2.ジークフリードという男
俺は目の前に並ぶ死屍累々――ではなく、掘っ立て小屋に頭をめり込ませて足をピクピクさせてる奴や、家々の間の地面に仰向けに倒れて鼻血出してる奴とか、とにかく、そこら中で気絶している盗賊どもを見下ろしながら手をパンパンと叩いた。
「まったく。手加減するの苦労したぞ? 何しろ記憶戻ったばかりでもやっとしてるから、どのぐらいの力だと死なないかなんて、まったくわからないんだからな」
多分だけど、一作目主人公たちによって封じられた俺の魔法や、既に失われているあの力がない状態であっても、全力で殴ったら骨は粉々。内臓破裂でこいつらは即死していただろう。
一応筋肉の鎧は着込んでいるけど、そんなものはなんの役にも立たない。
だって、俺の攻撃は衝撃波も伴うからな。
どすんって入ったあとで、遅れて攻撃の余波が飛んでくる感じ。
あれ、多分、振動的な攻撃だから、防御力無視攻撃みたいなものなんだよねぇ。
実際にゲームやってたとき、何度クソげぇかって叫んだことか。
最強装備で防御固めたのに防御力無視攻撃とか、ふざけんなよ。
おまけにこのラスボス、魔法障壁と物理障壁まで張ってるから硬いのなんのって。
HPうん十万とかあるのに、攻撃千とかしか当たらないしな。
しかも、ラスボスは即死級の攻撃してくるとか。
そんなだからみんな根負けして、DLCP(ダウンロード・デジタルコンテンツ・パッケージ)シナリオの中にある、あの究極課金アイテム使って倒したんだけどな。
「まぁ、実際にはバグ技もあったから、金払いたくない奴は課金なんかしなくてもよかったんだけど」
当時、ネット上ではバグが発見されたと大騒ぎになっていた。
コロコロコロリン酒というただの強壮剤(気付け薬。気絶を回復)を使うと、なぜかラスボスが寝てしまい、ダメージを与えられると報告が上がっていたのだ。
それゆえ、このバグ技を使うと結構簡単に倒せるということで、通常エンディングが見たい奴らはこぞって使っていたものだ。
まぁ、結局しばらくしてから修正が入って使えなくなってしまったんだけどね。
「だけどこいつのせいで、この世界の俺、主人公たちに取っ捕まったらしいんだよねぇ」
ゲームではただそれだけの効果だったんだけど、この世界でそれが現実に起こった場合どうなるかなんて、ちょっと考えればわかること。
寝ているところをとっ捕まえるか、剣をぶっ刺して殺してしまえばいいだけ。
そんなわけで、戦闘中に大量にばら撒かれた酒のせいで、主人公たちは寝ないのに俺だけ爆睡するという謎現象が起こって、あっさり捕まってしまったというわけだ。
「――まぁ、バグ技のことなんかこの際どうでもいいや。過去を振り返ったって仕方がない。これで当面の資金と食料を調達できるしね」
俺はブツブツ言いながら、薄汚い掘っ立て小屋の中に入り、金と食料品などの物資、それから回復薬などの道具類と武器などを調達した。
全体的になんか薄汚い感じだったけど、ないよりはマシ。
金目のものはさすがに盗賊のアジトなだけあり、がっつり溜め込まれていたので討伐報酬として色々もらっておくことにした。
その辺に落ちていた道具袋を拾い、詰められるだけ詰める。
金は一応この国の金貨や銀貨だが、余所の国でも使えるはず。
二作目、三作目の舞台は隣国だが、通貨単位は変わってなかったしな。
武器の長剣は残念なことに、その辺に転がっていそうななまくら。
これならグーで殴った方が強いんじゃ? とか思ったけど、一応拝借しておいた。
とまぁそんな感じで、長剣は剣帯ごともらって腰に下げ、それ以外の色んなものは背中にしょって、家を出た。
「て……め……ぇ……まちや……がれ……」
俺はあの場所へと向かうためにアジトから外へと出ていこうとしたのだが、丁度、盗賊団頭領の近くを通ったときに、虚ろな目をした
「あ~……ごめんなさい。俺、急いでいるから、また今度ね!」
そう言って俺はニコニコしながら去っていった。
◇◆◇
盗賊団のアジトをあとにした俺は課金アイテムを回収すべく、ひたすら南の森の中を分け入りながら、俺が持つゲーム知識と実際にこの世界で生きたジークくんの記憶のすりあわせ作業を行っていた。
