寂しかった

 徒歩で坂道を下る際、カナエさんは斜め掛けカバンのような物を肩に下げていた。黒い板のような物があり、その内側に何個か鈴が付いているものだ。


 歩きながら、板をポンポン叩くと、鈴の音色が辺りに響く。

 全身に纏わりつく気持ち悪い空気が、鈴の音色と共に霧散むさんしていく。


 先頭を歩くカナエさんに続き、ボクは姉妹に挟まれる形で歩く。


「……うぅ。呪術嫌だぁ」


 ココアさんがしょんぼりして言うのだ。


「アンタ、わたしより耐性あるでしょ」

「それでも、痛かったもん!」


 そういえば、とボクは思い出す。

 電車の中といい、赤い霧の時といい、姉妹はまともに相手の攻撃を食らったはず。なのに、二人は当たり前のように生きている。


 御堂たちの口ぶりでは、死に至るほどの威力だろうと察しがつく。


「あの、二人って呪いとか平気なんですか?」

「死にはしない」


 サオリさんがハッキリと言った。


「先祖が呪術を使ってたおかげで、体中に耐性がある」

「でも、すっごい痛いの!」

「へ、へえ」

「おっきい彫刻刀を刺されてぇ! てこの原理で、グリグリ骨をやられてる感じ! ほんっと最悪!」


 普通だったら、気を失ってもおかしくない激痛だった。

 想像しただけで、トラウマ級の痛みを味わったのが伝わってくる。


「そういえば、さっき、式神とか使ってませんでした? 初めて見たけど。みんな、あんな感じなんですか?」

「ポン太郎? あいつは、この山の守り神だもん」

「ま、守り神」

「京都のイラっとくる、スットコドッコイとは違って。アタシは呪術で使役してるだけだから。式神でも、力の源が全然違うよ」


 サオリさんは周りを警戒し、いつでも抜けるように脇差を構えなおした。


「式神使う人は、周囲の気を紙に宿すか。自分の力。アタシの場合は、その場にいる幽霊とか、動物の思念体を紙に宿してるだけ。ポン太郎は、懐いてくれてるから。ああやって従順なだけだよ」


 何もない場所を指し、ココアさんが言った。


「ていうか、そこにいる」

「え⁉」


 ライトによって前方が円形に照らされ、少しだけ闇が透けている。

 暗くて見えにくいが、指した方には木と木の間に広がる闇しか見えない。


「……んん?」


 何もない。

 何も見えない。

 だが、目を凝らしていると、何かが存在を主張していた。

 例えば、ボクの手首ほどある太い枝が独りでに上下しているのだ。

 風は吹いていないのに、こずえ同士が擦れ合ったり、怪奇現象に近いことが起きていた。


「ねえ。お母さん!」

「なあに?」

「あの魔女。相当ヤバいよ! 町全体呑み込んでるんじゃない⁉」

「……ゆっくりしたいわぁ」


 暗に、休む暇がないと言いたいのが伝わってきた。


「恋する乙女は、盲目になるものねぇ。何だってしちゃうもの」


 しばらく歩いていると、ライトはあるものを照らした。

 それは、ココアさんの予想通りになっている鳥居の残骸。


 プー、プー、と耳障りな音が鳴り、焦げ臭いにおいが鼻につく。

 鳥居の片側には、軽トラックがぶつかっていた。

 一台だけではない。

 5台はあるか。


 徹底的に――。

 執拗に、ぶつけられたのが、残された車の跡で分かる。


「救急車を呼んだのだけれど。もう、30分は経ってるかしら」


 サイレンの音は、聞こえてこなかった。

 ボクらは車と車の隙間を縫うようにして歩き、外に出た。


 鳥居を出た所は、すぐ近くに十字路がある。

 十字路の隣には柵があり、その向こうは側溝があって、水田がいくつも並んでいる田舎風景。


 今は夜中で何も見えないはずだが、やけに空の闇は透けていた。


「ハル君……」


 車が一台も通らない閑静かんせいな道路。

 真ん中には、ボロボロになった赤いドレスを着た御堂が立っていた。

 爪を噛み、据わった目でボクらをジッと見つめている。


「……寂しかったよ。ハル君」


 これに姉妹が反応した。


「出たなあああああ! 魔女おおおおおお!」


 ココアさんは、姉の後ろに隠れてファイティングポーズを取った。

 サオリさんは全身から力を抜くが、目つきは今までの何倍も鋭い。


「ワタクシ、頑張ったの。どうしたら、ハル君を幸せにしてあげられるかな、って。毎日、イジメられてたものね。周りが憎いって、ものね」


 御堂の言葉を聞いて、姉妹はボクを見た。


「この町。……もらっちゃお?」


 ヒタヒタと歩を進め、御堂が近づいてくる。

 一歩進むごとに、アスファルトからは変な音が鳴っていた。

 パキパキと小枝を踏みしめるような、軽い音だ。


「もう、いいのよ? 苦しまなくていいの。全部、ワタクシが壊してあげる。だからね。――そいつらから、離れて」


 御堂の一段と低い声が、耳朶を刺激してくる。

 同時に、サオリさんの声が響いた。


「呪詛返しして!」


 紺色だった空が、一瞬にして真っ暗になる。

 何気なく、空を見上げたボクは、開いた口が塞がらなかった。


 ボクの頭上には、鳥居を破壊した車が浮かんでいた。

 不安定に揺れた車たちが、突然浮力を失う。


大禍おおまがを源流に戻してッ!」

「あ、ああああああッ!」


 腰の抜けたボクは、その場に座り込んだ。

 降ってくる車から目を離せず、全身に力が入る。

 辺りには、金属の弾ける轟音が響き渡った。

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