調査は妹の役目

 事が起きてから、2日目。

 ボクはすでに精神的に参っていた。

 理解が追い付かないし、次から次へとおかしなことばかりが起きる。


 そこへまたしても理解を超える爆弾が投下された。


「魔女だよ! あれ、魔女じゃん!」


 壁際にポツンとテレビが置かれ、真ん中には円卓が置かれた居間。

 ボクが興味もない番組を見ていると、ココアさんが二人に大声で説明する。


「魔女って……」

「お姉ちゃんが斬った時、煙みたいに消えたんでしょ! それって実体がないってことだよ! 赤色は生命の根源を表す色! 人間離れしているのに、人間の容姿と変わらない! 間違いないよおおおおおおお! 魔女だよおおおおお!」


 ココアさんの声が、居間に反響する。

 サオリさんが小刻みに震えながら、耳を塞いでいた。


「え、それだけで、魔女って分かるんですか?」

「分かるよ!」

「な、なぜ……?」

「だって、魔女って日本にいないからねええええええ!」


 ココアさんの声量は、とんでもない。

 近くで叫ばれると、音を使って内臓を震わされる。

 重低音が体の中に響く現象と同じである。


「でもぉ! 特徴として、魔女は裸なんだよおおおおお! でもねええええ! 実体のない姿で! 人前に現れる時は、必ず赤色の服を着るんだよ! 何でか分かる⁉」

「……わ、分からないです」

「日本で言うと! 式神しきがみがいるんだけど! これって、紙を媒体にしないと、姿が現せないんだよ! だって、からああああああ! ああああああああああ!」


 ココアさんは元気いっぱいだった。

 サオリさんは青い顔で、震えながら奥の方に避難しようとしている。

 だが、先に回り込まれて、ココアさんが元気いっぱいに説明をした。


「白い色は! 従える時の色だよ! でもおおおお! 赤色は! 相手に畏怖いふと威圧を与える時の色なんだよ! あとあと! 相手を、魅了みりょうおおおおおおおおおお!」

「ぐ、ああああ、う、うるさい!」


 サオリさんが両耳を押さえて、畳の上を転がる。


「よ、ようするに、色って相手が何者かを表すときに重要って事ですか?」

「それだけじゃないよ! が表れてるんだよ!」

「そ、そうなんですか……」


 声はとんでもなくうるさいが、不覚にも勉強になってしまった。

 ボクを狙ってくる御堂さんは、畏怖や威圧、魅了のいずれかを目的として、付きまとっているのだろう。


 彼女が消える前に話した言葉を思い返すなら、魅了か。

 でも、ボクは彼女に対して何か特別な事をしてあげた記憶はない。


 ココアさんは丸い目を大きく見開き、四つん這いになっている姉をジッと見つめている。


「ねえ、ハルト君!」

「は、はい!」

「アタシもハルト君って呼んでいい⁉」

「……はい。いいですよ」


 勢いがあり過ぎて、ある意味ドキドキしてしまう。


「ウチのお姉ちゃんね! こう見えて、すっごいバカだから! 滑り止めを専願せんがんで受けるくらいバカなんだ! だから、タメ口で喋り始めたでしょ! 敬語慣れてないから! ごめんね!」


 サオリさんの耳を引っ張り、ココアさんが叫ぶ。

 最早、一種の拷問であった。


「ココア、それは、ハルト君に失礼でしょ。お、同じ学校なんだよ」


 まあ、自分の事を簡単に話すとき、通ってる高校とか話したのだ。

 そこで同じ学校の生徒である事が分かった。

 ちなみに、ボクも頭は良くない。


「アタシはタメだもん! だから、タメ口なんだよ!」

「あー、うるさい。本当にうるさいよ」


 よく分からないけど、六条家では妹の方が姉より力関係が上のようであった。四つん這いで逃げようとするサオリさんの背中に乗り、落ちないように頭を抱きしめている。


「お姉ちゃん! これからどうするの⁉」

「どうするって……」

「相手は魔女だよ! アタシ達が日頃相手にしてる怪異とは違うよ! 対処法、全然分かんないよ!」


 祓除を生業とする彼女たちがお手上げの相手ということか。

 だとしたら、本気でマズい状況なのではないか。

 今頃になって、ボクは事態の深刻さが分かってきた。


「アタシ、魔術について調べてみるけど! 一つ分かったのは、アタシ達の家には入れないってことでしょ! だったら、祓除の仕方は通用するんじゃないかな⁉」

「ココア~……、うるさいよぉ……」


 サオリさんのクールな印象が、ことごとく破壊されていく。

 妹の大きな叫び声に悩まされ、グッタリとしていくのだ。


「ハルト君はぁ! 明日学校に行くの⁉ 休んだ方がいいんじゃない⁉」

「あ、でも、……母が亡くなったから、長いこと休んだし」


 本音を言えば、辛い事があって、友達に話しを聞いてもらいたい。

 変な事に巻き込まれているのは知っているけど。

 でも、こんな時だからこそ、友達の顔が見たかった。


「そっか! じゃあ、お姉ちゃああああああああん!」


 歯を剥き出しにして、サオリさんが悶絶した。


「絶対に守ってあげないとダメだよ! あとさ! アタシ、ハルト君の家を調べたいから! 一緒に来てえええええええ!」


 プツン、と糸が切れたかのように、サオリさんが白目を剥いた。

 あまりにもうるさい声量で叫ばれ続け、我慢の限界が来たらしい。


「……魔女……か」


 ボクは、どこで御堂さんと関わったんだろう。

 サオリさんが起きたのは、30分後の事だった。

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