8.やってきました二作目舞台




 数日後、セネツ公国で難民申請してすんなりと亡命できた俺たちは、そのまま超高速移動してレグリアと国境を接する南の砦へと辿り着いた。


 俺たちが公国内に滞在していたのは数日間だったが、一応それなりに異世界生活を満喫していたことは言うまでもない。

 お陰で、相棒となったネフィリムさんともすっかり仲良くなっていた。


 もっとも、その分AI? のくせして、ご主人様であるこの俺に毒舌っぷりを披露する機会も増えたんだけどな。



「ふむ。公国人か。名前はオルフェンか。ふむ。ミドルもサードもないところを見るとただの平民か」

「はい。そうなんですよ。は貧しい家柄の出で、親兄弟もいない孤児なんです。最近は年齢が年齢だから孤児院からも追い出されちゃって、えへへ」

「なるほど。それで、出稼ぎに我が国へ来たと」

「えぇ。レグリアには冒険者ギルドがあるって聞きましたし、公国よりも食いぶち稼げそうじゃないですか」



 俺はにっこり微笑んで見せた。


 一作目舞台であるグランツバルト王国にもつい先程までいた公国にも冒険者という概念自体は存在するが、そういった職業はない。


 冒険者ギルドが存在しないからだ。


 しかし、二作目舞台である聖王国には冒険者制度があるため、ギルドも職業としての冒険者も普通に存在する。

 まさしく俺が理想とする王国だった。


 砦の衛兵たちは人のよさそうなお坊ちゃんを装っている俺を前に、互いに顔を見合わせニヤニヤし始めた。



「冒険者ねぇ。まぁ、せいぜい死なないようにがんばるこったな。兄ちゃんみたいな弱そうな連中は大抵、自分の力量も弁えずにみんな死んじまうからな」



 衛兵は終始バカにしたような笑みを浮かべながら、入国を受け入れてくれた。



「ありがとうございます。がんばります!」



 俺は胸に手を当て敬礼してから、門を潜り、遂に念願の聖王国入りを果たしたのである。

 俺たちはしばらくそのまま他の旅人に混ざりながら街道沿いに歩き続け、砦が見えなくなったところで深呼吸した。



「まずは第一関門クリアってところかな?」



 ニヤッとする俺に、ネフィリムが他の旅行者たちに聞こえないように、小声で耳打ちしてきた。



「相変わらずですね、ご主人様は。平気で嘘ばかりおつきになる」

「失礼だな。あれはあくまでも世を忍ぶ仮の姿じゃないか」



 亡命して公国人とはなったが、俺は元罪人だ。

 本来であれば、追放されてそのまま野垂れ死ぬ定めだった男。それがジークフリード・オルフェリンゲンという人間だった。


 しかし、俺はこうして無事、生き延びられた。クソ主人公たちがかけた呪いを解除し、更にはおそらくネフィリムという史上最強の力まで手に入れてしまった。


 もし仮にそんなことが王国の連中に知れたらとんでもないことになるだろう。


 全世界に俺のことが国際手配され、あっという間に大悪党に祭り上げられてしまう。そうなったら俺の裏主人公計画がすべて水の泡だ。


 だから表向きはただのぼんくら人間として生き、裏ではコソコソ凄腕の冒険者として活躍していこうと思ったのだ。

 それが、今現在俺が掲げているプロフィールに落ち着くことになった要因のすべてである。


 つまり、元は貴族だったが、今はただの平民オルフェン。この世界では王侯貴族や上流階級、中流階級の人間でもない限り、名字なんてものは存在しない。


 一部の部族とかでは二つどころか三つも四つも名前をつける風習があるようだが、とりあえずレグリア聖王国やセネツ公国、そして、俺の大切なものすべてを奪ってくれたくそったれな王様がいるグランツバルト王国ではそうなっている。


