荷物を取りたかった理由

 体感時間で、ボクが眠ったのは5分やそこらだ。

 寝る、と言ったものの8時間睡眠なんて取れるわけがなく、仮眠程度に休んで、落ち着きを取り戻す時間だった。


 入口のドアには、五十鈴が掛けられている。

 これがあるために、相手は侵入ができないのだろう。


「さて、と」


 バスローブの紐をきつく縛り、サオリさんが肩を回す。

 後ろでは、起きたばかりのカナエさんが何とも言えない顔で見ていた。


「サオリ。その恰好どうにかならないの?」

「着てきた服ボロボロだもん」

「目のやり場に困るわよ。ココアも」


 カナエさんを除くボクらは、バスローブの恰好。

 他に着るものがないためだ。

 ローブの丈は長いし、和服っぽい感じで、紐を締めておけば隠れる所は隠れる。


「とりあえず、これから厄介な怪物をどうにかするわけだけど」

「祓わなくてもいいのよ」


 カナエさんが言うと、二人は頷いた。


「場所が悪い。だから、祓わない。でも、入口を突破するには、どうにかして動けなくする必要がある」

「五十鈴で怯んでたよね」


 怪物の姿を思い出す。

 鼻は潰れていて、臭いは嗅げないと思う。

 やり過ごした時、あの場にはボクらの体臭が少なからず漂っていた。


 目は片腕で隠している。

 何で、視界を覆っているのかは分からない。


 舌は半端に千切れていて、声は変な出し方。

 片手には杖を持ち、場所を確認しながら歩いてきていた。


 人間で考えるなら、耳に意識が集中するのは当然だ。

 鈴の音が普通より大きく聞こえるに違いない。


「酒はない。塩も」

「ていうか、ホテルって裏口なかったっけ?」


 従業員が出入りする所だろうか。


「このホテルって、裏側に搬入口はんにゅうこうみたいな場所あったからさ。そこからなら、出られるんじゃない?」

「……ココア。頭良いな」

「あはは。お姉ちゃんバカだもん」


 頬を掴まれ、猫のように大人しくなるココアさん。

 今の状態だと、御堂を祓うための余力を残しておきたいだろう。

 となれば、やり合わなくて済む道があるなら、そっちを選んだ方が賢明だ。


「今、わたし達がいるココって、いわゆる別世界みたいなものでしょ。明かりは点いているのに、電気が通ってるのか、どうかもあやふやな場所」

「そうだねぇ」

「力づくで開けれるかな?」


 すると、カナエさんが首を横に振った。


「音でバレちゃうわよ。お母さんがバックルーム探してくるから。二人はハルト君をお願いね。ココア。おんぶしてあげなさい」

「らじゃ!」


 落ち着いて段取りを決めていた。

 さすがというか、何というか。

 あれだけ怖い目に遭っても、すぐ冷静になれる所は見習わないといけない。


 早速、ボクはココアさんの背中に乗っかる格好となった。

 カナエさんは五十鈴を肩に掛け、サオリさんは脇差を脇の下に挟むように持ち、頷いた。


「行くわよ」

「いつでも」


 シャリン。と、板を一度叩く。

 すると、扉の向こうから、バチャバチャと水の音が聞こえた。


 ドアノブを回し、ゆっくりと開く。


 廊下には、赤い水が浸水していた。

 カナエさんの足元には届かず、見えない壁でもあるかのように、水の壁が低い場所に出来上がっている。


「荷物……。取り戻したかったな」

「お姉ちゃん。諦めなよ」

「……クマの……ぬいぐるみ……」

「お姉ちゃん」


 意外と、ファンシーな物が好きなのかもしれなかった。

 ボクらはカナエさんに続き、再び呪いの箱の中を歩き始めた。

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