終末世界ラストアルマゲストシリーズ一作目のラスボス。
十八歳。黒髪黒瞳。美丈夫。少し童顔なところがあるのでニヒルでクールなナイスガイというよりかは、ちょっとだけ可愛い感じの男の子。
口調がいつもどこか芝居がかった感じで、子供時代に多くの男の子が一度は体験する――かもしれない夢想病を患っているかのような少年。
伯爵家の長男として生まれ、何不自由のない生活を送っていたが、五歳の頃、宮殿に大挙して押し入ってきた王国兵により、両親である伯爵夫妻が囚われの身となってしまった。
罪状は国家反逆罪。
財務大臣を務めていた父親が私腹を肥やすべく、国庫内に溜め込まれていた金銀財宝を横領したというのが二人を拘束した王国側の言い分だった。
両親は何度も無実だと訴えたがすべて退けられ、結局、見せしめのためにギロチンにかけられ殺されてしまった。
この事実を知ったジークフリード――ジークは怒り狂い、王国への復讐を誓う。
こうして彼は、お家取り壊しになる前に、自らが住む伯爵家の宮殿地下奥深くに封印されていた古代から伝わる家宝の宝剣である魔剣へと手を伸ばし、呪われた力を手に入れた。
この力は使用者のすべての力を増大させる一方で、見返りとして生贄を差し出さなければならないという本当にいかれた代物。
しかし、復讐のことしか考えていなかったジークにとってはむしろ都合がよかった。
王国中の人間を生贄に捧げるだけで、絶大なる力が手に入るのだから。
そういったわけで彼は、黒いローブの男としてそこら中で暗躍し、各都市の領主に働きかけては彼らをそそのかしていった。
自分は表舞台には決して立たず、ただひたすらに闇に身を潜ませ、あおり続けた。
結果、野心を刺激された領主たちが王国に反旗を翻し、クーデターが勃発。
多くの兵たちが死傷する中、ジークは犠牲者たちによって生み出された憎悪や怨念すべてを魔剣に吸収させて、力を増大させていった。
自分では誰も殺さず、戦争を遠くから
その末に魔剣からもたらされた知識と力を使って、古代に失われた古代魔法の数々を復活させた彼は、遂に本性を現し、各都市の領主たちを率いて王家に宣戦布告する。
この事態を憂えた王国側は、救国の英雄たちを集い徹底抗戦に出る。
最終的に戦争に勝利した主人公側は、見事ジークフリードを追い詰めて討ち取った。
それが、第一作目の大まかなストーリーだが、実はジークの両親は正真正銘の冤罪で、彼の家族を死に追いやった張本人が別にいることも、物語の中で描かれている。
それが、長年仕えてくれた執事だった。
彼が裏で財務官僚と共謀して国の金を横領していたのである。
結局、真犯人は捕らえられ処刑されたが、物語最後の対決シーンで主人公たちに「仇は討ったからもうやめろ」と言われるも、ジークは聞く耳持たず、戦闘に発展。
その末に、真エンディングか通常エンディングが流れてゲームが終了となる。
どちらのエンディングを迎えても、ジークは死亡する。
――これが、俺が覚えているジークフリード・オルフェリンゲンというラスボスにまつわる一作目ストーリーの全貌である。
そして、俺が持つゲームの知識と、ジークくんが持つ実際の記憶とでは多少の食い違いこそあったものの、ある程度は一緒だった。
本来、ゲームではそこら中に屍が築かれたが、実際には小競り合いこそそこいらで起こったものの、企みのほとんどが未然に防がれ、最終戦争に発展する前に野望が打ち砕かれてしまったという。
ある意味、真犯人や王国側にすべてを奪われ、一人踊らされただけの悲劇的な悪役とも言える。
ともかくだ。
親が殺される前に記憶を取り戻していたら、まるっきり違った人生を味わえたんだろうなと思うと、本当に悔やまれる。
朧気ではあるが、前世の記憶は蘇ったが、ジークフリードとして過ごしたこれまでの記憶もすべてではないが、なんとなく覚えているからなお、そう思えた。
