人探し
ピコンッ!
スマホにメッセージが届く。
「後ろの端に座ってるけど、早花どこー?」
蒼からだった。
「いま着いたところだよ……っと」
メッセージを返し、教室に入り後ろの方を探すと、蒼が手を振っていた。
「おはよ」
「おはよう。この時間には着けるんだ?」
「満員電車で心が折れそうだった……」
「あははは……。お疲れ様」
今日から講義が始まる。
一限目は必修科目なので、大きな教室に同じ学科の一回生全員が集まっている。
少し遅れて、雪花ちゃんがやってくるのが見えた。
「おーい、雪花ちゃーん!」
私が声をかけると、嬉しそうにテコテコこちらにやって来る。
「おはよー。二人とも早いねー?」
「私も今着いたところだよ」
「そうなんだー。私さー、間違えて旧館行っちゃって迷子になっちゃってさー。ややこしくない―?」
「あー、新館と旧館で呼び方一緒だったよね。両方使うからちゃんと覚えとかないと」
確か、去年あたりに増築していた新しい建物が完成して、今年から講義にも使うようになったと、何処かで聞いた覚えがある。
因みに、私達が今いるのが新館。
まだまだ出来立てって感じのする白い建物。
入試を受けた時に入った建物が旧館で、見た目からも結構古いってわかる。
旧館は床がリノリウムなんだよね。
「あ、中塚君だ。中塚君呼んでいーい?」
雪花ちゃんが見ている方を向くと、中塚君が教室に入ってくる所だった。
「呼んでも良いけど、あいつ目そんなに良くないから来ないんじゃないかな?」
「えっ、そーなん? 蒼ちゃん良く知ってるね? 早花ちゃんも知ってるん?」
驚いている雪花ちゃんが私の方を見るけど、勿論私は知らなかったので、首を横にぶんぶんとふる。
「何で蒼はそんな事知ってるの?」
「あー。席替えの時にさ、中塚がいっちゃん後ろの席になった時に、見えんから変わってくれって言ってたの見たんよ。そん時に私の横の席になったからさ、目悪いん? って聞いたら、一番後ろじゃなかったら見える程度って言ってたんだよ」
「ふーん?」
「へー?」
私と雪花ちゃんで、蒼の顔をじーっと見る。
やっぱりこの二人って仲いいよね。
「何か言いたげな顔をしているけど、何か?」
あっ。
蒼の目が笑ってない。
「なんでもないよっ! ね? 雪花ちゃん?」
私が慌てて雪花ちゃんに話を振ると、雪花ちゃんもふんふんと首を縦に振る。
「よう、朝から元気だな」
私達が話しているのに気づいたらしく、中塚君が近くまでやって来る。
「中塚君おはよー」
「おはよー。中塚君となりくる?」
「あー……」
雪花ちゃんが隣の席をぽんぽんと叩くと、中塚君はその場でホワイトボードの方を見る。
「悪い。流石にこっからだとホワイトボード見えんわ」
「そっかー、残念だー。蒼ちゃんが言ってた事って本当だったんだー」
「そういや長月には話したことあったっけか」
「中塚、眼鏡せんの?」
「俺、これでも視力1.0なんだよ。お前らが目が良すぎるだけなんだよ……」
中塚君にジトーッとした目で見られてしまった。
四人で話していると、スピーカーから鐘の音が教室に響く。
よくある学校のチャイムとは違い、聞き慣れないその音楽に少し驚いてしまう。
ざわざわと騒がしかった教室が、少しずつ静かになっていく。
ほんの少し遅れて、スーツを着た女の人と、私服姿の男女二人が一緒に入って来て、先頭の机に本を並べていく。
「おはようございます。新入生の皆さんは、最前列の机に置いてある教材を取りに来てください」
いよいよ本格的に、私のキャンパスライフが始まるのだった。
一限目終了のチャイムが鳴り響く。
「九十分は思ったよりしんどい……」
