ワタクシだけを見て

元気な妹

 電車から降りて、六条家に帰るまでの間、ボク達の周囲では泣き声が止まなかった。


 頭に直接響いてくる泣き声。

 周囲の人々は頭痛がするようで、こめかみを押さえていたのを覚えている。


 だけど、六条家の屋敷に続く山のふもとにある脇道。

 ここを通ると同時に、泣き声は止んだ。


 道の入口には、鳥居があるのだが、気が付かぬ間に大きなしめ縄が結ばれていた。


 一朝一夕で作れる大きさではないため、「こんなのありましたっけ?」と、ボクは尋ねたが、サオリさんは言った。


見えなかったのでしょうね」


 そして、鳥居を潜る際、真ん中を歩くように言われた。


「ハルト君。君の後ろには、神様がいる。その方を意識しなさい」


 サオリさんは後ろを意識させるためか、ボクが潜るまでの間、後ろに立っていた。鳥居を潜る際に、涼しくて、柔らかい風がボクを包み込んだ。


 気のせいか、誰かに抱きしめられているような感覚がした。

 ボクが自分でも気づかない間に、肩に力が入っていたようだ。

 全身から余計な力が抜けて、気が楽になる。


 後ろを振り返ると、離れた場所にサオリさんが立っていた。


 サオリさんは左側を潜る際、左足から踏み込んで進んでくる。

 何か作法があるのだろう。


 御堂を除いて、ボクは自分の目で不思議な存在を目にしたことがない。

 でも、駅でサオリさんが言っていた、という事が、少しだけ分かった気がした。


 *


 屋敷の玄関に着くと、どこからともなく小うるさい声が響いた。


「お姉ちゃん! お母さんがあああああああッッ!」


 腹の底から絞り出した声で、ココアさんが叫ぶ。

 叫びすぎて上体が前のめりになり、ほとんど床に向かって叫んでいた。


「何なの、あの魔女おおおおおおお! ここまでやるかああああ⁉」

「ココア。お願い。今は疲れてるの。うるさくしな――」

「お姉ちゃああああああああん!」


 バン。と、サオリさんが物凄い勢いで背中を扉にぶつける。

 ココアさんは勢いのままに前から抱き着き、今度はサオリさんの胸に向かって叫び始めた。


「お母さんね! 腕切っちゃったんだよ!」

「うん。かすり傷ね」


 改めて聞くと、すごいお母さんだな。

 トラックが突っ込んできて、腕のかすり傷で済むなんて、俄かには信じ難い。


「六望神社の人にお願いして! 結界張り直したから! でもね! この周辺の林って! ゆずり葉植えてるじゃん! あちこちにさかきも植えてるじゃん! ウチの庭にもさぁ!」


 諦めたような顔で、サオリさんは黙っていた。

 両肩を掴まれて、グラグラと揺さぶられ、何度も後頭部を扉に叩きつけているため、ボクは少しだけ心配になった。


「神社の人と話し合ったんだけど! たぶん、縫うようにして入ってきてるんじゃないかって!」

「あー、……なるほど。やっぱりね。車で来たとき、あいつが現れるまでに時間が掛か――」

「ていうかさぁ! お姉ちゃんの学校ヤバいね! ニュースになってるよ!」

「うん。……ココア。ちょっと落ち――」

「あの魔女おおおおおおおお! うあああああああああッッ!」


 ココアさんは、よほど頭に来ているらしく、止まらなかった。

 鼻息を荒くして、サオリさんの胸に顔を埋め、腹の底から絶叫する。

 サオリさんはグロッキー状態だった。


「ココア。お願いがあるんだけど」

「なに⁉」

「塩湯張って。呪術食らった」

「え……」


 ココアさんは、わなわなと震えた。


「塩湯に入れば、大丈夫だから」

「……お姉ちゃん。……え?」

「ココア。お願いだから、うるさくしないで。わたし、うるさいの苦手――」


 肺一杯に空気を取り込み、ココアさんはこめかみに血管が浮かぶほど、絶叫した。


「負けたのおおおおおお⁉」

「勝った。大丈夫。やっつけたから」

「だって! お姉ちゃんの取り得って! 運動神経くらいだよ⁉ 嘘でしょ!?」

「……おい」


 サオリさんは、明らかにイラっとした表情になった。

 だが、ココアさんは止まらない。

 身長差のあるサオリさんの体をよじ登り、耳元で大口を開けた。


「あの魔女、やり手じゃんッッ! どうすんの⁉」


 耳を塞いで、サオリさんがその場に蹲る。

 追撃と言わんばかりに、ココアさんはコアラみたいに背中へ移り、大声で叫んだ。


「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!」


 また息を吸い込み、絶叫する。


「悪霊! 退さあああああああああああんッッ!」

「もう、うるさい! 本当にうるさい! 黙ってよ! ココアのせいで、鼓膜がおかしくなる!」

「お姉ちゃんが心配なだけだもん!」


 ココアさんを背負った状態で立ち上がり、サオリさんは雑に靴を脱いだ。ボクは靴を揃えてあげたり、向かう先に付いて行き、扉を開けたりした。


 せめて、これくらいの事はしてあげたい。


 二人の事を見ていると、すぐに喧嘩を始めそうな雰囲気が漂っているが、どこか互いを想い合っているのが伝わってくる。


 やはり、姉妹なのだな、と肌で感じてしまった。


「ていうか、どこ怪我したの⁉」

「……腕」

「臨――」

「九字切りしてないでしょ。わたし達じゃ、その手は使えないから。どれだけ唱えたって無駄だよ。密教連中の修練積んでないんだから」

「へへ!」


 ココアさんの唱えた呪文、というのだろうか。

 それくらいは聞いたことがあるけど。

 誰でも使えるわけではないみたいだ。


 お風呂場に着くと、ボクは外で待つことにする。

 とりあえず、自分に割り当てられた部屋に向かうことにした。

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