告解【完結済】
なごみ游
1
うだるような夏の暑さが過ぎ、存在すら疑われる程に短い秋が駆け抜け、街はいつの間にか寒い寒い冬を迎えていた。
どこか熱に浮かされたような喧噪が包む街中は、色とりどりの眩しいイルミネーションが溢れている。行き交う人々の顔にはどことなく楽し気な笑顔が浮かんでいるように見え、それが一層、当てもなくふらふらと彷徨う自分をみじめな気分にさせていく。幸せそうに笑う家族連れ、恋人同士に見える男女、大声で何かを話しながら騒ぐ若者達―――雑踏の中に見えるそういった現実と、自分自身が大きく乖離しているように感じて……疎外感を覚える所為だ。
離人感だけが増して行く。
ふらふらと、覚束ない足取りのまま、僕は喧騒から逃れるようにひとつ外れた通りに入る。
車が通りすぎて行く音、人の騒めき、それらが急に遠ざかった。
アスファルトを踏みしめる音がやけに大きく聞こえ、ひと気のない、冷たく冴えた空気が顔の火照りを和らげてくれる。この体を歩かせているのは果たして自分自身なのか。それすら曖昧で、理解し難い。
人通りの無い道路を右に折れ、左に折れ、もはや何処へ向かっているのか自分でも判らないまま、ただ歩いた。足はとっくに疲れ切って、前へ前へと機械的に送り出し続けているだけ。どこに向かいたいのか、何を目指しているのか、そんなことを考える余裕すらない。
そうやってどれくらい歩いただろうか。
行き止まりの先、住宅街の中に開けた広場のような。
公園でもなく、空き地でもなさそうな、その場所を前に、僕は途方に暮れて立ち止まった。戻れば良いだけなのに、それもできなくて。
茫然と立ち尽くして、そうして―――溜息をついた。
それが例えば、小さな神社だったとしたら、こんなにも迷わなかっただろう。祠だけの場所であっても、休ませてくれと誰にともなくそう断って座り込むことができたのだろう。或いは、お寺だったとしたら、それでも、こんなにも迷わなかっただろう。お堂の脇で少し、座り込んで休めたのだと思う。
だが、見る限り、そこは教会だった。
僕は無信心だ。無神論者という訳ではない。むしろ、多神論者だと認識している。神や精霊といった目に見えない上位の存在を否定していない。ただ、何となく肌で感じているというだけで信仰している訳ではない。
ありとあらゆる場所に神様は居て、けれど、神様は神様の都合で動いているものだから、人の願いや祈りとは無縁のもの。いくら雨を望んでも、龍神のご機嫌がなければ雨は降りはしないし、いくら争いを厭うても、闘うことを推奨する神がいる限り人の世から争いが消えることはない。
半ば諦めのような、半ば、運命というものを自分で飲み込みやすくするための理由付けのような、そういうものが『神』だと―――そう認識しているからだ。
だが、そこは教会だった。
僕が思うような場所じゃない。
そこには絶対的な『神』が御座し、人に対して善為れと説く。
だから、立ち止まり、立ち尽くしたまま、僕はそこに入ることも、引き返すこともできなくなっていた。
どれくらい、そうしていたのか。
ぽつり、ぽつりと、雨粒が頬を叩く。額から流れた雨が顎へと落ちていく。凍るように冷たい雨が体温も感情も奪っていくように思えた。見る間に雨脚は強くなり、上着も靴も通り抜けて雨が浸み込んだ。ぐずぐずとした感触はすぐに消え、冷たさすら感じなくなる。
妙に火照ったような、自分の熱で乾いた目の周りを雨が冷やしていく。
ふと、人影が見えたような気がした。
黒尽くめの、若い男のように見えた。
「寒いでしょう。入ったらどうですか」
入口に立ったまま、彼は言った。
赤味掛かったブロンドの髪が揺れている。
見た目からは想像もつかない流暢な日本語に、僕はふらふらと、招かれるようにしてそこへ近寄った。
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