連絡先

 あの黒猫さん、ナツメさんは一体なんなんだろう?

 人の言葉を喋ったり、私がテレパシーみたいなのを使えるようにできたりと、不思議な力がある。

 どうにも人の文化にも明るいみたいだし、ナツメさんの事を知っている人が何人かいた。


 そういえば、初めて出会った時に色々と呼ばれているって言っていたことを思い出す。

 最初は単純に、ただの猫さんとして名前を付けられているのかと思っていたけど、昨日の事を考えると、不思議な力がある猫さんだと知ったうえで名前を付けられているのかもしれない。


 昨日出会った童子とうこちゃんと都月つつき先輩とは、どうやら以前からナツメさんと親交があったようだ。


 都月先輩に、童子ちゃんの捜索をお手伝いしたお礼として学食をおごってもらい、その帰り道、三人……二人と一匹? は、どんな関係なのかと聞いてみた。


「僕は真琴先生と出会った時に、ハカセを紹介してもらったんだ」


「さっきも真琴先生というお名前が出ていましたが、大学の先生なんですか?」


「ああそっか。咲月さんは先生とは会ってないんだっけ? そうだよ、大学の教授」


「その大学の先生とナツメさんはどういったお知り合いなんでしょう?」


「……ナツメさん? ああ、ハカセの事? 僕も聞いてみたことがあるんだけど、真琴先生、はぐらかして教えてくれなかったんだ。でも、すごく仲が凄くいいんだよね、真琴先生とハカセ」


「そうなんですか。ナツメさんと、どんなお話しするか聞いてみたいですね」


「その内きっとそう言う機会が訪れるよ。そういえば、ハカセの事をナツメさんって呼んでるだ? もしかして、夏目漱石からとった?」


「うっ! ……はい。そんなにわかりやすいですか?」


「まあ、なんとなく気づいちゃう程度には?」


「……ううっ」


 ナツメさんにも言われたけど、そんな安直なのかな……。

 しょんぼり。



「おはよー早花」

「おはー早花ちゃん」


「おはろー二人とも」


 教室に入ると、先に席についていた二人が声をかけてくる。

 今日の一限目の授業は旧館の一階で行われる。

 二人が座っている席は、相変わらず後ろの方の席。

 教壇がある場所から緩やかな傾斜を上り、途中、教室の真ん中あたりで中塚君も見つけたので手を振って、蒼の隣に座る。


「ねえねえ、明日のフィールドワークってさ、私達一緒なんだよねー?」


「げっ! 明日だっけ?!」


「蒼、忘れてたの? そうだよ、雪花ちゃんも中塚君も一緒」


「知ってる顔がいるのは安心するよねー」

「ねー」


 蒼の鼻先で、雪花ちゃんと手を合わせる。


「何するんだろー?」


「わかんない。フィールドワークなんて初めてだし」


「最初は自己紹介と簡単な講義の説明じゃない?」


「かなー?」


 三人で明日の話をしている時だった。


「おはよう、咲月さん」


 と、後ろから声をかけられた。


「え、都月先輩? おはようございます? どうしたんですか?」


「うん、良かったら連絡先を聞いておこうと思って。もしかすると昨日みたいなことがまたあるかもしれないからね。ハカセも咲月さんの事を気に入っているようだし。先槻さんも、何かあったら連絡してくれていいから」


