5.ネフィリム
上半身だけしか映し出されていないボブカットの白髪少女が数メートル先で揺らめいていた。
彼女の姿は実体ではなく、幽霊でもない。
おそらくあれは立体映像だ。
確証はないが、ドットのような粒子がはっきりとわかるような、そんな見た目をしていた。
「お前はいったい、誰だ?」
「私はこの城の管理運営を任されている完全自律型城塞制御システム――ネフィリム」
「城塞制御だって……? どういうことだ? まさかこの城は機械制御されてるってことか?」
古の時代に滅んだ古代文明が実際にどうやって滅んだのか。
どんな文明が築かれていたのかといった時代背景については、あのゲームの中にも描写されていなかったし、実際にこの世界で十八年間生きてきたけど、古代に関する知識はまったく持っていなかった。
俺が古代文明のことを知っているのはゲーム知識があるからだ。
現代に生きる人間たちにとっての古代文明は未知の領域なのだ。古文書にもほとんど残っていない。
考古学者や各国の禁書庫などに収蔵されている古代についての文献といったら、大抵は千年前に滅んだもう一つの古代文明『千年王国イセリアーガス』の記述ぐらいである。
なのでぶっちゃけ、現代人の多くがこの浮遊大陸に関する知識をほとんど持っていなかった。単純に空に浮かんでいる島があるかもしれないといった曖昧な見識のみ。
「ふむ……あなたは何やら、今のこの時代の人間とは一線を画す存在のようですね。側で見ていなくてもあなたから漂う異形なる力が只者ではないと、そう伝えてきています。さすが、私が生み出したガーディアンを倒すだけのことはありますね」
「ガーディアンだと? まさかさっきのあれは――」
俺の言葉が終わる前に、いきなり目の前に強烈な光が放たれた。
眩しくて目を瞑ってしまったが、光が止んでゆっくりと瞼を見開いたとき、俺は愕然としてしまった。
「バカな……! 黄金騎士だと!?」
――そう。
白髪の少女の横には、先程倒したばかりの黄金騎士が無傷の状態で突っ立っていたのである。
しかもそれだけでなく、そこら中に開いていた穴やら瓦解していた壁が、一瞬のうちに元に戻っていた。
「お前……いったい何をした?」
「何をと言われましても、修繕作業をしたまでのこと」
「修繕……さっき制御システムとか言っていたな? てことは本当にお前がこの城を管理しているって言うのか?」
「如何にも。このガーディアンも私が生み出し、この城を守らせています」
いささか信じられないことではあったが、実際に目の前で起こった出来事を無視することなんかできない。それに、この城も彼女も古代の遺産だ。
彼女の言葉が正しければすべての辻褄が合う。
あのゲーム内に存在していたダンジョンとは明らかに様相が異なっていた天空城の偉容。魔物もいないし、新築のように管理が行き届いていた内装。
それらすべてがこの、自分のことをネフィリムと呼んでいる制御システムの仕業だとすれば、すべての疑問が解決されるのだ。
「なるほど。つまりそいつは侵入者排除のためのボスキャラだったというわけか。そして、お前はこの城を制御するなんらかの機械のような存在で、主を失った今でもこの城を守り続けていると」
「はい。そういうことになりますね」
ネフィリムはそう言って、右手を上へと掲げる。
それに応じて、横に控えていた黄金騎士が、地面に突き立てていた大剣を両手に握りしめ持ち上げた。
「ちっ。あくまでも俺を排除するってことかよ」
俺は呟き、身構えた。
一触即発。
互いが発する漆黒のオーラのようなものが高い天井へと迸る。
次から次へと湧き出る漆黒の魔力が謁見の間すべてを覆い尽くしていく。
そして、それら魔力が俺たちの丁度中間地点で交錯するように接触した刹那、大爆発が起こった。
衝撃波のようなものが周辺一帯に駆け巡り、天井も壁もすべてが鈍い破砕音を立てて、ボロボロになってしまった。
ひび割れ崩れ落ちていく天井や壁の一部。
そんな中、まったく微動だにしなかった俺と黄金騎士は天井からシャンデリアが石床へと落下したその瞬間、一気に駆け出し再び激突した。
