4.最強の聖騎士との死闘




 ガキンッと甲高い音を立てながら、俺の手にした長剣と奴の大剣が勢いよく激突する。


 甲冑の繋ぎ目やフルフェイスの兜から覗く首元が影でできている黄金騎士は、物理法則を無視したような身体の動きで剣を切り結びながら右足を蹴り上げてきた。


 俺は飛んできたそれを同じように左足で蹴り飛ばす。


 ガーンという鈍い音をさせて、吹っ飛んだ奴の足が自身の背中に激しくぶつかった。

 背中から生えた影の翼が大きく揺らめき、その瞬間、奴の動きが変わった。


 大剣を握りしめる両手が超高速で動き出し、何度も何度も俺を切り刻もうと振り下ろしてくる。

 その度に俺の手にしたなまくらが鈍い音を立てた。



「まずいな。このままだと一瞬で木っ端微塵に粉砕されるぞ?」



 奴が手にする大剣は鎧と同じく黄金色で、耐久度もかなり高そうに見えた。

 それに比べて俺の武器なんて、最初から刃こぼれしているような盗賊の剣だからな。勝負になるはずがない。



「それにしても」



 俺は奴の攻撃をかわす戦法に切り替え、振り下ろされる大剣をひょいひょい避け始めた。

 勢いあまって奴の剣が大理石の床に打ち付けられ、床材が破砕される。


 その威力はやはり、先程感じた通り、凄まじいものがあった。

 石を切り刻んだのに大剣は刃こぼれしないし。

 ていうより、石床を破壊するってどんなだよ。


 まぁ、カムロスって名前の騎士はゲーム内でもかなり強かったからな。

 課金パックで追加されるこの城は、かつてこの周辺空域を支配していた王の居城と言われていた。


 かの王は古代文明滅亡と共に死亡し、残された配下たちもまた、次から次へと死んでいった。しかし、最後まで生き残っていた者たちがおり、それが王の五忠騎士と呼ばれる聖騎士たちだった。


 彼らは自分たちの命尽き果てるまで、この城を死守するとしてひたすら報われない守護の任を続けていったが、やがて全員死亡する。


 他の浮遊大陸が次から次へと墜落していく中、この城だけは落ちることなく現在までずっと、空に浮かんでいた。

 それを成し遂げたのが五忠騎士の亡霊ではないかと囁かれている。


 そんな裏設定がついている曰く付きの城で、今俺と死闘を繰り広げているのは、五忠騎士の中でも最強とうたわれている男だった。



「本当なら地下一階にいるボスだって言うのにな!」



 俺は叫びながら、横薙ぎに繰り出されてきた一撃を後方一回転してかわし、そのまま玉座まで後退する形で距離を取った。

 あの黄金騎士は別名初見殺しと言われているようなくそったれな敵だ。


 一見すると大して強くないのだが、突然おかしな即死スキルを使ってきて知らない間にあっという間に全滅させられてしまうという、一作目のラスボス同様、ホント、相変わらずのクソ仕様な敵だった。


 ラスボスであるさすがの俺も、あのスキルを喰らったらどうなるかわからない。何しろ俺を追放した連中に魔法を封じられてしまったからな。


 超絶硬い魔法障壁も物理障壁もまったく展開できない。

 今の俺はホント、普通の人間と変わらないくらいの防御力しかないだろう。



「まぁそれでも、俺はラスボスだ。最強ラスボスらしく、華麗に、そして優雅にさくっと終わらせてやろうではないか!」



 俺はニヤリと笑い、使い物にならなくなったボロい剣を捨て、一気に距離を詰めた。

 懐に入り込んだ俺をすかさず黄金騎士が真っ二つに切り裂こうと剣を動かすが、俺の動きはそれを遙かに凌駕していた。


 何度も言うが、俺は魔法使いなどではない。

 凄腕の剣士なのだ。

 だから近接戦闘は得意なのである。

 ……まぁ、今は剣持ってないけどな!


