9.変なおねいちゃんと遭遇したよ?
「おい、兄ちゃん。てめぇみねぇ顔だな?」
「黒髪とか、どう考えてもこの国の人間じゃないな。グランツの出か?」
黒髪黒瞳という見た目はグランツバルト王国に多い色合いで、この国では一般的ではない。その一般常識からそう指摘してきたのだろう。
「ウケケ。つーか、そんなことどうでもよくね? なぁ、おい。命が惜しかったら金目のもの全部置いてとっとと失せな」
「くふふ。言っとくが、その肩に乗ってるおかしな生き物もだからな?」
三メートルぐらい離れているというのに、汗や垢、泥まみれのお兄さんたちからは吐き気を催すような臭いが漂ってきていた。
思わず鼻をつまみたくなったが今はそれどころではない。
このテンプレなまでの頭の悪そうなモブども相手に、どうやって危機を乗り越えるか考えなければならない。
「う~~む。これ、どうしようか?」
「本当にどうするおつもりですか? 下手にご主人様が本気出したら、あの人たち死にますよ?」
「そうなんだよねぇ。手加減がてら、指先一つでぺちってやってダウンさせてもいいんだけど、魔剣の力が失われたといっても俺、呪い解けたせいで常時発動している身体強化魔法も復活しちゃってるからねぇ。あれ、いちいち解除するの面倒なんだよねぇ」
このジークくんは魔剣以外にもおかしな秘術を己が身に打ち込んでいて、そのときに使用した魔神石が体内に宿っているため、魔法封じの呪いが解けた今、その力まで復活してしまっているのだ。
お陰で以前盗賊相手に行った手加減ができない可能性がある。
一歩間違えたら即死させてしまいかねないし、うまく手加減できたとしても、超凄腕の冒険者がいるという噂があっという間に広まってしまうかもしれない。そうなったら非常に面倒くさいことになる。
表向きはぼんくらとしてスローなライフを送るつもりでいるのに、能力のことや正体がバレたら一瞬で魔王扱いされて、すべてがご破算となってしまう。
「う~~む、どうしようかなぁ。こう、ささっと片付けてパパッと消える方法はないものか」
俺は一人腕組みして考え込んでいたのだが、それがよくなかったらしい。
すっかりむさ苦しいお兄さんたちの存在を忘れてしまった俺に、その当事者が激怒して腰に下げていた曲刀を引き抜いた。
「おい、小僧! 俺たちを無視するとか、舐めた真似しやがって! 痛い目見ねぇとわかんねぇようだなっ」
リーダー格と思しき筋骨隆々の短髪男が唾飛ばしながら叫んだ。
「つーかもうめんどくせぇ。こんな奴さっさと殺して、身ぐるみ剥いじゃおうぜ、けけ」
モヒカン頭の兄ちゃんが、バカにしたようにピアスのついた舌をベロベロっと出した。
俺の目の前にいる無頼漢は全部で五人。
全員が全員既に抜剣していて、俺が通り抜けられないようにと横一列に並んでじりじりと距離を詰めてきた。
「なぁ、ネフィリム」
「なんですか?」
「以前から思ってたんだけど、なんでネフィリムは猫なの?」
「はい? 今それ、気にするところですか?」
「いやだって、もし人間の女の子に化けられるんだったらさ、人間になってあのバカどもを誘惑してどこかに誘導することもできるんじゃないかなって思って」
「……ご主人様。たとえそれができたとしても、絶対にお断りです」
「ちぇ。いい案だと思ったんだけどなぁ。だけど、それって逆に言うと、女の子にもなれるってことだよね?」
しかし、俺のその質問に彼女が答えることはなかった。なぜなら、
「てめぇ! さっきから何ごちゃごちゃ言ってやがんだ!」
リーダー格の筋肉だるまが激高していきなり剣を振り下ろしてきたからだ。
「うわっ、危ない! 何するんだよ!」
「うるせぇ! てめぇがふざけた真似してっからだっ」
ギリギリ避けたと思わせて余裕で後方へ飛び退いた俺に、筋肉だるまは続けざまに剣を横薙ぎに一閃させる。しかし、俺の目にはぶ~んとハエが飛んでいるようにしか見えなかったので、それもさくっとかわして見せた。
「てめぇ! 何避けてやがんだ! さっさと切り刻まれて野犬どもの餌になっちまえよっ」
「そんなの嫌だよっ。誰が餌なんかになるかよっ」
次から次へと繰り出される曲刀をことごとくかわしていると、モヒカンや他のチンピラまで戦闘に加わり、俺を殺そうと躍起になる。