 相変わらず優しい綺麗な笑顔で話しかけてくる都月先輩。


「あ、いいですよ! スマホスマホスマホ」


 鞄の中をガサガサと探してスマホを取り出し、QRコードを表示する。


「はい、OK。僕からも何か頼むことがあるかもしれないから、その時はよろしくね?」


「私が手伝えることでしたら、大丈夫ですよ」


「そんな無理なことを頼むつもりはないから安心して? 僕もハカセもね」


「わかりました!」


「それじゃあ、咲月さんまたね。お友達も、急に来て驚かせてごめんね」


 手を振り去って行く都月先輩に、私も手を振り返す。

 その爽やかな笑顔に、他の女子も先輩の事を見ていた。


「イケメンというか綺麗な人だったね」


「だよねー」


 雪花ちゃんが目をぱちくりしながら言うので、私も頷いた。


「なあ、咲月……」


「どうしたの中塚君?」


 なぜか今度は中塚君が私のそばまで来ていた。


「その……えっと、あいつ、誰だ?」


 少し歯切れが悪く聞いてくる。


都月つつき ゆう先輩。三回生なんだって」


「何で三回の先輩なんて知ってんだよ。前からの知り合いか?」


 なんだろう、中塚君の機嫌が凄く悪い。


「ううん。昨日知り合ったばっかり」


「……昨日って、夕方、さっきの先輩と学食に来てたよな?」


「あれ? 中塚君学食にいたの? そうだよ。お夕飯奢ってもらっちゃった」


「昨日知り合ったばっかりの先輩にか?」


「ああ、えっとね? たまたま迷子の女の子を見つけたの。その女の子を探していたのが都月先輩で、女の子を見つけてくれたお礼って事で、お夕飯を奢ってもらう事になったの。私も最初は断ったんだけど、女の子が一緒に行こうって言ってくれたから、ご馳走してもらう事にしたの」


 喋る黒猫さんの事を話すわけもいかず、少しごまかしながら話す。


「なるほど。じゃああの和服を着てた女の子がそうなのか」


「うん、そうだよ。童子とうこちゃんって言うんだって。和服がすごくよく似合ってる可愛い女の子だったよ!」


「……それだけか?」


「うん? それだけって? ご飯食べた後は普通に帰ったけど?」


「そっか。……学食美味かったか?」


「うん! 美味しかった! ちょっとボリューミーだったけど」


「値段も安いし、結構遅くまでやってるから、また今度みんなで行こうぜ。なあ長月、水神楽みかぐら?」


「おー、今度四人で行こ―。中塚君とこないだ行ったけど美味しかったもんね。また奢ってくれー」


「はあ? 次は自分の分は払えよ、安いんだからさ」


「中塚君けちやん」


「蒼も行こうね? ……蒼? おーい蒼?」


「ああ、うん。今度ね」


 珍しく、蒼いの機嫌が悪い。

 中塚君の機嫌はすぐに良くなったみたいなのに。


「蒼、どうしたの? どうしてそんなに機嫌が悪いの?」


「……」


 蒼はほんの少しだけ、私をじっと見た。


「は~ぁ。なんでもなーい!」


 大きくため息をつくと、私の頭をそっと撫でてくる。

 もう機嫌は良くなったのか、いつも通りの蒼に戻っていた。


 午前の講義が終わり、教室で昼食を食べる。


 蒼はお弁当、私と雪花ちゃんはコンビニでパンとジュースを買ってきている。


「それにしても、早花が知らない男の人と仲良くなってるなんてねー。びっくり」


「そう? 早花ちゃん結構社交的だと思うから、私はなるほどー? って思っとったけど」


「あー、雪花は知らないか。早花、こう見えて人見知りなんよ?」


「え?! まじで?」


「中学校ん時、まじで喋らんかったよ」


「もう、中学校の時の事はいいやん! 忘れてよー」


「やーだ。あの時の大人しい早花は可愛かったのにー。今では私の知らんところで男をひっかけてきおってからに……よよよ……」


「言い方! 引っかけてきたて! 人聞きの悪い!」


「あははは、ほんと、早花は変わったなあ」


「蒼のお陰だよ」


「ん」


「二人はほんま仲いいよねー」


「そりゃあ、中学から一緒やったからね」


「そう言えば、蒼ちゃんと中塚君も仲いいよね?」


「……はあ?! わっとっとっと!!」


 雪花ちゃんが突然そんな事を言って、蒼がウインナーを落としそうになっていた。


「やっぱり雪花ちゃんもそう思うよね?」


「だよね? だよね?」


「……まあ遠慮なく話せるって意味では、中塚は話しやすいよ」


「あー結構すびずばツッコムもんねー、蒼ちゃん」


「他の男子はさ、ちょっと仲良くなったと思ったら、次の日告白とかしてくるんやもん。うんざりやったわ」


 蒼が渋い顔をして話す。


「蒼ちゃんモテたもんねー」


「何が嫌だったかって、私だけに告りにくるんならいいんだけどさ、早花を巻き込む奴が多くて多くて」


「そうなの? 早花ちゃん」


「うん。蒼に今好きな人いるのか? とか、俺の事をどう思ってるか聞いておいてくれないか? とか。嫌だって言ったら、非協力的だの、モテない奴の僻みだのとか言われたこともあってやんなっちゃう」


