入られてしまったようだ。どうしても俺のことを弟にしたいらしい。



「えっと、あの~、お姉さん? がんばるって、何をどうがんばるの?」



 俺は馬車を操縦していたこの家の執事と思しき御者の人が開けたドアから、半ば強引に、お姉さんに引っ張り出される形で降ろされた。


 馬車が止まっていたのは「宮殿かよっ」と思わず突っ込みを入れたくなるような大豪邸だった。ベルサイユ宮殿とかそういった建物を想像してしまうような佇まい。


 敷地を囲む塀まで意匠をこらしたものとなっていて、その上の柵のような部分にはツタ植物が薔薇のような赤や白といった色とりどりの花を咲かせていた。


 逃げられないようにがっちりと手を掴まれて、開けられた大門の中へと引きずられていく俺。

 入ってすぐのところはロータリのような感じになっていて、屋敷の入り口まで馬車で行けるようになっていたがお姉さん曰く、



「久しぶりに弟と一緒に庭を歩きたい」



 とのことだった。

 いや、俺、弟じゃないし、弟になるなんて一言も言ってないんだけどね。

 だけど、飲食店で丁重にお断りしようと口を開いたら、それより早くこの人、一切俺の言うこと聞かずにこれからの生活のことを一方的に説明し始めたのである。


 しかも、どこか夢心地な様子でうっとりと。

 あ、この人、ヤバい人だと思って俺は白猫ちゃんと一緒に、



「じゃぁ、そういうことで」



 といって逃げようとしたら後ろからがっつりと抱きしめられて、そのままここへと拉致されてきたという次第である。



「あ、あの~~お姉さん?」

「――オルフェンくん。お姉さんなんて他人行儀な言い方はやめて欲しいな。今日からは私があなたのお姉ちゃんになるんだから、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでよ」

「え……? いえ、僕、今日初めてお姉さんと知り合ったよね?」

「こぉら! メ! お姉ちゃんって呼ばないと、こうしちゃうんだから!」



 そんなことを言いながらこの人、何を思ったのか、正面からいきなりぎゅ~っと抱きしめてきた。



「ちょ、ちょっと……お姉さん?」



 たまらず悶える俺。

 こうして俺は、うやむやのうちにこの屋敷で生活する羽目に陥ったのである。


 ――ていうか、この人、絶対ヤバい人だよね?

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