「だけどまぁ、俺が記憶を取り戻すきっかけとなったのはラスボス戦で気絶したからだろうし、そこで記憶を取り戻してなかったら結局は破滅一直線だったことを考えれば、このキャラ――というか、俺の第二の人生はこうなる運命だったと言うより他ないんだけどな」
だがそれでも、今の俺にはゲーム知識がある。
なんとしてでも生き抜き、俺が慣れ親しんだあのゲーム世界と同じようなこの世界を思いっ切り満喫してやる。
そしてその上で、もし万が一、すべての元凶である一作目舞台のこの国がまた同じような過ちを犯したそのときには、この俺自らの手で裁きの鉄槌を下してやればいいだけのこと。
それがジークくんや彼の亡くなった両親への手向けになるはずだから。
鬱蒼と樹木の生い茂る正真正銘、不気味で薄暗い森の中をひたすら南下しながら、俺は決意を新たにするのだった。
◇◆◇
「さてっと、多分、地理的に見てこの辺だと思うんだけどな?」
どれくらい時間が経ったかわからないが、多分一日後ぐらい。
ただひたすらに今後の明るい未来を考えながらそこへとやってきた。
盗賊のアジトでありがたく頂いた世界地図に従って進んできたから多分間違いないはず。
俺が手に入れようとしている課金アイテムはDLCPの中のアイテムだけど、この課金パッケージ、実際には追加シナリオパッケージなんだよね。
なので当然、最強課金アイテムだけじゃなくて、それ以外のアイテムとかも手に入ったりするんだけど、それが手に入る場所っていうのが、いわゆる追加ダンジョンなのだ。
一度そこへ入ってクリアさえしちゃえば、二回目以降はアイテムボックス内にある転移アイテムを使えば一発で行けるようになるのだが、初回はいちいちそこに足を運ばなければならないという。
その上、ダンジョン内で待ち構えているボスまで倒す必要がある。
「まぁ、あのボスはラスボスより弱いから、そのラスボス張本人である俺だったら余裕で倒せると思うんだけどね」
課金パッケージは全部で四パック販売されたが、俺が欲しいのはその第一弾で追加されたアイテムだけだから、ダンジョンの最下層に行く必要はない。
最下層まで行くためには発売された課金パックすべて買わないと奥に進めない仕様になっていた。
この世界でそれがどう反映されているのかはわからないが、第一弾パックで行ける場所であれば、ボスも強くはない。
最下層に行くと、俺より強い裏ボスなんてものがいるから超ヤバいんだけどね。
「まぁどちらにしろ、一刻も早く課金アイテム全部回収して、二作目世界でわくわくライフな毎日送りたいから、ダンジョン攻略だのボス討伐だの、ただただ面倒なだけなんだけどね」
俺は周囲を見渡した。
ここはこの王国最南端に位置するロマーナ大森林の中。
南のノインシュベラ帝国との国境線沿いに山脈があるのだが、そのたもとまでこの森が繋がっていて、今いる場所は丁度、山のふもと辺りのはずだった。
あのゲームでは普通にプレイしていると、経験値やレアアイテム狙いでこの森を頻繁に訪れることになるのだが、おそらくこの世界の人間はこんなところには来ないだろう。
俺が持っているジークくんの記憶によると、俺を捕縛した主人公たち以上に強い連中はこの国にはいないし、また、この森の魔物は主人公たちよりも遙かに強くて凶悪。
つまり、良識ある大人たちはこんなところに来るはずがないというわけだ。
そういった危険極まりない場所にあるのが追加ダンジョンの入り口である。
まさしくこの世界の人間にとっては隠しダンジョンと呼ぶに相応しい場所だろう。
「――と、あれかな……?」
俺は周囲を包み込むように天高くそびえ立つ大樹の間を縫うようにして、そこへと足を踏み入れた。
鬱蒼と生い茂る枝葉のせいで、昼間なのに夜のような暗さの中、そこだけが怪しげな光を漂わせていた。
森と岩山の丁度境界線の闇の中。
草がぼうぼうの森の中にあって、そこだけが何も生えておらず、虹色に輝く如何にもな魔方陣みたいな紋様が描かれ、その周囲を同じ色した蝶々が飛び回っていた。
「よ、よし……行くぞ!」
俺は生唾を飲み込み覚悟を決め、勢いよく飛び込んだ。
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