「私は寝そうになっちゃったよー」
「蒼も雪花ちゃんもあくびしてたもんね」
「早花は真面目にノートとってたよね」
「そりゃあね。一個でも単位落としたら、一人暮らしやめさせられるんだもん」
「えっ?! 早花ちゃん一人暮らししてるの?!」
「あれ? 話してなかったっけ?」
「初耳! えー、めっちゃ羨ましー!」
「移動しながら話そうよ。次、教室違うんだしさ」
「あ、そうだね」
新館から外に出ると、目の前には噴水のある大きな広場。
二限目の講義がない人たちがいるのか、キャッチボールをして遊んでいる人たちの姿も見える。
三人で話しながら、人の流れに逆らわず歩くと、茶色い建物の旧館が見えてくる。
「一階だったよね?」
「だよ」
「これ終わったらお昼でしょー? 講義二つしか受けてないのにお昼って変な感じー」
旧館に入る。
深緑のリノリウムの床を、コツコツと音を立てて歩く。
たったそれだけの事なのに、少し大人になった気分がして、楽しくなってくる。
ふと前を見ると、中塚君の横顔が見えた。
中塚君は知らない男の子達と楽しそうに話しながら、前を歩いていた。
知らない人ともう仲良くなったのかな?
私もその内、蒼と雪花ちゃん以外の誰かと仲良くなったりするのだろうか?
蒼も雪花ちゃんもコミュ力高いから、二人は友達を増やしていくだろう。
私は……ちょっと自信がない。
蒼のおかげで引っ込み思案な所とか、人見知りな所は随分ましにはなったけれど、完全になくなったわけじゃないからね。
……気にせずのんびりやっていこう。
大学生活は、始まったばかりなんだから。
今日は四限目まで講義があり、初めての九十分の講義と久しぶりの勉強なことも相まって、私達三人はお疲れモードだった。
「疲れたー」
「こっから帰らなきゃいけないの、すんごい気が重い」
「わかる。帰ったら十九時過ぎてると思うしー」
「二人とも気をつけて帰ってね?」
「早花ちゃんは、こっから近いのー?」
「十五分ぐらい」
「いいなー!」
「えへへー。一人暮らしの特権だよね」
「ねね。今度遊びに行っていい?」
「いいよー」
「やったー! 絶対行くー!」
「それじゃーまた明日ねー」
「バイバーイ!」
「早花、また明日」
「うん、また明日」
二人を途中まで見送ってから、私も帰る。
一人になると途端に寂しくなるのは、まだ今の生活に慣れていないせいだろう。
寂しさを紛らわせるために、今日の夕飯を何にするかを考える。
冷蔵庫の中に何があるのかを思い出しながら歩いていると、
「にゃー」
猫さんの鳴き声が聞こえて来た。
キョロキョロと周りを探して見ると、植え込みの中から黒猫さんが歩いて出て来た。
黒猫さんはその場でちょこんと座ると、周囲を確認するようにきょろきょろと首を動かす。
思わず私は、
「ナツメさん?」
と、声をかけた。
「ご機嫌よう。大学の帰りかな?」
相変らず、低くて渋い声で話すナツメさん。
「うん。今日から講義が始まるからね」
「今、時間はあるかね?」
「うん、あるよ? 何かご用事?」
「今、人探しをしていてね。良ければ手伝ってもらえないかな?」
「人探し? 猫さん探しじゃなくて?」
「人の姿をしているから、人探しで間違いはないよ」
「手伝ってあげたいんだけど、ナツメさんその人の写真とか持ってないでしょ?」
「ああ、写真など無くても、一目見ればわかる出で立ちをしておるよ。見た目は十歳ほどの女児で、着物を着ていてね。そんな恰好をした女児は他におらんよ」
「それだったらわかるかも。見つけたらどうすればいいの?」
「なら、吾輩を抱きかかえてはくれまいかな?」