幾度も繰り出されてくる大剣を交わしながら、俺は無表情に回し蹴りを喰らわせ、黄金騎士を玉座と反対側の壁まで吹っ飛ばす。
俺はそのまま、壁にめり込んで軋み音を立てているそいつにとどめをさすべく、一気に距離を詰めて右拳を炸裂させた。
例によって甲高い金属音を発して凹んだ鎧部分が無数の亀裂を生じさせ、黒い影が漏れ出てくる。
「ネフィリムといったか? まだやるつもりか? 何度やっても結果は見えていると思うんだがな?」
今回は化け物の姿に変化せずに動きを止めて、影が消え去るのを確認してから、首だけ振り返る俺。
ホログラムの少女は、じっと俺を値踏みするように見つめていたが、諦めたかのように瞼を閉じ、溜息を吐いた。
「そのようですね。このまま戦闘を続けていれば、人である以上、いつかはあなたも体力が尽きて排除することが可能かもしれませんが、こちらとしてもそこまで無駄なエネルギーを使うのは得策ではないと判断します」
「なら、降伏する、ということでいいんだな?」
「……いえ。降伏はしません。ですが、あなたの存在を認め、これ以上事を荒立てないとだけ、お伝え申し上げます」
負けず嫌いなのかなんなのか、歯切れの悪い言い方をされてしまったが、どうやらもう無駄な争いはしなくてよくなったらしい。
やれやれと思って肩をすくめる俺に、ネフィリムは続けて言葉を紡いだ。
「それと、少しこの分体を通じてあなたのことを解析させていただきましたが、やはり、あなたは特別な存在のようですね。これ以上敵対しない方がよさそうです」
「ん? 特別? どういうことだ?」
「……いえ。現時点では私にも詳しいことはわかりません。ですが一つ言えることは、この島、この城に偶然入り込める人間など、今の世の中には存在しない、ということです。何しろ、本来繋がっていなかったはずの地上とのポータルを、どうやったか知りませんが起動してしまいましたし。何より、あれを使ってここへと至ることができるのは神の血族だけなのですから」
「は? 神だって?」
しかし、彼女はそれには応えなかった。
「いいでしょう。偶然迷い込んだという可能性もありますが、あなたは私をさして機械という言葉を発した。それは今を生きる下界に生きる人間たちが持ち得ぬ知識。そして、その事実はまさしくかつての文明を継ぐ者の証。更に私が作り出した最高傑作のガーディアンすら凌駕する力を秘めている。十分にこの城の主となるに相応しいお方と認めましょう」
そこまで言って、立体映像がぷつりと消え、ボンッと音を立てて何かが現れた。
「ようこそ、新しき我が主よ。これより先、この城、そして私はあなたを主と認識しお仕えすることを約束いたしましょう。さぁ、どうぞ、こちらについてきてください」
磨き抜かれた大理石の床の上にちょこんと座っていた真っ白くてちっこい生き物。
もっふもふのマンチカンのような白猫もどきはそんなことを言って、小さくミャーと鳴いた。
◇◆◇
再度修復されたガーディアンを謁見の間に一人残し、俺たちはそこへと移動した。
俺が通された場所は先程の謁見の間に設けられていた扉を潜った先にある通路を、更に奥へと歩いた場所に作られた小部屋だった。
そこは調度品などが一切ないこぢんまりとした四角い部屋で、そんな伽藍堂な一室の中央の床には、地上の森の中で見たような虹色の魔方陣が描かれていた。
「ここは?」
「ここは制御室へと通じるポータルです」
「制御室ってことは、ひょっとしてネフィリムの本体がある場所か?」
「いえ。厳密に言えば私の本体はそこにはありません。この城の最深部に安置されています」
「最深部ってまさか、地下五階か?」
「よくご存じですね」
「い、いやまぁ色々とね。だけど、そこってヤバい奴いたりしない?」
さすがにゲーム知識云々のことを喋るわけにもいかない。
「……本当に色々とお見通しなのですね。さすがご主人様です。私が見込んだだけのことはあります」
とかなんとか言いながら、猫の姿になってしまったネフィリムさんは、一声鳴いたあとでピョ~ンと跳躍して俺の肩の上に乗っかってきた。
