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 立ち寄った和菓子屋で大福をお土産に買ってから、お茶に修司たちも誘われた。

 新しくできたというカフェは、店先に小さな向日葵が咲いている。店内も白を基調とした明るい内装だった。


「どうぞ、みんな好きなもの頼んでいいよ。祈夜姉の奢りだから」


 叶夜の一言に、女子たちがショーケースの中にたくさん並んだケーキを選びに、ガタッと立ち上がる。


「先輩たち、まだ食べるんですか?」


 別腹別腹~ なんて言いながら魔女先生もるんるんと立ち上がる。魔女先生のおなかも、いったいどうなっているんだろう。


「ここ来る前にタルトとクレームブリュレを食べてるんだよ、祈夜姉」


 苦笑いしながら叶夜が教えてくれる。

 はい、知ってます。大きな口開けておいしそうに食べてるのを実際に見ました。


「叶夜さんは、お菓子作り趣味なんですか?」

「うん。結構楽しいんだよ。でも始めたきっかけがね、祈夜姉が作って~って駄々こねたからなんだ」

「あ、なんだか想像できます」

「『アメリ』って映画があってね。それにクレームブリュレが出てきたんだよ。それを作ってってせがまれてね。簡単そうでこれが難しいんだ。バーナー使うし、祈夜姉は火が怖いって言って自分で作ろうとしないし」

「へぇ」


 もっと話を聞きたいと身を乗り出したところで、女性陣たちがケーキとドリンクを持って、ほくほくした表情で戻ってきた。男性陣もどうぞ、と言われて叶夜と一緒にドリンクを選びに席を立った。

 たくさんの種類があるケーキを前に悩みに悩んだ末、修司はクレームブリュレとアイスティーを注文した。叶夜はアイスコーヒーだけを注文して、修司の分まで一緒に支払ってくれた。


「あとで祈夜姉に請求するから大丈夫」


 そう言って軽くウインクされた。これだからイケメンは、と無意識に思ってしまうほどかっこよかった。


「あ~、美味しい。冷たいクレームブリュレは本当に美味しいわ。あ、カスタードの中にラズベリーが入ってる! 甘酸っぱい~ あぁ、アメリにも食べさせてあげたい~ ねぇ叶夜~ 今度これ作って作って~」

「また今度ね」


 魔女先生と同じものを食べながら、修司はそのやりとりを眺めていた。


「先生って、双子だったんですね」

「そうよ」


 この顔とおんなじ人がもう一人、と考える。お姉さんも、魔女先生と同じようにお菓子をねだったりしてたのだろうか。それとも二卵性で、魔女先生とは似ても似つかない人だったのだろうか。


「桜夜姉も、お菓子お菓子ってうるさかったよね」


 疑問はさっそく叶夜が回収してくれた。


「あー、私が毎日うるさいみたいじゃないの」

「実際そうでしょ。今日はあれの気分、今日はこれの気分、って……作る直前になって言い出すんだもん」

「だって気分なんですもの」


 見た目は似ていなくても、魔女先生と叶夜は言動が似ていた。大人になっても語尾に「だもん」なんてつけて、ほわほわした雰囲気も、そっくりだった。


「桜夜さんって、どんな人だったんですか?」


 なんとなく気になって修司は口を開いた。


「あ、すみません、不躾なことを」

「いいのよ。もう四年も前のことだもの」


 魔女先生は嫌な顔一つしないで、まるで本の内容を話すときのように嬉しそうに話してくれた。


「桜夜お姉ちゃんもね、いつも本ばかり読んでたの。それであれこれ空想するのが好きだったの。ファンタジー小説とかよく読んで聞かせてくれたわ。その中に出てくる魔法の呪文をいくつも知っているのよ。私もよく魔法をかけてもらったわ。それからね、植物を育てるのも上手でね、部屋にはいろんな鉢植えが置いてあったのよ。ハーブとかも育てていて、自分でブレンドしてハーブティーとかにもしてたわ。あれもすっごく美味しかった~」