「えっ! いいのっ?!」
「うむ」
私は手をワキワキと動かし、そおっとナツメさんを抱っこする。
ナツメさんの毛艶は凄く良く、野良猫とは思えない程綺麗だった。
「失礼するよ」
ナツメさんは一言そう言うと、いつかの夜の時の様に、私の額に前足をポンとおいた。
『吾輩の声が聞こえているかな?』
突然ナツメさんの声が、頭の中に響くように聞こえて来た。
「わっ?! びっくりした。今のナツメさん?」
『うむ。テレパシーと言えばわかるかな? お前さんも使えるようにしておいたので、試してみると良い』
「どうやって使うの?」
『吾輩の事を考えながら、頭の中で喋る感じだ』
目を瞑り、言われた通りにやってみる。
『ナツメさん。聞こえますか?』
『聞こえておるよ。お前さん、中々筋が良いらしい』
私は今、「人の言葉を喋る猫さん」と、「テレパシーを使って」話をしているという、普通に生きているだけでは、絶対に体験できないようなことを体験している。
そのせいか、凄くワクワクしている私がいる。
「お前さんは大学周辺を探してくれると助かる。吾輩はもう少しこの辺りを探してみるのでね」
「わかった。それじゃあ行ってくる!」
ナツメさんに手を振って、私は元来た道を戻り、大学方面へ向かう。
キョロキョロと周りを探していると、ナツメさんがテレパシーで事情を話してくれた。
探している女の子は、今日この街へ着いたばかりだった。
本当は、別の人がその子の面倒を見ていたのだけれど、少し目を離したすきにその女の子は姿をくらませたそうだ。
面倒を見ていた人はその場を離れることが出来ず、こういう問題が起こった時に手伝ってくれる子が、運悪く今日は用事があり来られない。
急遽ナツメさんに声がかかるものの、未だに発見できずにいた。
そんな折に、私と遭遇したのだそうだ。
陽が沈みかけ、周囲が薄暗くなり始めた時、大学から少し離れた所にある小さな公園で、朱色の綺麗な和服を着た小さな女の子を見つけた。
「うーん。ここの桜じゃないのか。それでも影響を受けているみたいねー」
そんな事を言いながら、桜の木の下をくるくると踊っている。
『ナツメさん。それっぽい女の子を見つけたよ。大学の近くにある、桜の木がある小さな公園って言えばわかる?』
『そんなところに居ったか。今からそちらに向かうから、その子の近くにいてやって欲しい』
『わかった』
私は女の子の近くに行き、声をかける。
「こんにちは。素敵な踊りだけど、そろそろ帰らなくて大丈夫なの?」
怖がらせないように、出来るだけ優しく声をかける。
「あら、言われてみれば。夢中で気づかなかったわ」
女の子は踊るのをやめて、空を見上げる。
「私に何か用かしら?」
「えっと……」
喋る黒猫さんに人探しを頼まれたと話しかけたけれど、そんなことを話しても信じてもらえないだろうと思い、どう答えるかを考えた。
「とある人から、和服を着た女の子を探してほしいってお願いされてね。そうしたら、あなたを見つけたから」
「ああ、それは私で間違いないね。なんだ、結局優は来なかったのか」
「ゆう?」
「私の面倒を見てくれる予定だった男の子の名前だよ。その子がいなくてつまらなかったから、出かけたのよね」
そう話す女の子は、少し寂しそうに見えた。
「やれやれ。出かけるなら出かけるで、一言声をかければいいものを……。おかげでこの子を巻き込んでしまったではないか」
私達の姿を見つけたナツメさんがやって来て、ため息交じりに話す。
「おや、教授。この子はあなたの差し金だった訳ね?」
「うむ。急いで戻ってやらんと、真琴が可哀そうだろうて」
あれ?