 俺は全体重を込めた右拳を思い切り奴の腹へと叩き込んだ。

 ガゴ~ンと寺の鐘のような音をさせて、黄金騎士の鎧が思い切り凹み、後方の壁目がけて吹っ飛んでいった。


 どしゃ~んと轟音立てて壁にめり込んだ黄金騎士は、破砕された壁から落ちてきた土砂に埋もれる。

 俺によって穿たれた拳の跡から一気に亀裂が走って、甲冑が木っ端微塵に砕け散った。


 たちまちのうちに、中に入っていた影のような物体が外に飛び出て揺らめき始める。



「さて。これで終わったかな?」



 確かゲームでは倒すと影となってそのまま消えていったはず。

 しかし――



「ん? あれれ? おかしいな。なんで消えない?」



 腕組みして小首を傾げる俺の様子を観察するように、ひたすら数メートル先で揺らめく巨大な影。

 壁に埋もれている黄金騎士だった鎧はまったく微動だにしない。



「戦闘不能に追い込んだだけじゃ倒せないってことか?」



 もし魔法じゃないと倒せないとか言われたら積みゲーになっちゃうよな。

 そんなことを考えていたのがいけなかったのかもしれない。



「ガ……ガガ……プロテクト解除……執行モードへ移行……これより……ガガ……最終進化形態へ移行……」

「へ……?」



 突如影からおかしな機械音が発せられ、ぽか~っんとしていたら、目の前の黒い塊からおかしな光が漏れ始めた。



「おいおいおい……! ちょっと待ってよっ。聞いてないんだけど!? 光るってなんだよ! そんな演出なかったはずだぞ? ていうか、さっき最終形態って言ったよな? いったい何が起こるって言うんだよっ」



 ブツブツ文句を言っていたら、更に強烈な光が辺り一面を明るく照らし出し、眩しくて目を開けていられなくなった。

 そして、それが収まったとき、俺は一瞬ぽか~んとしてしまった。



「……ちょっと待って……。なんだよこいつ!」



 光が収まり、元の謁見の間に戻ったとき、俺の目の前には意味不明な物体が顕現していた。

 四足歩行獣の身体と巨人の上半身を併せ持った翼持つ化け物。


 左右のこめかみには巨大な角が後頭部に向かって伸び、筋骨隆々の体躯には六本の腕が生えていた。

 そしてその腕すべてに長大な曲刀やら長剣、槍が握りしめられている。



「こんな化け物、この天空城には存在しなかったはずだぞ? しかもこいつ……」



 奴の身体の異常さはそれだけではなかった。

 頭の天辺からつま先まで、すべてが機械のようなもので作られていた。



「排除……排除……侵入者を駆逐する……」



 奴は相変わらずの機械音を吐き出し、戸惑っていた俺に有無を言わさず襲いかかってきた。



「は、速い!」



 一瞬のうちに距離を詰めてきた奴は、ほぼ同時に三本の剣で俺をミンチにしようと攻撃を繰り出してきた。

 そのスピードは先程までとは明らかに異なっていた。

 一作目主人公の攻撃速度が俺の速度に切り替わったぐらいの違いがある。つまり月とすっぽん。



「マジかよっ」



 何度も何度も距離を詰めてきては振り下ろされる攻撃を、俺はひたすら避け続けていた。


 本来の俺の持っていた力さえあれば、おそらくこんな奴はけちょんけちょんだっただろうが、先の王国側との戦闘により魔剣を破壊された俺は、そこから供与されていた力のすべてを失っている。


 しかも魔法も封じられ、今となっては攻撃手段は拳のみ。


 それって凄腕剣士って呼べるの!? とノリツッコミしたくなったが、それでもなんとか激しい攻撃をしのげているのはひとえに俺のスピードが奴を上回っているからだった。


 魔剣の力がなくともラスボスゆえに身体能力は高い。

 だからこそできる荒技とも言える。



「だが、このまま逃げ続けていても芸がない。なんとかして奴の懐に飛び込んで――」



 俺は逃げながら悪魔みたいな姿になっている元黄金騎士様の隙を窺っていたのだが、そんなときだった。


 すべての攻撃を避けられて激おこになってしまったのか、突然奴の動きが止まったかと思った次の瞬間、胸の部分がいきなり左右にパカーンと開き、そこから高出力砲がぶっ放されていた。



