お泊り

「お邪魔しまーす!」


「いらっしゃーい」


 鍵を開け、部屋の中に入る。


 キャリーバッグを引っ張っている蒼を駅まで迎えに行き、マックで昼食を済まして私の部屋へ。


「へー良い部屋じゃん!」


 荷物を置いて、早速部屋を物色しだす蒼。


「もうぬいぐるみとか置いてるし」


「可愛くていいでしょう? と言うか、このぬいぐるみ、蒼がくれたんじゃん」


「中学の誕生日のやつでしょ? 覚えてるけどまだ持ってるとは思わんやん! 可愛い奴め―!」


 私に抱きついてスリスリしてくる。


 長月 蒼。

 私の中学からの友達で、高校も一緒。

 同じ高校から、同じ大学へ進学した六人の内の一人。


 ウェーブの掛かったセミロングの美人さん。

 黙っていると凄く綺麗なんだけど、喋ると可愛らしくなるちょっとずるい感じの女の子。


 あと、アニメや漫画とかゲームが大好きなオタクでもある。

 私も微妙に影響を受けている。


 中学高校と凄く男子から人気で、結構な回数告白をされているんだけど、全部断っているんだよね。

 何でだろう?



 言葉を話す黒猫さん、ナツメさんと出会ってから数日。

 あれから何度も出かけて探してみたのだけれど、結局会うことは無かった。


 夢……ではないと思うし、もう一度会って話をしてみたかった。

 猫さん用のお菓子とか食べるのかな?

