家系

 どうして、わざわざボクに対してココアさんが説明をしてくれたのか。

 それは、何事もなかったかのように、カナエさんが帰ってきてから家族を交えて話し合われた。


 居間のちゃぶ台前で、ボクは何だか具合が悪くなり、膝を抱えている。


「あらあら。霊薬なんて、まだ作ってる人いるのねぇ」


 腕の所にガーゼを貼ったカナエさんが、頬に手を当てて困ったような顔をした。


「実は、呪術師の本体を叩くために、色々探していたのよ」

「そこでぇ! アタシ考えましたぁ!」

「まあ、ココアちゃん元気いっぱい♪」


 立ち上がるなり、ココアさんはボクの隣に駆け寄ってくる。

 お腹を手で擦り、耳元で超大きな声で叫ぶのだ。


「じゃじゃーん! すでに血肉になってる説ぅ!」

「最悪の展開よ」


 サオリさんは冷静に言った。

 額に手を当てて漏らすため息。

 ボクは素直に同調した。


 言葉には出したくないけど、要するにボクは食べてしまったのだ。

 魔女の肉片を――。


「お姉ちゃんたちの話やハルト君の家に向かって調べた結果。あとあと! 普通の人間として、一般的な視点からも考えましたぁ!」

「まあ。偉いわ。お母さんにも、聞かせてちょうだい」


 本当にうるさい。

 ボクは今、耳に指を突っ込んでいるのだが、声量がとてつもなく、音を使って内臓がブルブル震わされているようだった。


 ボクが洗いざらい、覚えている事を話した時は、サオリさんが口を塞いでくれたからよかった。

 でも、一度喋り出すと、もう止まらない。


「魔女は、ハルト君が大好きなの!」

「まあ」

「てことは、不死にした目的は、永遠に傍に置きたいからでしょ!」


 言ったままである。


「お姉ちゃんと一緒にいた時、確認のために首を取ったみたいだけど! ハルト君を怖がらせちゃうと、嫌われるからァ! だから、必要以上に殺したりとか! 痛めつける真似はしなかったの!」


 目的を考えれば、分かるという。

 もしも、相手がボクの体だけを目的として、無理やりに奪うつもりなら、電車に乗っている時点で、大事故を起こすという。

 しかし、そうはならなかった。


 道を空けるために、車内に乗っていた人たちは動けなくした。

 だが、ボクだけは残し、本人がその場に実体ではない姿で現れたというわけだった。


「それでね! 霊薬を作る時って! グロいけど! 赤ちゃんを使うでしょ!」

「うう。本当に聞きたくない」


 聞いただけでゾッとする。

 どうして、昔の人が魔女を毛嫌いするのか。

 その理由がよく分かるというものだ。


 ボクや他の人が愛する魔女は、空想上だけなのかもしれない。

 あるいは、他にも色々な魔女がいて、良い人もいるのだろう。


 けれど、ボクを狙っている魔女は、そうではない。


「だけど、相手の目的は好きな人となること!」


 後ろから手を伸ばされ、頬をぐりぐりと手で捏ねられる。

 耳を塞ぐことができず、ボクはされるがままだった。


「自分を食べさせれば、好きな人と一緒にいられる!」


 サオリさんは腕を組んで、何とも言えない顔になっていた。

 そう。問題はここからだ。

 誰も言わないように、気を遣ってくれているけど。

 魔女の居場所は、すでに分かった。


 あとは、ボクの体に巣食った魔女をどうするか、が問題である。


「そっか。自分の肉体はなくなっても、同化すれば栄養源はハルト君の体から摂取できるものね」

「だけど、完全ではないと思う。あいつは、まだ肉片残してるんじゃないかな」


 何気にココアさんから頭を抱かれ、ボクは反応に困った。

 サオリさんは、人差し指を噛み、貧乏揺すりをする。


「完全に同化したら、ハルト君は、ここには入ってこれないし」

「もし、その時に入ったらどうなるんですか?」

「具合が悪くなって、立っていられなくなるよ」

「……心霊番組で、そういうの見かけますね」

「あんなもんじゃないよ。嘔吐は止まらないし、体中に発疹ほっしんが出る。悪い者に憑かれてる証拠だね」

「望みが残っていればなぁ。でも、どこにあるか分からないし。うーん……」


 一瞬だけ、重苦しい空気が漂う。

 張り詰めた空気を引き裂いたのは、ココアさんだった。


「お姉ちゃん! ファイッッ!」


 ファイティングポーズを取り、ココアさんは宣戦布告をした。


「……うぅ。嫌、だなぁ」

「呪術師とやり合うなんて。ふふ。平安時代以来じゃないかしら?」

「へ、平安?」

「あら。聞いてない?」


 カナエさんが柔らかい笑みを浮かべて、こんなことを言った。


「ウチはねぇ。芦屋道満あしやどうまんの家系なの」

「芦屋? す、すいません。そういうの、分からなくて……」

安倍清明あべのせいめいは知ってる?」

「はい」

「そいつとやり合ったの。でも、今母さんが言った呪術師は、別。他にも密教集団がいて、まあ、先祖様は色々と無茶をしたみたい」


 現代のボクからすれば、イメージが湧かないけど。

 大昔の平安時代には、様々な術者がひしめき合っていて、サオリさんの先祖様は貴族の女性に仕える人だったという。


 その女性が喧嘩っ早くて、誰彼構わず喧嘩を売った結果、呪術者が大勢押し寄せたという。


 これを退けてきたのが、芦屋道満。

 後に、清明と戦い、敗れた者である。


「へ、へえ」

「まあ、昔の話なんてしても、困るわよね」


 全然想像できない。


「さて、どうしましょうか」

「……外に出るのは危険だけど。相手の出所を探らないと」

「肉片が残っていれば、それを通して相手を燃やせるかも!」

「私、本家に連絡してみるわね」


 カナエさんが言うと、二人はあからさまに拒絶反応を示した。


「嫌だ! あのおっちゃん達うるさいもん!」

「わたしも同意。本当にイラつく」


 姉妹は、本家を毛嫌いしているようだった。

 困った様子でカナエさんは笑っていたが、そこに手助けを求めるほど、事態は深刻という事だろう。

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