6.ふっか~~つ!




 ――終末魔法ラストアルマゲスト。


 天地すべてをひっくり返してしまいかねない究極魔法。

 物理障壁魔法障壁も無効となるため、ラスボスが使ってくる完全障壁を通り抜けて普通に高ダメージを与えられる唯一の魔法として知られている最強魔法だ。


 それゆえ、どんな下手くそなプレイヤーでも簡単にラスボスを倒せるようになる課金アイテム。

 名前から、ネット上では多くのユーザーが色んな蔑称で揶揄したものだ。



「ふっふっふっ……アハハハ! 遂に手に入れたぞ! 終末魔法を! これさえあれば、更なる高みを目指せるというものだ!」



 俺は興奮を抑えきれずにニヤニヤしてしまった。


 これ、実際に使ったらどうなるんだろう?

 どのくらいの威力かな?


 ゲームではボス戦で使うことが多かったけど、普通の雑魚キャラ相手だとほぼほぼ即死級だったからなぁ。

 何しろ、ダメージ上限に近い数値が出てたし。


 さすがにボスは一撃で死ななかったけど、他の中ボスとかは数発当てればさくっと倒せたんだよな。

 ただ、そんなヤバい代物だけど、手に入れたからといって素直に喜べないのもまた事実なんだよね。


 この魔法、威力が桁違いだからこそ、消費する魔力も大きいのだ。

 この世界でも魔法を使うときには魔力を使うから、高出力の魔法であればあるほど、失われる魔力も増えていく。


 ラスボスであるこの俺が元から使える究極魔法と呼ばれる古代魔法の数々も当然、破壊力満点だから消費魔力も大きかったが、以前の俺は家宝の魔剣の影響下にあったから、魔力が枯渇することもなく、ほぼほぼ無尽蔵に魔法を使うことができたのだ。


 何しろ、魔剣が周囲に漂う負のエネルギーを吸い込んで、それをすべて魔力に変換してくれていたからね。

 しかし、今の俺にそんな芸当できるはずがない。


 魔剣のお陰で習得した古の時代に禁忌とされた古代魔法自体は、魔法封じの呪いさえなければ今でも使えるけど、今回手に入れた究極魔法共々、そんなに連発することはできないだろう。



「う~~む。この辺は今後の課題かなぁ」



 まぁいいや。とりあえず、今はこのラストアルマゲストだ――名称が長いからラスアルにしておこう。



「ネフィリム」

「はい、なんでしょうか?」


「さっき俺のことを主と認めるって言ってたけど、それってつまり、ネフィリムが俺の支配下に入るってことだけじゃなくて、この城にあるものはすべて、俺が勝手に持ち出して使っちゃってもいいってことだよね?」


「はい。その解釈で問題ありません。ですがもっと言えば、この城にあるものと言うより、この城もこの浮遊大陸もすべて、既にご主人様の所有物として登録されています。ですので、この城もそうですが、この大陸をどのように使おうともご主人様のご都合次第ということですね」


「ほほ~~。そいつはいい! あのゲーム通りだな!」

「ゲーム……?」

「え、あ、いや、こっちの話だよ」

「じ~~~~」

「ん? な、なに?」


「一つよろしいでしょうか、ご主人様。もし何か隠し事をされているようでしたら、私にちゃんとすべてを明かしてくださいね? 私はただの制御システムですが、先代のように隠し事をされるというのもあまりいい気はしません」



 どこか拗ねたようにそんなことを言い出す白猫ちゃん。



「わかったよ。信じられるかどうかわからないけど、おいおい、話せるときがきたら話すよ」

「はい。お願いします」

「あぁ――というわけで、早速この魔導書を祭壇から外したいところなんだけど、これ、どうやるの?」


「解除法ですか? その資格がある方が触れることで、勝手に封印が解除される仕組みとなっています。ご主人様は既にこの城の主ですので十分資格はあります。ですが、この封印を解除するには魔法の力が必要不可欠でして――失礼ですがご主人様。先程から気になっていたのですが、今おかしな呪いにかかっていて魔法が使えない状態になっていませんか?」