「どわ~~! ふざけんなっ。お前、ビーム攻撃とかできんのかよっ。チートかよ、チート!」



 間一髪避けたが、髪の毛の一束ほどが消えてなくなってしまった。

 危うく初っぱな転生し直すところだった。

 俺の背後にあった壁も、跡形もなく溶けてなくなってしまっている。

 お陰で丸く開いた穴から草原や湖の姿がよく見えた。



「ホント、メチャクチャだよ。あのクソ開発陣、ラスボスのゲームバランスもクソだったし、コロコロコロリン使ったバグ技とか、あり得ないくらいの致命的ミスだったのに、その上、こんなわけのわからん奴まで出してきやがって」



 まぁ今いるこの世界があのゲーム世界の中というわけではないだろうから、開発陣に文句言っても始まらないし、そもそも、そんなくそったれなゲーム仕様だったから俺はこうして生きていられたのだから、あのゲーム会社には感謝しなくちゃならないんだろうけどな。



「だけど、あんなもの何発も打たれたら、さすがにまずいぞ? ギリギリかわそうと思えばかわせるけど、その前に城が木っ端微塵になっちゃうからな」



 そんなことになったら大事だ。

 せっかくの最強課金アイテムが一つも回収できなくなってしまう。



「さすがにそんな結果は受け入れられないよな?」



 俺は恐怖するわけでもなく、なぜか逆に心が躍ってしまった。


 この追加ダンジョンというか隠しダンジョンに入れるのは事実上俺だけだ。

 そして、実際にこの城があったということは必ず、古代の遺産であるあれが眠っているはずだ。


「俺が持ってる知識と微妙に違ってるところがあるから、その辺が多少気になるところではあるけど、とにかくだ。さっさとあんなゴミ屑野郎倒して課金アイテム回収して、二作目舞台のあの国に向かってやる! 待ってろ、俺のわくわくライフ! 待ってろ、二作目ヒロインの聖女ちゃん!」



 俺はニヤッと笑って自殺行為とも取れるような軌道を描いて、一直線にメカ悪魔に向かって突進していった。


 刹那、強烈な光と共に高出力砲第二射が放たれたが、殺気を事前に察知した俺は横っ飛びにかわして一気に懐に入り込む。

 同時に、六本の腕が頭上から振り下ろされたが、俺の動きはそれより速かった。


 渾身の力を込めて叩き付けた拳が巨人の胴体と四足歩行獣の繋ぎ目部分に炸裂した。

 ガゴーンという金属音が謁見の間全体に強烈な反響音となって響き渡る。

 そして――



「くたばっちまえよっ」



 叫ぶや否や、更に力を加えた俺の一撃によって、遂に耐えきれなくなったメカ悪魔は破壊されたボディから火花を散らせて吹っ飛んでいった。


 壁に激しく叩き付けられる巨人。それだけに留まらず、奴はそのまま壁に巨大な穴を穿ち、室内から外へと飛び出していった。



「ふむ。我ながらに完璧な討伐計画だったな」



 遙か彼方に吹っ飛んでいったメカ悪魔は大草原を滑空していき、丁度森が差しかかった辺りで大爆発を起こして木っ端微塵に消し飛んだ。



「ふぅ。やっとやっつけたか。だけどあのロボットみたいな奴、調教して使い魔にできたらかっこよかったんだけどなぁ」



 なんだかもったいないことをしたような気もしたけど、あいつ、人の話聞きそうになかったしな。

 まぁ仕方がない。


 俺は軽く手をパンパンと叩いて埃を払うと周囲を見渡した。

 そこら中に巨大な穴が開いていた。

 中ボスを倒したからといって特に何か起こるような気配もなかった。



「まぁゲームじゃないしな。俺がよく知っているあのゲームに似た世界だけど、実際にこうして転生して生きているわけだし、どっかに存在している異世界ってことなんだろうな」



 そんなことを考えながら、玉座まで歩き、かつてそこに座っていたであろうこの城の主のことを思い浮かべたときだった。



「――よもやあれを倒してしまう人間が、今のこの世に存在しているとは思いませんでした」



 突然、背後から声が飛んできた。


 なんの前触れもなく、生き物の気配すら見せずに現れたそれにびっくりして振り返り、更に俺はぎょっとした。

 数メートル先――丁度謁見の間中央辺りにおかしな奴が浮遊していたからだ。


 立体映像ホログラムのような少女が。

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