 そんなわけで、俺は当分表向きはこのキャラでいくつもりでいた。



「さて、ではでは、聖都目指していざ出発~!」



 頭のネジが緩んでるんじゃないかと思えるような独り言をブツブツ言いながら、一路、南進していった。




◇◆◇




 ――そして更に数日後の夕刻。


 なんとか辿り着いた聖都はまさしく華の都と呼ぶに相応しい場所だった。


 俺の身分は公国人なので、国境砦もそうだったが一応は観光客とか旅人とか、そういった立ち位置でこの国を訪れたことになっている。


 なので、聖都の大門を潜るときにもその体で検閲を通過している。



「にしてもさすが、聖王国と呼ばれるだけのことはあるねぇ。そこら中が光り輝いているよ」



 この町は上から見ると真円に近い形をしていて、高い城壁に囲まれている。

 街の中にも真円の城壁が設けられており、三重構造になっていた。


 一番外側が平民や貧民が暮らす街区。

 その内側が豪商や上流階級の富裕層や貴族たちが暮らす街区。


 そして一番中心に位置する城壁の中に、王城や大聖堂を始めとした国家の重要な施設が密集している。


 そんな町だった。


 聖王国は王制を取っている一方で、大陸二大宗教の一つであるシュヴァーフェン聖教会の教皇庁が置かれている宗教国家でもある。


 そのため、中央区画にそびえ立つ巨大な大聖堂はそこら辺の町に存在する教会とは比べものにならないぐらい立派だった。

 遠くからでもよく見える。


 俺が持つ知識と実物を照らし合わせてみたが、当然、実物は遙かに迫力があった。

 城や大聖堂もそうだが、聖都を囲む外周も白亜の宮殿という言葉が似合いそうなぐらい、白く光り輝いている。


 北の大門入ってすぐのところからは見えないが、外敵から王城を守るために作られている内壁などもおそらく立派なのだろう。



「だけどまぁ、それはあくまでも目につくところだけ、なんだろうけどねぇ」



 門からまっすぐ南へと延びる大通り周辺は夕暮れ時でも本当に人通りが多く、活気に満ちあふれているが、そこから左右に延びていく細い路地を突き進んだところにあるはずの貧民街などはおそらく、汚物のたまり場のようになっている。



「まぁ、そういうところの方が、色々情報収集しやすいだろうけど」



 一人ブツブツ言いながら物珍しげに周囲を眺めていると、相変わらず俺の肩の上に乗って楽に移動しているネフィリムがミャーと鳴いたあと、ぼそぼそっと声を発した。



「ところでご主人様。これからどうするのですか?」

「ん~~。そうだねぇ。とりあえず、時間も時間だし当面の住処を確保したいかなぁ。あとは路銀稼ぎできるところ……冒険者ギルドとかそういうところかな。今日のうちに顔出しておきたいよね」



 ネフィリムによれば、素材さえあればこの世界の通貨すべて偽造できるらしいからわざわざ金稼ぎなんかしなくてもいいんだけど、そこはそれ。


 一応俺の目的は表向きはただの冒険者だけど、裏では二作目の舞台であるここで、二作目主人公に成り代わってヒーローになることである。


 なのでどの道、冒険者登録した上で、この国で起こるであろうメインシナリオにまつわる様々な事件をばっしばっし片付けるつもりだったから、路銀も勝手に入ってくる。

 わざわざ偽造する必要なんかない。



「というわけで、情報収集がてら探しますか」



 多分大通りから少し入ったところに建っている宿の方が安くて利用し甲斐がある。これまでの経験則がそう物語っている。

 そう思って俺は右の脇道に入っていったのだが、何やらいきなり雲行きが怪しくなってしまった。



「ご主人様、この道大丈夫ですか? なんだかとても言いづらいのですが、公国内でもこんなことがあった気がするのですが?」



 急に方向転換して入った脇道は、先程までと打って変わって陰湿な場所に繋がってしまった。


 大体ああいうところに作られている道っていうのは、大通りの裏手通りに店を構える店舗街へと繋がっているものなのだが、どうやらここは違うらしい。


 どう見たって明らかに貧民街としか思えない場所に出てしまった。


 生活臭がきつくて、道端にもゴミが落ちてて汚いし、おまけに路上に座っているおっちゃんおばちゃんや子供たちが浮かべている、死んだ魚のような目!



「あれれ~? おっかしいなぁ。なんでこんなところに出ちゃったんだろ?」

「いつも言ってるではありませんか。ちゃんと計画的に行動してくださいと。公国にいたときにも同じ過ちを犯しましたよ? 重要なことですからもう一度言いますよ? ちゃんと学習してください」


「随分酷いこと言うよね。普段移動は俺の肩に乗って楽してるっていうのに。人肌恋しい寂しがり屋さんみたいに首に巻き付いてるくせしてさ。ひょっとしてネフィリムはツンデレなの?」

「はい? ツンデレとはなんですか?」



 この白猫ちゃんとは出会ってから既に十日以上は経っている。


 最初のホロ映像が女性だったから勝手に女性扱いしているだけだが、そんな彼女とも大分打ち解けてきたからか、機械のくせに結構感情豊かに突っついてくることが多くなっていた。


 まぁ、旅の相棒としてはいい話し相手になって丁度いいんだけどね。



「――なんでもないよ。こっちの話。だけど、これ、どうしようかなぁ……」

「どうするもこうするもありませんよ。絶対に見逃してくれませんよ?」

「だよねぇ」



 そうなのである。

 ただ貧民街に迷い込んでしまっただけなら問題ないのだ。


 ジークくんとして過ごしていた頃は、よくこういった薄汚い町に潜伏しては悪巧みばかり企んでニヤニヤしていたからね。

 ある意味ホームタウンみたいな場所だから、妙にしっくりくる。


 だけど、それはそれ、これはこれ。


 今俺たちの目の前には、なぜか強面のお兄さんたちが意味不明なまでのニヤニヤ顔を浮かべて立ちはだかっていたのである。

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