「あれ? そんなこともわかるの?」

「はい。今私のこの個体はただの分体ですので本体ではありませんが、分体の目を通じて、本体で鑑定解析を行うことができますから」

「へ~。そんなことまでできるのか。さすが古代の遺産といったところか」



 俺が持つ知識には古代の高度文明はおろか、ネフィリムの存在自体もまったくないから、この制御システムがどれほどの能力を有しているかなんてまるっきりわからない。


 解析もそうだけど、こいつが他にどんなことができるのか、本当に興味の種が尽きない。

 なんなら二作目舞台である隣国、レグリア聖王国へ行く前にこの城に引きこもって色々調べてもいいとすら思えた。



「だけどまぁ、引きこもらずに冒険しながら探求するというのも悪くはないだろう」



 そんなことを考えていたら本当にわくわくしてきた。



「ご主人様?」

「あ……? いや、なんでもない。ただの独り言だよ。それよりも、魔導書だよ。封印解除には魔法の力が必要になるって言ってたけど、ネフィリムが言った通り、呪いのせいで魔法使えなくなっちゃってるんだよね」

「そのようですね。でしたらやはり、封印を解除する前にまずは呪いを解いた方がよろしいですね」

「うん。俺もそう思う。でさ、そこで相談なんだけど。確かこの城ってどこかに回復の泉とかなかったっけ? 呪い解除できる薬でもいいんだけど」


「――本当にご主人様はなんでもご存じなのですね。はい。ありますよ。実際、今そのことについて話をしようと思っていたところです」

「なるほど。そうだったのか」

「はい」

「じゃぁ、早速で悪いんだけど、案内してもらえるかい?」

「わかりました」



 白猫ちゃんはくるりときびすを返して、部屋の隅っこへと俺を導いた。



「これは?」

「はい。これが回復の泉『バイタル・エリクシエル』です」



 そう発言してネフィリムが肉球を向けた先には、天井と床を繋ぐ柱のような形状をした円筒形の細長い装置が置かれていた。

 ぱっと見はガラスで作られた長大な水槽のような感じ。そこに透明なスライド式扉がついていた。



「これがそうなのか?」

「はい。中に入ってスイッチを押せば起動します。あとはしばらくそのままじっとしていれば、肉体の状態が完全に回復します」

「……わかった。じゃぁ、ちょっと使ってみる」



 内心、若干緊張したが、中に入るなり、早速起動させてみた。


 なんだかSF映画のヒーリングユニットを連想させられたが、仄かな機械音を発して動き出したそいつは、やがて外の景色が見えなくなるぐらいに激しく光り輝き始めた。


 床から天に向かって様々な色の光が迸り、目を開けていられなくなる。

 知らない間に無重力感に包まれ、薄らと瞼を開けたときには空を飛んでいた。


 水の中に埋もれているというわけでもなく、ただ暖かな光に全身が包まれている。

 その心地よい春の日差しのような光にすべてを委ねたとき、俺は意識を失った。




◇◆◇




 なんだか夢を見ているような気がした。

 幼い頃の記憶が淡く蘇ってくる。

 それが前世のものか今生のものかはわからない。

 俺は昔から、いい意味で大勢の人から注目を集めてみたいと思っていたような気がした。


 運動ができて勉強ができて、可愛い女の子たちからもキャーキャー言われたかったような気がした。

 しかし、現実は違った。


 いつも集団の隅っこで一人、ぽつんとしていて、誰からも注目されないような影の薄い人間。それが俺だった。


 だけど、そんな俺だったけど、いつも思っていたことは、やっぱりヒーローみたいな存在になりたかったということだ。

 誰よりもかっこよくって、みんなからチヤホヤされて、最後は何かしらの偉業を成し遂げ華々しく散っていく。


 まさしく英雄と呼ぶに相応しい人間。

 そんな人間に憧れていたのだ。

 そして運命のあの日。それが訪れた。


 ――あぁ、そうか。これは前世の記憶か。


 なんのことはない。


