追跡者
一度、親戚の家に向かい、事情を説明した。
止められるかな、と思ったけど、親戚のおばさんは興味なさそうに言った。
「ようは、出家でしょ」
せんべいをバリバリと食べて、だらしなくソファにもたれ掛かる。
ボクの隣には、事情を説明するために、サオリさんのお母さんが座っている。
全体的におっとりとした雰囲気なので、上手く説明してくれるか不安だった。
印象としては、糸のように細い目か。
長い髪を襟足の片側に寄せて結び、肩口に垂らした髪型。
ニットの白いシャツに、紺色のジーンズといった格好で、どこにでもいるお母さんといった風だ。
対して、目の前にいるトドのように、ズングリムックリな体型をしたおばさんは、客前だというのに汚い食べ方を止めようとしない。
「ウチは保護者として名前を貸してるだけ。アンタが出家したいなら止めないから。あ、でも、通帳は預かっておくからね。子供にお金は持たせられないから」
典型的なお金に汚いタイプである。
お金さえあれば、ボクの身柄はどうなってもいい。
おばさんは、そう言っているのだ。
「そうですか。では、しばらくの間。私の家で預からせて頂きます」
「はいはい。好きにしてください。ったく。な~にが、神道よ。宗教ってのも面倒くさいわねぇ」
悪い者に憑りつかれたから預かる、とは言っていない。
体よく方便を使ったのだ。
サオリさんのお母さん。――六条カナエさんとボクの母は友人関係にあり、その繋がりは神道を通してだ、という事にしている。
ボクの家は、仏教に入っていない。
だから、他の人みたいに念仏を唱えるという葬式の景色は、まだ経験していない。
両親が亡くなった際には、楽器で音を鳴らす仏教とは、違った送り方を見せられたものだ。
なので、半分は本当。半分は嘘である。
こういった関係にあるから、友人として面倒を見たいとカナエさんが申し出て、ボクが了承したといった具合か。
「どうでもいいけど。後でお金の請求はやめて頂戴。払う金なんかないからね」
「ええ。もちろんです」
カナエさんは、にっこりと笑って頷いた。
*
家の外に出ると、路肩には黒いセダンが停まっていた。
車の傍には、サオリさんが腕を組んで立っている。
「どうだった?」
「ん。許可もらえたわ。早速戻りましょう」
車の後部座席を開けてもらい、ボクが先に乗る。
続いて、サオリさんが車に乗り、前にはカナエさんが乗った。
エンジン音は静かなもので、車は滑らかな動きで車道に出る。
「でも、驚いたわ。ウチのサオリと一緒の学校なのね」
「はあ」
「サオリは高校二年生だから。一つ下かしら?」
「はい」
「仲良くしなさいね」
おっとりとした声で、カナエさんが言ってくれる。
ボクは隣を見た。
隣では、サオリさんが難しい顔で、窓の外を眺めている。
「サオリ?」
「うん? なあに?」
「仲良くしなさいってば」
「……努力してるって」
ボクも窓の外に目を向ける。
何も面白くない、見慣れた光景だ。
田んぼに挟まれた田舎道が延々と奥まで続いており、空には青い海が広がっていた。白い雲は巨大な大陸のように浮かんでいる。
「ねえ。ハルト君」
「あ、はい」
名前で呼ばれ、体が跳ねてしまった。
「これからは、ため口でいいかな?」
「も、もちろん。全然いいですよ」
「よかった。敬語だと伝えたい事が伝わらないかもだし」
座席の真ん中に置いている筒袋を手に取ると、中から何かを取り出した。
それは、一本の刀だった。
「へ?」
ファンシーな感じに、クマさんがプリントされた筒袋。
それに似つかわしくない代物である。
長さは、たぶん60cmもない。
だいたい、40cmから50cmくらいか。
とにかく短い刀だ。
タイプで言うなら、脇差か。
いや、それよりも、どうして脇差を持っているのか疑問だった。
「サオリ。……どこにいるの?」
「田んぼの真ん中」
鋭い声色で、サオリさんが言う。
「追い付かれるかなぁ?」
「んー、どうだろ。様子見てるんじゃないかな」
ボクは二人の会話を聞いて、サオリさんが見ているものを見ようと、目を凝らす。
だけど、田んぼには、緑の海が広がっているだけ。
目を凝らしても、そこには誰もいない。
「ハルト君って。何に憑かれたのかな」
「憑かれてる、っていうか。魅了されているんじゃない? でも、おかしいね。ピッタリくっ付いてくる。てことは、ハルト君の居場所が常に分かってるってこと」
話しながら、サオリさんは脇差を左側に持ち、同じ方角を見ている。
「人間より優れた視力。瞬間的に移動する俊敏さ」
「その手の類は、いっぱいいるわ」
「なんだろ。ケースの内側にも張り付いていたんだよね」
「軟体?」
「んー、……ハルト君は、身に覚えない? 何か変わった事をした? 何でもいいよ。教えてくれない?」
サオリさんに聞かれるが、ボク自身は何も覚えがない。
黒魔術みたいに儀式めいたことはしていないし、変なものを見かけたりもしていない。
「……何も、ないですよ。変わった事といえば」
家で起きた不思議な事を話した。
「誰もいないのに。ご飯ができてたり。片づけた覚えのない皿が片付いていたり。あ、洗濯物も、……確か」
「……幽霊みたいねぇ」
サオリさんが眉間に皺を寄せ、聞いてくる。
「ご飯ができていたの?」
「は、はい」
「気づかなかったの?」
「……はい」
窓の外を
「透明人間みたいに、……その場にいる。そして、身体能力が高い」
サオリさんは黙って、ルームミラーに映るカナエさんを見つめた。
カナエさんもまた、何か覚えがあるらしく、ミラー越しに視線を後ろに送ってくる。
「もしかして……」
サオリさんは何か思い当たる事があるみたいだった。
でも、ボクには見当がつかなかった。
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