霊薬

 塩湯っていうのは、浴槽に溜めたお湯に岩塩を放り込んで、溶かした湯の事だった。


 ボクも入る事になり、湯に浸かっていると、上がったサオリさんとココアさんが中に入ってきた。

 二人とも、湯舟をジッと見つめている。


「おわぁ。真っ黒……」

「んー……」


 あれだけ騒いでいたココアさんが、唖然としていた。

 彼女の言う通り、ボクが湯に浸かると、湯舟は白っぽい色から真っ黒に変色していく。


 ここ数日、お風呂を借りた時には、こんなことはなかった。

 ちなみに、ちゃんと体を洗ってから入っている。


「ハルト君。ちょっと立ってくれる」

「お姉ちゃんが性欲に目覚めたァ!」


 ココアさんの声が反響する。

 ボクは湯舟に口元まで浸かり、躊躇ってしまう。


「え⁉ 年下が好みなの⁉」


 サオリさんは耳を塞いで、しかめっ面。


「違うよ。気になる事があるの」

「男の子の裸が気になるの⁉」

「ココア。怒るよ」

「うああああああああ!」


 力の限り絶叫すると、ほとんど悲鳴に近い叫び声が響き渡る。

 我慢の限界が来たのか。

 サオリさんは片腕をココアさんの頭に回し、口を塞いだ。


「早く立って」

「……は、はい」


 ボクはサオリさんの指示に従い、前を隠して立った。

 サオリさんは目を凝らして、膝から上をジロジロと見てくる。

 ココアさんも両手で顔を隠しているが、指の隙間からチラチラと見ていた。


「お姉ちゃん。エッチだよ! むぐっ」

「次。後ろ」


 言われた通りに背中を見せる。


「あはっ! 可愛い! むぎいい!」


 しばらく、沈黙が続いた。

 沈黙の中、抵抗するココアさんのくぐもった声だけが聞こえた。

 だが、サオリさんは何が気になるのか、唸っている。


「やっぱ、おかしい」

「んむ?」

「あの女。霊薬って言ってたよね。君、飲んだの?」

「その、霊薬って何のことか……」

「はいはい! 教えます!」


 湯船に浸かり、振り向くとココアさんが元気いっぱいに叫んだ。


「霊薬って! ようは不老不死の薬だよ!」

「不老不死……」

「その昔! 日本には不老不死の霊薬があるって中国からお偉いさんがきたんだよ! でも見つけられなかったんだよ!」


 たぶん、昔の中国って言ったら、今の文化や考えとは大きく異なる時代だ。悪く言うつもりはないし、中国に限らず、日本だって別世界っていうレベルで、今の人には想像もつかない文化を形成してたのではないか、なんて思った。


「でも、これって、変な話なんだよ!」

「何がですか?」

「そもそも、不老不死の薬が日本にだけしかないなら、海外で霊薬に相当するんだよ!」


 こんな状況に巻き込まれているせいか。

 ボクは今までオカルトじみた話には興味がなかったのに、聞き入ってしまう。


「錬金術では、エリクサー! 煉丹術れんたんじゅつでは、仙丹せんたん! 日本では、変若水おちみず! ギリシャやインドにも、相当する名前があるんだよ!」


 胸を張って、得意げに語るココアさん。

 サオリさんは耳を塞いで、仏像のように静かだった。


「つまり、どういうことですか?」

「これって、共通する事があるの!」

「……はい」

、だよ!」


 作られたもの。

 ココアさんの言いたい事は、ボクにはピンとこない。

 首を傾げていると、ココアさんが言葉を付け足す。


「これはお祖父ちゃん達が言っていたんだけどね! ていうか、本家のうるさいおっちゃん達も話してたんだけど! この手の薬って、長くは置けないんだって! から!」


 キラキラとした目が、ボクを見ていた。

 ボクは訳が分からず、サオリさんに助け舟を求めた。


「つまり、……霊薬を作る方法は一つ」


 苦い顔で言うのだ。


「……を材料にすること……」


 古今東西。時代がどれだけ変わっても、禁忌とされてきた風習。

 それは同じ人間を食べる事である。

 二人の話を総括すると、すでに薬の作り方は分かっているのだそうだ。

 それでも、公に出さないのは、それだけの理由があるという事。


 そして、その理由は人間を材料とするために、知識として認めてしまったら、こぞって作る連中が出てくるという事だそうだ。


「まあ、何で呪いの道具を作るのに、女が多いかって言うとさ。魔女って言葉通り、女の人にしかできないわけだよ」


 生物学上、唯一材料を生成することができるのは、女。

 種さえ貰えれば、あとは自分だけで作れてしまう。


 ボクは二人が何を言いたいのか、段々と分かってきた。


「霊薬を作った以上は、必ずどこかで君は飲んでいるはずなんだ。そして、この湯舟の濁り。君の体から、呪いが泡のように噴き出てくる」


 サオリさんは腕を組んで、難しい顔をした。


「体の表面に文字を刻まれてるのなら、まだ救いはある。でも、なかった」


 すでにボクの体には、その霊薬が染み込んでいた。

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