この女の子、ナツメさんの事を今「教授」って呼んだような……。
それに、小学生くらいの年とは思えない程、喋り方がしっかりしている。
というか、猫さんが喋っていることに全く動じることなく、普通に会話してる?
「それもそうね。あなた、ごめんなさいね、私の身勝手に巻き込んじゃったみたいで」
「ううん。素敵な体験ができたから、私は楽しかったよ」
「へえ? いい子じゃない」
「吾輩もそう思うよ。さて、もう少し付き合ってもらっても良いかな?」
「まだ何か用事があるの? 私に手伝える?」
「いや、もう用事は終わりだ。君にお礼をしなくてはね?」
「え?! そんなのいいよ? 見返りを求めて手伝ったわけじゃないもん」
「それは理解しているさ。だからと言って、お礼をしてはいけない訳じゃなかろう?」
「そうそう。子供は遠慮しなくて良いのよ。さ、行きましょう」
女の子は私の手を握り、私を引っ張って歩き始める。
「あ、ちょっと?」
私は二人に連れられて、大学の中へ。
暗くなってもまだ学生はそれなりの人数がいて、黒猫さんと小さな女の子に引っ張られて歩いてる私を、不思議そうに見ている人が何人かいた。
大学内の広場にある噴水が近づいた時だった。
「
眼鏡をかけた、長身で優しそうな顔立ちの男の人が、慌ててこちらに近づいてきた。
「あら、優? 来れないんじゃなかったの?」
「真琴先生から、童子さんがいなくなったって、すっごく焦った声で電話がかかってきたから、急い大学まで来たんだよ。ここに来て先生に話を聞いたら、ハカセに頼んだっていうから待ってたんだよ。ハカセ、ありがとうね?」
「んにゃー」
今度は教授じゃなくて、ハカセと呼ばれたナツメさんは、人目がある事を気にしているのか、人の言葉は喋らず鳴き声で返事をした。
「えっと、君も手伝ってくれたんだね? ありがとう。僕は
「あ、えっと! 私は、咲月 早花です。一回生です」
都月先輩のあまりに綺麗な笑顔に、少しドキッとしてしまった。
イケメンって言うより、綺麗な人って言ったほうがぴったりな人だった。
「優、私お腹すいたから、学食いこうよ」
「え、いいけど」
「早花もおいで。優に奢らせるから」
童子さんと呼ばれた女の子に、そんな事を言われる。
「えっ?! そんなの悪いよ?!」
慌てて断ろうとするけど、
「いいのいいの! これは、私を探してくれたお礼だから。優もいいでしょ?」
「そうだね。僕からもお願いするよ。後で真琴先生に請求しておくし」
結局二人に押し切られて、私は学食へ行って、お夕飯をご馳走になる事になったのだった。
「先輩ご馳走様でした」
「おう、待たせてすまんかったな」
四限目が終わり、俺は先輩との待ち合わせの時間まで、図書館で読書をして時間を過ごしていた。
途中先輩から、急用で待ち合わせの時間には間に合わないとメッセージが入った。
「まさか手続きにめっちゃ時間とられるとは思わんかったわ。マジすまん」
「いえ、こうやって学食奢ってもらいましたし、気にせんでください」
「一はいいヤツやな!」
先輩と話していると、
「学食ってこんな時間までやってるんですねー?」
聞き覚えのある声がしたので、慌てて声のした方を確認する。
知っている顔が、きょろきょろと周りを見ながら、学食に入って来たのを見つけた。
俺は慌てて顔を背ける。
「どしたん、一? あの子がなんか気になんの? お、結構可愛い子やね?」
「高校のクラスメイトです。帰ったんじゃなかったのか」
もう一度咲月の方を見る。
何故か和服を着た小さな女の子と手を繋いでいた。
どういう関係だ?
カウンターで注文をする咲月を見て、俺は驚いて目を見開いた。
知らない男と、どこか楽しそうに話していた。
そのことに、俺は酷い焦りを覚えるのだった。
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