2

 暖炉の火がはぜる音が心地良い。

 濡れた上着も靴も脱いで、大きなバスタオルに包まれて、僕はホットミルクの入ったカップを両手で抱きかかえるようにして座っていた。

「どうですか。落ち着きましたか」

 自分も紅茶を淹れながら、彼は言った。

 端整な顔立ちと赤味のブロンド、白皙の肌、すらりと長い手足。おとぎ話か何かの主人公のような外見の、若い男だ。口から出るのは流暢な日本語で、それがとても、非日常を思わせる。

 街の喧騒はどこへやら、パチパチと鳴る暖炉の火と、身じろぎをした時に軋むソファの音、それから、彼が動く度にスルスルと鳴る衣擦れの音だけが世界だった。

 何口かホットミルクを啜って、カップをテーブルに置く。

 彼は何かを急かすことも、聞き出そうとすることもなく、ただのんびりと紅茶を飲んでいた。

「あの…」

 意気込んで声を掛けたが、先が続かない。

 僕は俯いて口籠った。視線が宙を彷徨う。

「もう来客の予定もありませんから、どうぞ楽に。こういう商売ですからね、無理に何かを聞いたりもしませんよ。聞いて欲しいなら聞きますが」

 ぱらり、と手元の本の頁を捲りながら彼は言う。

 そっけないように見えて口調は優しく、どこか温かい。

 時が止まったような部屋でしばらく、そうしていた。

 実際彼は本を読み、紅茶を飲む以外は、特に何もしなかった。時計すらない部屋では、どれくらいの時間が過ぎたのか不明だ。とても長い間そうしていたようにも思うし、ほんの僅かの時間だったのかもしれない。

 いれてもらったホットミルクの半分を飲み、やっとのことで僕は顔を上げた。

 ちらり、と彼がこちらに視線を寄越す。

「あの―――僕は、その、カトリックでもプロテスタントでも無いのですけど、それでも、聞いてもらえますか」

 僕の問いに、彼は生真面目そうな表情のまま、ぱたりと手元の本を閉じた。

 ゆったりとソファに腰かけたまま、敵意のない表れに足を組む。その足の上に両手をトンと置いた。

「紅茶を、淹れ直しましょうか。必要でしょう」

 そう言って2人分の紅茶が用意された。

 植物柄のカップに濃い紅緋色の液体が注がれていくのを眺め、僕は無意識に溜息をついていた。

 誰かと一緒に、こうしてお茶を飲むのは初めてだったから。

 湯気の立つカップを手で包んだ。

「僕は、善人じゃない」

 そう、切り出した。

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