 植物に囲まれている、魔女先生そっくりの顔の女性を思い浮かべる。なんだかお姉さんの方が魔女っぽいような気がした。


「家の中にも鉢植えがいっぱいあったのよ。お花の元気がなくなると、お姉ちゃんのところに持ってくるのよ。『お願いね』って。お姉ちゃんが面倒を見るとお花が元気になるの。なにか特別なことしてるんじゃないかって、よく聞かれてたけど、そんなそぶりもなくてね。ただ水をやっているだけなんです、って困った顔して答えていたわ。それで元気になったら、元の持ち主さんが迎えに来てくれるのよ」


 話を聞いて、父のことを思い出した。この世界には、少なからずそういった特技みたいなのを持っている人がいるのかもしれない。


 それにしても魔女先生、本のことを話すときと同じくらいに饒舌にお姉さんのことを話している。それだけ、大好きだったんだろうな、と思えてきた。


「お姉ちゃんね、私と違って何でもできて、愛想もよくて、みんなから愛されていたの。お父さんも、お姉ちゃんのことしか見ていなかった」


 ちょっとだけ、寂しそうな声になった。魔女先生が少し考えるようにストローを回すと、アイスミルクティーと一緒に氷がカラカラ、と軽い音を立てた。


「お姉ちゃんね、大学卒業の時に駆け落ちしたの」


 普段聞き慣れない単語に、修司たちはつい「駆け落ち?」と声をそろえた。声が大きかったようで、別の席から視線が飛んでくきて、慌ててみんなで人差し指を立てて、しーっと牽制し合う。

 それでも、駆け落ちなんて危なっかしい気配の言葉だ。


 魔女先生は両肘をテーブルについて、窓の外をぼんやりと眺めながら話してくれた。


「就職も結婚も決まってたのに。婚約者の人に断って。長野だったかな、駆け落ちしちゃった。今思えばお姉ちゃん、お父さんたちの言うことなんでも聞いていたから、なにか、たまっていたのかもしれないわね。私は私だって、私が決めるんだって。あのとき、お姉ちゃんはクレームブリュレのカラメルを割ったのかも」


 ぱりん、と残ったカラメルをスプーンの背で細かく砕いた。


 そっか、と修司もクレームブリュレに残ったカラメルを、スプーンの背でぱりんと割った。魔女先生の話を聞くところ、自分の殻を割るのは、さほど難しいことじゃないのかもしれない。


「でも、ちゃんと私や叶夜には連絡取ってくれたのよ。私は元気です、幸せですって、お手紙をくれたの」


 駆け落ちした数年後、インフルエンザをこじらせて肺炎になって、あっけなく亡くなってしまったという。


「死ぬ前にもう一度、会いたかったなぁ」


 死ぬ前に、という言葉に、修司は永時を思い出した。

 ぼんやりと呟く魔女先生の、穏やかで切なそうな表情が、修司の脳裏に焼き付いた。


 *


 すっかり話し込んで、カフェから出ると西の空が茜色になっていた。東の空は藍色に染まっていて、白い月が昇ってくるところだった。

 別れ際、また全員そろって二人に頭を下げた。


「ごちそうになりました!」


 魔女先生が首を横に振る。


「ううん、みんなつきあってくれてありがとう。桜夜お姉ちゃんのお話、たくさんできて楽しかったわ」 

「桜夜姉、どっかで今日のこと見てたんじゃない? お盆は死んだ人が帰ってくるって言うし」


 叶夜の言葉に、修司はなんとなく空を見上げた。もし、桜夜さんが見ているのならあの辺じゃないか、なんて見当をつけたりしてみる。


 帰ってくる、か。

 一人、病室で本を読んでいた永時の姿が、頭をよぎった。


 あいつも、お盆になったら帰ってくるのかな。それとも、未練ったらしく修司の後ろをついてくるだろうか。見えないのをいいことに、お菓子をこっそり味見しようとするだろうか。


 なんて、縁起でもないことを考えながら神無月姉弟と別れた。無性に、永時の顔が見たくなって、走って電車に乗り込んだ。

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