「う~~ん。本当にどうしよう?」
「はぁ……まったくご主人様は。あなたならば、攻撃したことすらわからない速度で気絶させることもできるのでは?」
「できるけど、死んじゃうかもよ?」
「そう言えばそうでしたね」
「てめぇ! いったい誰と喋ってやがる!」
「うひゃひゃひゃ! 死ね死ね死ね死ね死ね~~!」
「お前ら遊んでないでさっさと始末しろよ!」
「うひゃ~~ひゃひゃ!」
もはや誰が何を喋っているのかまったくわからないぐらいカオスな状態となり始めていた。
「やっぱりやるしかないのか……」
この聖都に辿り着くまでの間、魔物とすら遭遇したことがなかったから、はっきり言ってまったく戦闘してこなかった。
そのせいで手加減というものがどういう風にすればいいのかまるでわからない。
だけど今はそんなことを言っている場合ではない。このままだと騒ぎが大きくなって……。
俺はそこまで考えてはっとした。
そうだよ。
騒ぎを大きくして誰かに助けてもらえばいいんだよ。
まさしく無能なぼんくら冒険者。真の力を隠すにはうってつけの立ち位置ではないか。
俺はそう思って、でっかい声を張り上げた。
「うわぁぁぁ~~~! 誰かタスケテクレェ~~~! 殺される~~~!」
棒読み気味に悲鳴を上げながらも、さくっと敵の攻撃をかわす俺。さすがラスボス。やることがひと味もふた味も違う。
しかし、
「何言ってやがんだてめぇ! 全然殺されそうになってねぇじゃねぇか!」
なぜか敵のボスに華麗な突っ込みを入れられてしまった。
「いや、殺されそうになってるでしょ、今!」
「なってねぇだろうがっ。てか、そう思うんだったらさっさと死ねよっ」
攻撃がまったく当たらず焦りと苛立ちからか、顔面真っ赤っかになっていた汚らしい筋肉だるまがそう叫んだときだった。
「あなたたち、そこまでよっ」
突然、俺の後方から凜とした鋭い声が木霊した。
動きが止まる兄ちゃんたちと俺。
一斉にそちらを向くと、そこには水色の長い髪を風になびかせた一人の女性が立っていた。
睨み付けるかのような勇ましい表情を浮かべた彼女の手には背丈と同じぐらいの長さの杖が握りしめられていて、それがこちらに向いていた。
しかも、その先端が仄かに光っている。
それは紛れもなく、魔法が発動寸前であることを物語っていた。
「あいつは……ちっ。行くぞ、おめぇら!」
チンピラどもは彼女の姿を視認するなり、なぜか路地の奥へと消えていってしまった。
「ネフィリム。あいつらの顔、ちゃんと記録しておいてね。手加減の方法わかったら、あとで復讐しに行くから」
ニヤニヤして白猫ちゃんにぼそっと呟くと、
「ご主人様……」
どこか軽蔑したような溜息を吐かれた。
ネフィリムのちっこい猫の目が記録端末のレンズとしての機能も持つらしいので、彼女に情報解析させておいて、あとで叩き潰す。
やっぱりヒーローたる者、ああいう社会のゴミは更生させておかないといけないよね。
そのときの光景を脳裏に思い浮かべて、一人ひたすらニヤついてしまう俺だった。
「そこのあなた。怪我はありませんか?」
そんな俺にさっき助けに入ってくれた女性が近寄ってくる足音がした。
俺はゆっくりと振り返って笑顔を浮かべる。
「はい。あなたのお陰で命拾いしました。本当にありがとうございました」
ぺこりとお辞儀してから頭に手を当て苦笑していると、そんな俺を見て何を思ったのか。
すぐ目の前まで来た水色髪の美人お姉さんの表情が凍り付いてしまった。
「あれ?」
杖を持ったまま両手を口元に当てて、どこか震えてさえいる彼女の豹変振りに戸惑っていたら、
「リュー!」
突然、涙ぐみながらお姉さんが抱きついてきた。
「あぁ……リュー……! 私、ずっと待っていたのよ……!」
なんだかよくわからないうちに巨乳でむちっとしたエロボディに全身を包み込まれてしまった俺。
「えっと……どゆこと?」
「……ご主人様……。また何かやらかしたのですか?」
「え……? エ~……」
ただ戸惑うことしかできなかった俺に、白猫ちゃんは相変わらず白い目を向けてくるだけだった。
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