よくわからないが、本体が地下にあるという話だから、先程見た立体映像といい、今の猫の姿といい、なんらかの方法で生み出した分体か何かということなのだろう。
「それでは参りましょうか。制御室へ」
「あ、あぁ。だけど、そこって危険はないんだよね?」
「はい、大丈夫です」
肩の上で襟巻き状になってしまったネフィリムはそれだけしか言わなかった。
俺は覚悟を決めて、虹色ポータルの中へと飛び込んだ。
「……なんだここは……?」
ポータルによって空間転移させられた俺の目に最初に飛び込んできたのは、どこか研究所を思わせるような無機質な壁で作られた区画だった。
先程までいたファンタジーな西洋風古城とはまるっきり雰囲気が異なる。
飛ばされた場所は、あの小部屋のような何もない二十畳ほどの広さの一室だったが、前後左右の壁四面に、その先へと通じる細い通路が作られ、奥に向かって一直線に延びていた。
「ここはこの城の地下一階に当たる場所です」
「地下一階だって?」
「はい」
道理で下に下りる階段がないわけだ。
よくわからないが、屈強なガーディアンに守られた謁見の間の奥からしか移動できないとか。しかも、空間転移の魔方陣じゃないと下に下りられないようになっているだなんて。
「まったく。ホント、意地悪いよな。まさかとは思うけど、他の階層に下りるときもポータル使わないと移動できない仕様になっている?」
「はい。そのようですね。私は行ったことがないのでわかりませんが」
「行ったことがない? どういうことだ?」
俺の肩から下りてひたすら真正面の通路を歩いていく白猫ちゃんのあとに続きながら、そのちっこいもふもふの背中に声をかけた。
ネフィリムは歩く足を止めずに首だけ振り向く。
「簡単なことです。私は制御システムではありますが、私が干渉可能なエリアはここから上の階だけと、そう定義されているからです」
「定義ってどういうことだ?」
「つまり、先代のご主人様にそうロックをかけられているからです。もしそのロックを解除できれば、この天空城のすべての機能を使用することが可能となるはずです」
「なるほど。そういうことか。城の管理を任せてはいても、城主にとって任せたくない都合の悪いものが地下二階以下にあるかもしれないってことか」
そこに何があるのかはわからない。
俺の持つ知識通りのものがそこにあるのであれば、是が非でもロックを解除して先に進みたいところだった。
何しろ、今いる地下一階は当初の目的であるあの課金パック一に相当するアイテム類がある場所だが、地下二階以降も、別のアイテム類が手に入る続きの課金パックに該当する場所なのだから。
もし本当にそれらがこの世界でも手に入るのであれば、回収するに越したことはない。
それに、第四パックを買ったときに行けるようになる四階層、五階層にはとんでもない奴が待ち構えている。俺ですら倒せるかどうかわからない最凶の裏ボスが。
「――つきました。ここです」
通路最奥の突き当たりを更に複雑に、あっちうろうろこっちうろうろしてようやく辿り着いた薄暗い一室。
そこはそれまでとはまるで様相の異なる場所だった。
まさしく、どっかのSF映画に出てきそうな円筒形の巨大なコンピュータのようなものが左右の壁にずらりと並んだ、だだっ広い空間。
そして――
「お……あれは!」
部屋の最奥に設けられた一段高くなった祭壇のような場所。
そこには、淡い光を放ちながら宙空を揺らめくように漂っている一冊の本が安置されていた。
まるで封印でもされているかのように、十文字にクロスした光輪に押し包まれている一冊の古びた本。
俺はネフィリムと共にゆっくりとそこへと歩いていき、真正面まで来て立ち止まった。
「間違いない……これだ……俺が求めていた課金アイテム……! 一作目世界で最強の魔法と言われていたあれに間違いない!」
ゲームの題名にもなっている終末世界ラストアルマゲストと同じ名前の魔法。
『終末魔法ラストアルマゲスト』
それこそがまさしく、俺が探し求めていた最強課金アイテムの名前だった。
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