 そんな事を考えていた。



 そして、明日はいよいよ大学の入学式。

 蒼は私の部屋でお泊りをして、一緒に大学へ行く約束をしていた。


「蒼、スーツ持ってきてるんでしょ? 皴にならないうちに掛けときなよ」


「あいよー」


 キャリーバッグからスーツを取り出し、私のスーツの隣にかける。


「私もここに住もうかなぁ」


 そう言ってモゾモゾとベッドの中に入ろうとする。


「え、ちょっと蒼。寝るつもり?」


「ああ、それも良いかも……」


「えー?! 何のために泊まりに来たの―っ!」


「え、入学式に楽に参加するため? 当日ぜったい電車込むやん。満員電車とかマジ勘弁」


「入学式終わった後も通うんだよ」


「たまに泊まりに来るからよろしく」


「はいはい、わかったからベッドから出てくる」


 布団にくるまって顔だけ出している蒼。

 私はぐいぐいと布団をひっぺ返そうとする。


「へいへい。そういえば、早花はサークルとかはいるん?」


「んー入らんかなー? 気になるのが出来たらその時はその時で考える。蒼は?」


「みーとぅー。あ、そう言えば、スーパー近いって言ってたっけ?」


「うん。歩いて十分くらい」


「じゃあ散歩がてらいくかー! お夕飯何が食べたい?」


「やたー! 蒼のご飯が食べれる―!」


 私も料理はするんだけど、私なんかと比べ物にならないくらい蒼は料理上手。

 中学校からずっと自分でお弁当を作って持ってきていて、何度かお弁当の交換したこともある。


「何食べたい?」


「何でもいいよ!」


「じゃぁお茶漬け」


「は?」


 私はジト目で蒼を見る。


「いや、は? じゃないが」


「あ、魚とか使った出汁茶漬けとかしてくれるん?」


「いや? お茶漬けの振りかけ」


「なんでよ!」


「何でも良いって言ったのそっちやろー!」


「だからってお茶漬けはないやん!」


「食べたいものって聞いて何でもいいって言ったんやからお茶漬けでもいいやろ!」


 蒼と取っ組み合い、言い合いをする。


「蒼の料理が美味しいから何でもいいって言ったの!」


「じゃあ私が作るんやからお茶漬けでもいいやん!」


「やだ!」


「わがまま! メニューを言いなさいメニューを!」


「……たこ焼き」


「……たこ焼き器あんの?」


「……ない」


「なんでやねん!」


 びしぃっと蒼が見事なツッコミを入れる。


「ぷっ!」


「あははははは! もう、にやけっぱなしでほっぺた痛い」


「私もー」


 結局、私がカレーを食べたいと言ったので、本日のお夕飯はカレーになりました。

 蒼のカレーが、これまた美味しいのだ。


 暖かい陽気の中、二人並んでのんびり歩く。

 会話が無くても居心地が悪くなることはない。



 小学生の頃は、引っ込み思案であまり友達もいなかった私。

 趣味と言う趣味もあまりなく、一人で過ごしてばかりいた。

 ただ別に、それで困る事も無かった。

 両親はそれなりに心配していたんだろうけど。


 中学に上がって蒼と出会ったおかげで、私の世界は広がることになった。


 一年生一学期の最初の席替えで、私の席の後ろになった蒼。

 ある日の授業中、私が消しゴムを落としてしまい、拾おうとした時。


 ゴツン。


 私の頭に何か硬いものがぶつかった。


「???」


 頭を押さえて周りを見渡すと、私と同じで頭を押さえて涙目でうずくまっている蒼。


「いったー! ごめん咲月さん大丈夫?」


「……う、うん。長月さんも大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。まさか全く同じタイミングで消しゴム拾うとして、頭ぶつけるとか。漫画みたいだったね。はい、消しゴム」