 昼休み、弁当屋で弁当買って、車の往来が激しい大通りの歩道を歩いていたら、突然かわいこちゃんが道路に飛び出し跳ねられそうになっていた。


 それを目撃した俺は無意識のうちにその子を助けようと車道に飛び出し、代わりに跳ねられた。

 かわいこちゃんは無傷で俺を見て元気に「キャンキャン」と鳴いた。


 薄れる意識の中、飼い主と思われる女の子が近寄ってきて何か言っていたような気がしたが、そこでぷつりと記憶が途絶えた。

 そして次に目が覚めたときには見知らぬ牢獄の中だった。


 ――と、そこまで映像が流れたとき、俺は夢から覚めた。


 そして、それは同時に、どこか曖昧な部分のあった前世の記憶とこのジークフリードという人間の記憶が完全に蘇った瞬間でもあった。


 どうやらこの装置の回復力によって記憶まで完全回復してしまったらしい。

 いやはや、実に素晴らしい文明の利器だ。


 これさえあれば、痴呆や健忘症に悩まされても速攻で治るのではないだろうか?


 回復の泉から外に出た俺は、先程まで感じていた身体の重さがすべて取っ払われていることに気がついた。


 それと共に、全身にたぎる灼熱の激流に身体中が燃やし尽くされてしまったかのような、なんとも言えない感覚に襲われていた。


 その心を震わす高揚感にも似た力の波動こそ、クソ主人公たちによって封じられた魔法の力だった。

 そう。それはつまり、呪いが解除されたという何よりの証だった。



「ふっか~~つ! 取り戻してやったぞ、魔法の力を! これで心置きなく、この国を滅ぼ――二作目舞台に行けるぞ!」



 一瞬、邪悪な誘惑に駆られつつも、俺はわくわくが止まらなくなって天に向かって叫んでしまった。


 先に言っておくが、俺は悪の大魔王などではない。ジークくんの記憶の影響を受けてこんなリアクションになっているのだ……多分。


 ジークくん、というか前世の記憶が蘇る前の俺は、本当にしょうもないぐらいに闇堕ちしていて、いつも芝居がかった口調でアホなことばかり言っていたからな。


 そう。つまりは今の俺のこの口調は、ジークくんだった頃のものということにしておこう。



「ふっふっふ。見ているがいい、主人公どもよ。お前たちの代わりにこの俺がラスボスの力と究極の魔法ラストアルマゲストの力を使って、前世で果たせなかった物語の主人公のようなヒーローになるという夢を、今こそ果たしてやるからな!」



 一作目主人公サイドにボコられたことへの私怨が多少入っていないとも言えなくもないが、とにかくだ。

 時系列的に言えば、今はまだ一作目が終わったばかりだから、二作目はまだ始まる前か始まったばかり。


 悪役として転生したが、悪役が主人公ヒーローになったって別に問題ないよな?


 というわけでだ。


 ラスボスらしく世界中を混乱に陥れるのはちょっと忍びないから、原作主人公たちに成り代わってこの俺が正義の味方になってやる!


 まぁ、超強い俺が表だって行動すると悪目立ちしすぎて危険視され、一作目みたいに断罪されると嫌だからな。

 そこは陰の主人公としてこっそりと。


 正体がバレないようにコソつきながらも、人知れず事件を解決して悦に入る。

 その上で、みんなから英雄として讃えられたら最高ではないか。


 うむ、完璧だ。なんて素晴らしい計画。唯一の欠点と言えば、最大の功労者である裏主人公のこの俺がジークフリードとして人々からチヤホヤされないことだがな。


 そこだけが非常に残念でならない。そこら中を埋め尽くす人々から素の俺として大喝采を浴びたいんだけどな。いやぁ、ホント、残念だ。


 ――まぁいい、ともかくだ。



「見てろよ、世界! 彗星のごとく現れたこの俺の武勇伝をしかとその目に刻むがいい!」



 ひたすらニヤニヤする俺を前に、足下にいた白猫ちゃんは不思議な生き物を見るように小首を傾げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る