呪い
駅は学校から徒歩五分の場所。
学校の近くに線路があるくらいに近い。
川を挟んで、向こうに線路がある。
何度も電車が通っては、警笛が響くので、眠りかけている生徒はビックリして起き上がった所をよく見かける。
ボクはバスの通学なので、電車には乗らない。
だからか、駅のホームに出ると、どこの線路前に立つのか分からなかった。
サオリさんは、ボクがはぐれないように手を繋いでくれている。
ふと、3番線のホームに移動する際、サオリさんが階段の途中で言った。
「ハルト君は、何も感じていないの?」
「ボクは、……何も」
「そ。体質が鈍くてよかったわ」
歩みを再開し、ボクは手を繋いだまま階段を上がる。
サオリさんは学生カバンをリュックみたいに背負い、片手には脇差の入った袋を持っていた。
忙しなく周りを警戒して、嫌そうに顔をしかめている。
「何か、見えてるんですか?」
「見えるっていうよりは、ぞわっとする感じ」
「霊感とか、そういう話ですか?」
すると、サオリさんは薄く微笑んだ。
「霊感のある人が、まともな生活送れるわけないじゃない」
「……そうなんですか?」
「どれだけ体質に恵まれて、素質があっても。知識がなければ、ただの食い物にされる。鍛錬って聞くと、堅苦しいかもしれないけど。自分の事を何も勉強しなければ、引きこもり生活になるか、事故に遭うかのどちらかよ」
駅構内の
「ハルト君は、線路に立ってる人達が見える?」
言われてボクも線路を見下ろすが、そこには誰も立っていない。
線路の上を電車が通過して、人を乗せてから再び出発する。
ありふれた景色があるだけだった。
「幽霊、ですか? 見えないです。サオリさんには見えてるんですか?」
「感じる方がほとんどだけど。見える事もある。あんな感じに」
「どうなってるんですか?」
「みんなで線路に首を並べて、死のうとしてる」
ボクの頭には、斬首を待つ人々の光景が浮かんだ。
ゾッとするに決まっている。
「自分の事って、常に勉強しないといけないのよ。怠ると、何が起きてるのかすら分からない。自分が死んでる事すら分からないんだから、また死のうとする」
背中に手を添えられ、ボクは歩き出した。
先ほどよりもゆっくりとした動きだ。
階段を下りていると、近くから耳障りな音が聞こえた。
キーッ、という金属を引きずる音だ。
「あ、電車、……来たんじゃ」
「急がなくても間に合うわ」
まだ下りている途中だが、サオリさんはそう言った。
小窓から3番線に停車した電車が見切れていて、ボクはソワソワとしてしまう。
急いで乗った方がいいんじゃないか、と思ったが、サオリさんは壁に寄りかかって、ボケーっとした様子で立ち止まる。
「あの、サオリさん」
「まあ、見てなさいって」
電車を見ていると、警笛が鳴った。
開いていた扉が一斉に閉まり、ボクは「乗らないのかな」とサオリさんの方を見る。
すると、サオリさんは明らかに嫌そうな顔になっていた。
警笛が鳴り止み、電車が動く。
その直後だった。
ギギッ、と変な音を立てて、電車は再び急停止する。
窓の方から車掌さんが顔を出し、何やら電車の中を移動する姿が見えた。
再び、電車の扉は開いた。
車掌さんが首を傾げて、ライトを使い、電車の隙間を覗く。
「はぁ……。ハルト君。不可思議なことって、たぶん日常で経験してると思うの。何でだろう、って思う瞬間があるはずよ」
急ぐ様子もなく、サオリさんがボクの手を引いて歩く。
「自然に起きた出来事と、呪いっていうのは、一見すると区別がつかないものよ。だから、事故になるの」
開いている扉を潜り、ボクらは電車に乗った。
すると、再び警笛が鳴り響く。
先ほどの急停止は何だったのか。
ボクらが乗って、間もなく電車は動き始めた。
車両の中は、多くの生徒達やサラリーマン、老人などでごった返し。
満員に近い状態だ。
「う、うぅ」
ボクはサオリさんにしがみつく形になった。
怒られるかと冷や冷やしたが、サオリさんは相変わらず気だるげな様子で、ボクの頭を撫でてきた。
サオリさんからは、ココナッツみたいな甘い香りがした。
「はぁ~~~~~~~っ」
ボクの頭に手を置くと、サオリさんが深いため息をこぼす。
「だから、嫌なのよ」
バツン、と大きな音が車両内に響く。
トンネルなんかないのに、電車の中は真っ暗になる。
周りの乗客は一斉に悲鳴を上げ、いきなりの事に戸惑っていた。
「あ、あの、サオリさ……」
ボクは暗闇の中で、サオリさんを見上げる。
応えるように、サオリさんはボクの唇や首筋を撫でてきた。
首筋から段々と手が下り、シャツの中に手が入ってくる。
「え、あ、あの……」
優しい手つきだった。
太ももまで撫でられ、体が勝手に反応する。
耳元には、熱い吐息が掛けられた。
「捕まえたぁ」
その時、気づいた。
サオリさんの手の位置は、変わっていなかった。
ボクの頭に乗せたままだ。
別の手が、ボクの体を撫でまわし、耳を熱く湿った何かが這い回る。
硬直していると、急に物凄い力で後ろに引っ張られた。
ピカ、と車両の照明が付いた。
暗闇から解放され、初めに目にした光景は――。
「……離さないからねぇ。ふふ。ははは。……あっはっはっは!」
ボクの頭上で笑う、御堂。
前方に目を向ければ、そこには大勢の死体が転がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます