7.動き出す二作目、そして地上への帰還


 


【別視点】



「た、大変です……! 陛下……!」



 昼の陽光が燦然さんぜんと大地を照らしている、そんな時分だった。

 一人の衛兵が大慌てで謁見の間へと駆け入ってきた。



「何事だ! 無礼者めが! ここをどこだと思っておる! 控えよっ」



 すかさず謁見の間入り口の警備に当たっていた近衛騎士数名に取り押さえられてしまう。


 しかし、その衛兵のあまりにも異様な姿を前に、緊急の御前会議を執り行っていた王を始めとした王侯貴族らが、皆一様に顔をしかめた。


 ――レグリア聖王国聖都ファンデンブルグに居を構える王城。


 その城の主である国王は玉座に座ったまま、左手を一閃した。

 騒然となっていたその場はたったそれだけのことで静寂を取り戻し、王の御前へと無作法者の衛兵が引っ立てられてきた。



「して、何が起こったというのか? その出で立ち、ただ事ではなかろうが……」



 顔をしかめる王の言う通り、衛兵の姿は絢爛豪華なこの広大な一室にはあまりにも相応しくなかった。

 着用していた衛兵用の甲冑はすべてがボロボロで、そこら中に傷を作って血塗れとなっていた。


 顔面も見るも無惨に腫れ上がっており、この者が生きているのが不思議なほどだった。

 すぐに神官のような男が傷だらけの兵に近寄ると、神官魔法である癒やしの魔法をかけ始める。


 肩で息をしていた男はそれで息を吹き返したように穏やかな表情となると口を開いた。



「は、はい……無礼を承知でこの場に馳せ参じたのには理由がございまして、実は、南の鉱山都市が……壊滅いたしました……!」

「なんだと……!?」



 深く低頭して頭を地につける衛兵の言葉に、国王だけでなく、その場に集まっていた誰しもが驚愕し、たちまちのうちに騒然となってしまった。



「おい、貴様! その話、詳しく申せ!」



 そう意気込んで近寄っていった金髪碧眼の青年。

 この国の第一王子にして王太子であるセラス・アレン・レグリアだった。



「は、はい……! 数日前のことです。突如、鉱山都市の上空に妖しげな暗雲が立ち込めたかと思ったら、空から凶悪な魔物どもが大量に溢れかえり、すべてが破壊されてしまったのです!」

「魔物だと? 空から魔物が降ってくるとはどういうことだ?」

「わ、わかりません。ですがそのとき丁度、王都から視察団がきておりまして、運悪く、彼らが鉱山内部に入っているときに魔物の襲撃に遭い……」



 その報告を聞き、一人の男が顔面蒼白となった。



「バカな……! 視察団だと? それはまさか、団長の隊ではないのか!?」



 白の軍服の上に白銀の鎧を着込んだ男が衛兵に詰め寄る。



「わ、わかりません。私ども末端の兵は鉱山都市周辺の警備に当たっておりましたから、どなたが訪れたのかはまったく……。ですが、視察団と領主様、更には多数の抗夫たちが中にいたということだけは知らされておりました」



 白銀の騎士に怯える衛兵に今度はセラスが問い質す。



「それで、その後どうなったのだ? 町は? 視察団はどうなった?」

「は、はい……その、すべてが闇に飲み込まれてしまいましたので、おそらく、壊滅したかと……」



 そのときの情景を思い出したのか、恐怖に震え始める衛兵に、その場にいた全員絶句してしまった。

 そんな状況を打開するように口を開いたのは、王の隣に佇んでいた神官服の白髭の老人だった。



「ともあれ陛下。早急に調査に乗り出した方がよろしいでしょうな。何やらとてつもなく嫌な予感がいたします」

「あぁ……そうだな……」



 聖王国国王はただそれだけを返しただけだった。




◇◆◇




【主人公視点】



 再び地上へと戻ってきた俺。

 そこは、追加ダンジョンへと繋がるポータルがあった場所とはまるっきり異なる場所だった。


 ポータルがあったロマーナ大森林より遙か北東にあるこのグランツバルト王国と国境を接する東の国、セネツ公国との国境線付近に俺は飛ばされてしまったのである。


 なぜこんなところにいるかというと、ネフィリムの話だと現在、天空城から地上へと降りる場合に繋げられるポータルがこの座標しかなかったからとのことだった。


 その気になれば、いきなり二作目舞台であるレグリア聖王国に転移することもできたらしいが、今は無理らしい。

 それに、今の俺は追放された身の上だ。


 身分証明書も持っていないから、いきなりあの国に行くのはやめた方がいいと言われてしまった。あの国は身分証明書を持っていないと、亡命申請を受けさせてもらえないらしい。


 それに対してセネツ公国は緩いらしく、なくても難民申請すれば比較的簡単に亡命手続きが完了してしまうとのことだった。

 ネフィリムは空にいたときから随時地上の情報を仕入れていたらしく、その辺の情勢にも詳しいようだ。


 勿論、どこにどんな人間がいるかとか、そんな細かいことまではわからないらしいが。


 そういったわけで、この国の南東に位置するレグリアには、東のセネツを経由し、そこから南に下って国境越えした方がいいとのことだった。



「なんだか面倒だな」

「仕方がありません。悪さをして追放されたご主人様が悪いのです」



 天空城から一緒についてきたネフィリムの分体は俺の首に襟巻きになったまま、溜息交じりにそんなことを言った。


 既に彼女には俺がどういう人間なのかは説明してある。

 前世のことはまだ伏せているが、この国で何をしでかしたのかは大体教えておいた。


 そのせいか、どうも俺に対する彼女の態度に変化が見られるようになっていた。

 ご主人様に対する敬意みたいなものが、若干薄れてしまったような気がするのだが?



「にしても俺は本当についてるよな。ネフィリムみたいな凄いの手に入れちゃったんだからな」



 呪いを解除したあと、そのまま速攻で終末魔法ラストアルマゲストを手に入れた俺は、ついでにネフィリムから様々なことを教えてもらった。


 あの天空城、どうやら地下一階で手に入るアイテムは、現時点では終末魔法のラスアルと、古代武器複数点ぐらいしかないらしく、他はなんもないらしい。


 一応、地上などで手に入る様々な素材を使えば、色んなものが生産できるらしいので、今はまだ何もなくともそのうちとんでもない代物をいっぱい作れるようになるのだとか。


 それこそ、俺が持つゲーム知識で出てきた課金パック一――地下一階で手に入る超レア薬品や凶悪な武具、露出度の高い女性用コスや笑える衣装なども。


 しかもそれだけでなく、どうもあの天空城や浮遊大陸は、古代ではあれ自体がいわゆる空中要塞のような役割を果たしていたらしく、超科学による武装化まで行っていたらしい。


 当然、空中を移動する飛行艇や戦艦のようなものもそこら中に飛び交っており、空賊のような悪党も普通に存在していたのだとか。


 なので、現在でも材料さえあれば、そういったヤバい装備や乗り物まで作れるらしい。


 まさしく、ネフィリムそれ自体が最強課金アイテムだったというわけだ。俺が手に入れた魔法など、ただのおまけ程度にしか思えなくなってくるぐらいにな。



『ですが、今のこの時代にそのようなものを使用すれば、大変目立ってしまいますし、世界のバランスを崩すことにもなりかねません。古代武器もそうです。ぱっと見は普通の剣や鎧ですが、そこに流れる力は普通ではありません。ですのでよっぽどのことがない限り、使わない方がよろしいでしょう』



 ネフィリムにはそう釘を刺されてしまった。

 確かに隣国にお引っ越しして早々、悪目立ちしたくないしね。


 なので、非常に残念だったけど、すぐに使えそうな武具も置いてきた。


 代わりに、貯蔵されていた素材を使って現時点で作れて、この時代の人間が持っていてもおかしくないような普通の武具や服を急ごしらえで作ってもらい、すべての準備が整ったところでようやく地上へと帰還したというわけである。



「ところでネフィリム」

「はい。なんでしょうか?」

「あの城を手に入れたのはいいんだけど、次からはどうやってあそこへ行けばいいんだ? ポータルとかないよな?」



 ゲームだったらアイテムボックス内にある転移アイテム使えばひとっ飛びなんだけど。



「――ご主人様はおかしなことをおっしゃいますね。ポッケに入ってるじゃありませんか」

「は? ぽっけ? どういう意味だ?」

「いやですよ。とぼけないでください。ご主人様のお城はそこに入ってるじゃないですか」



 そんなことを言って、碧い目を細める白猫ちゃん。

 俺は一瞬この人が何を言ってるのか理解できなかったが、数秒後、



「……は? はぁぁ~~!? ポッケに入ってるって、あの城がか!? 城がポケットに入るとか携帯ダンジョンかよっ」



 思わず激しい突っ込みを入れてしまう俺だった。

 そんな俺の姿を見たネフィリムは、完全に目を瞑ってミャーと鳴いた。どうやら笑ったらしい。



「ふふ……まぁ、冗談はさておき」

「おい! 冗談なのかよっ」



 しかし、俺の華麗な突っ込みは無視される。



「お城には私を介していつでも戻ることができますよ。ただ、あまり頻繁に行き来すると、本体の残存エネルギーが著しく減少してしまいますので、できればポータルを作成する魔道具を作りたいところですね」


「そんなもん作れるの?」

「はい。ですが当然、今は素材が足りていませんので、どこかで調達していただきたいのですが」


「わかった。他にも色々あの城で作れるみたいだし、道中で遭遇した魔物どもを適当に狩って、素材貯めておこうか。それから、ネフィリムの制御ロックを解除する方法も見つけないとな」



 あの地下一階には最奥部にある祭壇に、何やら十文字に何かをはめ込む穴が五つ開いていて、そこに鍵となるものをねじ込むとロックが解除されるのだとか。


 そして、そのはめ込むアイテムというのが、どう考えても聖杯だった。

 つまり、俺の記憶が確かなら、それは何か偉業を成し遂げたときに手に入るトロフィーの数々である。



「大変かもしれませんが、よろしくお願いします」



 白猫ちゃんはそう言って軽くお辞儀して見せる。


 聖杯がどこで手に入るかはわからないが、まぁ、時間ならたっぷりある。世界中で色んな冒険をしながら探していけばいいだけだ。裏主人公としてな。


 そしてすべてのロックを解除してネフィリムの全機能が解放されたとき、俺は本当の意味で最強ラスボスの称号を手にすることになる。


 あの裏ボスを倒してな。


 俺は一人ニヤニヤしながら、旅の相棒であるネフィリムと共に国境砦へと向かうのであった。

 この先に待っているであろうわくわくロードを夢見ながら。

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