執着の理由

 五台の車は、ボク達を避けて地面に落下した。

 ボクの横には、cmの所に車のフロントがある。

 サオリさん達も同様で、間一髪の所だった。


「っぶねえええええええッッ!」

呪詛じゅそ返し間に合ってよかった」


 引き攣っているサオリさんに、ココアさんが絶叫しながら抱き着く。


「心配しなくても。ハル君には手を出さないよ」


 少し目を離した隙に、御堂はカナエさんの眼前に立っていた。

 ボクは腰が抜けてしまい、みっともなく震えているだけ。


「御堂さん。ちょっと、いい?」


 カナエさんが苦笑して問う。

 御堂は目もれないで、ボクの方を見下ろしていた。


「あなたって、好きっていう感情だけで、こんなことをしているの?」

「……悪い?」

「いいえ。でも、関係性について知りたくて」


 目玉だけが、ギョロリと動いてカナエさんを見据える。


「あなたの執着心は、どう考えても常軌を逸しているわ。あなたにとって、ハルト君は……何なの?」

「あら」

「あなた達のような泥棒猫が盗っていい子じゃないの。全部、ワタクシだけの物なんだから」


 カナエさんは、飽くまで笑顔のまま対話をした。


、……したのね」

「ええ」


 二人が何を話しているのか分からず、ボクは後ろの方を振り返る。

 その時、心臓を震わせるような怒鳴り声が響いた。


「こっちを見なさいよッ!」


 電柱や木に留まっていた大小の鳥たちが、一斉に飛び立つ。

 空高く飛んだ鳥たちは、バサバサと羽ばたき――全てアスファルトの上に落ちてくる。


「どうして、ワタクシから目を逸らすの? ねえ。誰のために、ワタクシが全員殺してやったと思ってるの? ねえ⁉」


 奥歯が震えて、ボクは御堂の足元に目を移す。

 すると、屈んだ御堂がボクに寄ってきた。


「ハル君はを飲み込んだんだよ?」

「ふぅ、はぁ、……はぁ」


 御堂の言葉は、一言一句余すことなく狂っている。

 ボクの培った常識が、全て言葉によって破壊されていき、堪らなく怖かった。


 美しい顔は、鬼の形相に変わる。

 目を剥いて寄ってくる御堂は、ボクの肩を掴み、腹の底から声を出した。


! ずっと一緒だったのに! 裏切るつもり⁉」

「ごめん、なさい」

「謝らないで! ねえ、ハル君。クスっ。……これ以上、ワタクシを怒らせるなら、これから毎日人を殺す。一日で、100人殺す。逃げれば逃げるほど、この土地から全ての人間をむくろに変えてやる!」


 鋭利な爪が、ボクの頬や首筋を撫でてきた。

 ボクは情けない事に、黙る事しかできなかった。


「あなたが、赤ちゃんの部屋を食べてから。もうセックスしてるんだよ。ねえ。ハル君。分かる? あなたの血や肉が、全部ワタクシと結合していく。ずっと交尾を繰り返して、卵のように孵化ふかしていくの」

「い、嫌だよ。怖い……」


 目を背けた途端、顎を持たれて無理やり焦点を合わされた。


「こっちを見てって言っ――」


 目を剥いた形相の御堂。

 その頭部が、半分ほど


 カン、と甲高い音が鳴り、道路を見る。

 御堂の隣には、車の破片が落ちていた。


「……あ……が……ゆる……さない……」


 爪が食い込み、鎖骨から胸に掛けて皮膚が削られていく。

 ボクの上には、動かなくなった御堂が倒れてきた。

 黒い煙にはならず、いつまでも肉片が残っている。


「間に合って、よかったね」


 脇の下を持たれて、後ろに引っ張られる。

 カナエさんは、姉妹のように敵対的な様子は見せず、むしろ哀れむような眼差しを向けていた。


 傍に屈んで、削れた頭部を見つめる。


「やっと、事情が分かった」


 次にボクを見つめて言った。


「どうして、この人が執着するのか。やっと、分かったわ」

「……どういう、事ですか?」

「私たちのような邪魔立てをする人達が、ここにいるって分かっていれば、衝突を避けるものよ。目的を果たす事が優先だもの。けれど、敵対してまでハルト君を奪うのは、さっき御堂さんが言ったように、旦那さんを想っての事ね」


 ココアさんにハンカチで顔を拭かれる。

 姉妹に手を握ってもらい、震えが収まるのを待った。


「ハルト君は、……蠱毒こどくの虫と結婚している」

「結婚、なんて。そんなの……」

「覚えてないのは、当たり前だと思う。たぶん、をしたのよ」


 深いため息を吐き、カナエさんは立った。


「行きましょう。今夜は別の場所で寝ないと。この分だと、本家が来る頃には私たちは死んでいる」


 六条家の人々が、ボクを調べれば調べるほど。

 ボクには覚えのない謎が浮上してきた。


 その謎は、確実にボクを苦しめていた。

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