 その時まで私は、蒼の事をクールな女の子だと思っていて、少し苦手意識があった。

 でも、今目の前で、私が落とした消しゴムを渡してくれている女の子は、ニパっと可愛らしい笑顔を向けてくれていた。


「ありがとう」


 その瞬間、今まで持っていた苦手意識はどこかへ飛んで行ってしまい、私も笑顔で返事をすることが出来た。


 この事がきっかけで私と蒼はすぐに仲良くなり、蒼のおかげで引っ込み思案だった部分もましになっていき、友達も増えた。


 そこからずっと、何をするのも一緒だ。

 まさか同じ高校へ進学し、同じ大学、同じ学科へ通えるとは、思ってもみなかったけど。


 スーパーに入り、買い物カートを押しながら蒼の後ろを歩く。


「どんなカレーが良い?」


 蒼は振り返り、楽しそうに私に聞く。


「山菜カレーが良い! 私、蒼の山菜カレーめっちゃ好き!」


「よっしゃ、まかされた!」


 次々に食材をカートに入れていく蒼。


「あ、お米ってある?」


「あるある!」


「良かった。お米担いで帰るの嫌よ」


「そう言いつつ、カートに大量に入れてるこれは何かね蒼さんや」


「ぽてち! コーラ! チョコパイ!」


「太るぞ!」


「道連れじゃい!」


「しょうがないなー」


 そう言って笑いながら、私もカートにお菓子を放り込む。


 お菓子で余分に重くなった袋を引っ提げて帰り、すぐさまお夕飯の準備を開始する。


「私も一人暮らししたかったなー」


 蒼はそうぼやきながらも、たったか食材を切っていく。


「おじさんもおばさんも反対してるんだっけ?」


「そーなんよ。めっちゃ過保護! 原付の免許もめっちゃ渋ってたし」


「もう免許取ったの?」


「まーだー。今度一緒に行こうぜい」


「いくいく!」


 雑談をしながらも、一応私も手伝いながら料理を進めているので、あっという間に完成。


 完成した後は、お夕飯の時間までのんびりと映画鑑賞をすることに。


「これいつの映画?」


 さっきまでシスターさん達が綺麗な賛美歌を歌っていたと思ったら、急にノリノリで手拍子をしながら賛美歌を歌い出した。


「1992年だったかな? かなり昔だね」


「私達が生まれる前かー」


「これ、2もあるんだけど、どっちも面白いよ」


 聖歌隊のおかけで大盛況に終わったミサだったけど、院長さんがぶちギれている。


「――めっちゃ面白かった!」


「でしょ。2も見る?」


「見る見る!」


 蒼がお勧めしてくれた映画はとてもコミカルで笑えたし、最後はほろりと涙が流れるほど感動できた。


「で、早花はアニメの劇場版か」


「うん。これ何回も見てるけどめっちゃ好き!」


「あー、早花この子好きそうだもんね」


 ちょっとグロテスクなシーンが多いアニメだけど、私はもう何度も見ている。


「この呪いを解いてあげたいって決意するシーン、凄くカッコいいと思う」


 左手の薬指にはめられた指輪を見ていた少年が、決意を新たにこぶしを握っている。


「わかる。ちょっとウルッと来た」


 終盤は、二人でキャーキャー騒ぎながら楽しんだ。


 そうこうしているとあっという間に時間は過ぎ、外はもう真っ暗。


 夢中で映画を見ていたので、すっかりお腹もペコペコ。

 蒼が作ってくれたカレーとサラダを並べる。


「いただきます!」


「はい、召し上がれー」


 山菜と茸がたっぷり入ったカレーは、甘さ控えめでほんのりビターな味わい。

 ニンジンとジャガイモがゴロゴロ入っているカレーも大好きだけれど、私は蒼が作ってくれるこの山菜カレーが大好きだった。


「ふあー食べた! 満足じゃ!」


「明日の朝もカレーでいいっしょ?」


「もち!」


「じゃ、お風呂入ろうぜーい」


「ういーっす。え、一緒に入るん?」


「あかんの?」


「狭くない?」


「いや、私お風呂場見てないから知らんけど」


 二人そろってお風呂場を見に行く。


「入れるやん。はいろはいろー」


「まあいいけど」


 着替えの準備をして、二人一緒にお風呂に入る。

 ちょっと狭いけど、まあ入れない程ではない。


「わしゃわしゃ。お客さん痒いところはないですかにゃー?」


 蒼にされるがまま、頭を洗ってもらう。


「ないですにゃー」


「早花はいいね。相変らず地毛が綺麗な茶色で。しかも天然ストレートのロングヘアー」


「中学高校と大変だったの知ってるでしょー? 頭髪チェックで毎回引っかかるし、親に書類書いてもらって来いって五月蠅いし」


「そんなことあったね」


「高校の時は、蒼がこの子地毛ですって庇ってくれたことあったよね」


「あったあった。今に思えば、私のせいで悪目立ちしちゃったよね。はいお湯かけるよー」


「あー、まあそうだけど。私は嬉しかったよ」


「へっへっへー、照れるぜ。はい、トリートメント一旦終わり」


 クルンとタオルを頭に巻く。


「ん。じゃあ次は私が頭洗ったげるね」


「あいよー」


 この後も思い出話をしながらお互いの背中を洗い、二人湯船につかる。


「ちょいと狭いね」


「だから言ったのに」


「……ねえ早花」


「どったの?」


「今日迷惑じゃなかった?」


「いきなりどしたよ? 私めっちゃ楽しいんだけど」


「そっか! だったらいいや!」


 そう言って私に抱きつく蒼。

 ……少しのぼせかけるまでお風呂にはいってしまった。


 火照ったからだが落ち着いたころを見計らって、私と蒼はテーブルに買ってきたお菓子とジュースを並べ、携帯ゲーム機を取り出す。


「今日こそ下克上じゃー!」


「かかって来いやー!」


 いざ尋常に勝負が始まった!


「おーっほっほ、お先に失礼ですわー!」


 蒼の操作するキャラクターに赤い甲羅をぶつけ、横から抜き去る。


「何をしやがりますのー?! この人でなしー!」


 順位が一位になったと思った瞬間、私にも赤い甲羅が飛んでくる。


「ぎゃー!!」


「あーら品のない声をあげます事!」


 何故かお嬢様言葉でエキサイトしてしまった。

 こういう良くわからないテンションになる事ってあるよね。

 ……え、ない?


 お菓子とジュースも鱈腹口にして、ひたすら騒いで私達は遊んだ。

 そして、時計が零時半を回ろうとした事に気づいて、慌ててゲームを辞めて歯を磨き、寝る準備を始める。


 明日は大学の入学式。

 校門前で私も蒼も、両親と待ち合わせをしている。

 着替えたりお化粧したりと、それなりに準備する時間がいることを考えて、早めに寝ようと思っていた。

 もう若干遅いんだけど。


 一つのベッドで身を寄せ合って寝る。

 今日一日はしゃぎっぱなしだったせいか、すぐに眠気がやって来た。


 これならすぐに眠れそうだ。

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