式神

 角刈りで大柄の男が、どこから侵入したのか。

 それが分かったのは、片腕で体を持ち上げられた時だった。

 ボクとココアさんが寄りかかっていた窓。


 どういう訳か、大きな穴が空いていた。

 まるで、時間だけが遅れているかのように、破片がゆっくりと畳の上に落ちていく。


「ったくよぉ。ガキ一匹くれぇに、何を執着してるんだか」

「……けほっ。ぐ、う、ぐ、うう!」

「暴れるなよ。オレはあいつと違って優しくねえ。お前の手足をバラバラに引きちぎったっていいんだぜ?」


 タンクトップとジャージのラフな恰好をしているせいか。

 男がいかに鍛え抜かれたガタイをしているのか、ハッキリと分かる。

 ボクの胸倉を掴んで持ち上げている腕は、太い血管が何本も浮かんでいた。


「こ、コア、ざん!」

「死んだっての。うるせぇガキだな」


 ココアさんの座っていた場所だけが、赤い霧に包まれている。

 濃度が濃すぎて、中では何が起きているのか分からない。


 怖くて、全身の筋肉が硬直してしまった。

 ガタガタと震えながら、赤い霧に目を向ける。


 バン。


 不意に、赤い霧から白い手が伸びた。

 窓の前にある、半端に開けた障子。

 そこに手が触れると、聞き覚えのある声が和室に響く。


「ポン太郎ッッ! 律令の如く従いなさい! 吹っ飛ばせッ!」

「んだと⁉」


 驚きのあまり、男はボクから手を離した。

 尻から畳に着地する瞬間、ボクは確かに見た。


 障子の枠に貼られた白い和紙が、独りでに形を変えて、奇妙な生き物が姿を現したのだ。


 頭はタヌキ。

 体は、ボクを持ち上げた男と同等の体つきをした、半裸の男。

 そいつが拳を握り、思い切りよく腕を振り回したのだ。


「ンごぇ!」


 男の顔面に大きな拳がめり込むと、ゆっくり形を変えて上体が傾いていく。とても人間の腕力とは思えなかった。


 ぱっと見、体重だけでも90キロ近くはある大柄の男だ。

 その巨体がパンチ一つで吹き飛び、襖を巻き込んで廊下に倒れ込む。


「ッはぁ、はぁ! うわあああああああ!」


 赤い霧が晴れると、中からは全身ミミズ腫れになったココアさんが現れた。なぜか、手には大きな蛇を持ち、噛まれないように頭をしっかりと押さえている。


「いぃぃぃやあああああああッッ! キッッも!」

「ご主人。どれ。小生が引き千切ってやろう」

「待って! 今離すと噛まれる! 死んじゃう!」

「ふふ。安心なされ。こいつの毒牙はすでに抜いた。ふははは。小生の手腕がなければ、ご主人は天に召していたであろう」


 野太い声で喋るタヌキの男。

 ふんどし一丁の恰好で現れたと思いきや、ココアさんに従属している様子を見せた。


「な、なに? 何が起きたの⁉」

「おぉ、少年。驚かせてすまない」


 厚い胸板を叩き、タヌキが口角を釣り上げた。


「小生。名をポン太郎という。ご主人の式神にして、この土地の長。小生が来たからには、もう安心」


 手の骨を鳴らし、廊下に転がっている男を睨む。


「フーッ。女子供を狙う不届き者は、小生が成敗してくれよう」

「ねえ! こっち! こっちをどうにかして!」

「……忘れていた」


 ポン太郎と名乗った男は、慎重に蛇の頭を持ち、巻き付いてくる尻尾を取ってあげる。が、両手が塞がった所を狙ってか、真横には黒い残像が伸びていた。


「この野郎!」


 お返しと言わんばかりに、ポン太郎の頭部を殴り、負けず劣らずの力で吹き飛ばす男。

 ポン太郎は「おっふ!」と叫び、窓を突き破って外に放り出された。

 相当頭に来たのか、男はポン太郎の後を追う。


 残されたボクは、その場で飛び跳ねて苦しむココアさんに寄った。


「こ、ココアさん!」

「イデデデデ! いだい、いだい! 全身刺されてる!」

「え⁉」

「呪術ぅぅぅぅ!」

「どうすればいいんですか⁉」

「お風呂おおおおおお!」


 叫びながら廊下に飛び出したココアさん。

 ボクは後を追いかけ、何気なく廊下の窓から外を見た。


「……なんだよ、これ」


 外には、たくさんの不気味な男たちが押し寄せていた。

 怒鳴り声を上げて、誰かに掴みかかろうとした途端、首だけが分離して宙を舞う。


 外にいるのは、サオリさんだ。

 ボクだけではなく、サオリさん達も襲撃を食らっていたのだった。

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