「うわ、サイテー。……あ、勉強合宿の時の事件ってそれの事か」


「……うん」


 私も今、蒼と同じような渋い表情をしているんだろう。



 あれは、高校二年の時だった。

 夏の勉強合宿の時の事だ。


 私達がいた高校は、夏休みに入ってすぐに勉強合宿がある学校だった。

 進学科ならではの行事だったのか、他の科もよく似た行事があったのかは知らないけれど、二年生と三年生の二回、山の中にある大きな施設を借りて行われていた。


 進学科は全部で四クラス。

 全クラス合同で何かすることってそんなになかったから、よく覚えてる。


 女子から人気があるB組の男子が四人集まったグループと、蒼と私、それからクラスメイトの二人でグループを作ることになった。


 一日目から、男子の態度は露骨だった。

 あからさまに蒼にばかり話しかけて、残りの私達とはテキトーに話すだけ。

 初めは蒼も黙っていたけれど、途中からすっごくイライラしてた。


 その男子の中の一人が、蒼の事をよく知っている私に、蒼の事を聞きに来たのが事件の始まりだった。


「長月ってさ、好きな人いんの?」


「え、知らないけど……」


 急に話しかけられて、内心驚きつつ返事を返す。


「は? なんで知らねえんだよ。使えねえな」


 突然話しかけられたと思ったら、あんまりな言われように、開いた口がふさがらなくなった。


「こいつさ、今長月と良い感じなんだよ。最終日に告白するらしいから、協力してほしいんだよ」


「告白するのは好きにしたらいいと思うけど。協力って、なんでいきなり使えないって酷い言い方する人に、協力なんてしなくちゃならないの? 人に向かって使えないって酷いこと言うようなあんたらに、私が協力してあげてもいいってなると思ってんの?」


 さすがに腹が立ったので、はっきりと思ったことを言う。

 前までの私だったら、何にも言えずにビクビクしてたんだろうなって思った。


「なんだよこいつ。まじで使えねえ」


「おい、気にすんなって。こいつどうせさ、モテないからって僻んでんだろ?」


 モテないのは事実だけど、別に僻んではいない。


 そう言おうとした時だった。


「あ? 早花がなんだって?」


 一部始終を聞いていた蒼が姿を現して、男子四人を睨みつけた。


「あ、いや! これはちょっと、咲月さんと話をしてただけで……」


 ワタワタと弁解するように話す男子たち。


「全部聞いてたわ! 二度と話しかけんな!」


 今まで怒る所を何度か見て来たけれど、怒鳴り声をあげたのを見たのは初めてだった。


 蒼に告白しようと考えていた男子は、その一言で泣き出して、このことが一斉に広まってしまい、男子たち四人はしばらくの間白い目で見られることになった。



「はえー、そんな事があったんだ。私その時の事、ちょっとしか聞いてなかったからねー。と言うか、嫌なこと思い出させてごめんよー」


「ううん。私は別にもう気にしてないから」


「あいつらと比べると、中塚ってチャラくないし、ちょっと横柄なところあるけど、気づかいできないわけじゃないから、良いやつだよね」


「……そっか。確かに中塚君っていいやつだよねー」


 一瞬、雪花ちゃんが悲しそうな表情を浮かべたような気がしたけど、気のせいだったのか、いつものほわっとした笑顔を浮かべていた。


 私は、紙パックのグレープフルーツジュースをずずずっと吸う。


「恋愛かー。興味がないわけじゃないけど、自分が告白したり、告白されたりってまったくイメージできないなー。二人はいいよね? 蒼は元々モテてるし、雪花ちゃんも普通に人気あったし」


「私って人気あったの?!」


 雪花ちゃんが驚いていた。


「え、普通に告白とかされてたって聞いたことあるけど」


「あーうん。告白されたことはあるよー」


「雪花ちゃん可愛いもん。優しいし、のんびりしてるところとか、私めっちゃ好き」


「え? えへへへ。よせやい!」


 頬を両手で押さえ、いやんいやんとくねくねしている。


「……そっかー。私、ちょっと頑張ってみようかなー?」


 そう言って、前髪をちょいちょいといじって雪花ちゃんは言う。


「でも敵いそうにないんだよねー」


 快晴の空を見上げ、小さく独り言ちる雪花ちゃん。


 どんなことを想って雪花ちゃんがそんな事を言ったのか、私にはわからなかった……。

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