六条サオリ

 目を開くと、そこは見知らぬ天井だった。


「あ、起きた。お姉ちゃん! 起きたよ!」


 体を起こすと、隣には見た事のない女子がいた。

 赤と黒のチェック柄スカートを履き、上は赤いシャツ。

 ショートカットの髪型で、くりくりと丸い目が特徴的。


 彼女から目を離し、ボクは周りを見る。

 何畳あるかは分からないけど、とにかく広い部屋だった。

 部屋は和室で、床は畳。


 枕元には、ボクの眼鏡が置いてあった。

 視力は極端に低いわけではないけど、周囲の輪郭りんかくをハッキリとさせるには、眼鏡が必要だ。


 ちょうど、眼鏡を掛けた頃。

 入口のふすまが静かに開いた。


 半開きになった襖をよく見ると、見覚えのある顔が半分だけ出ていた。


「お姉ちゃん! 早く。ほら!」


 しょんぼりとした様子で、姉らしき女子は、元気いっぱいに叫ぶ女の子の隣に腰を下ろす。


「えー、……何か話したらいいのやら」

「謝るよ。せーの」

「ごめんなさい」

「ごめんね!」


 片方は勢いよく土下座をして、片方は静かに頭を垂れた。

 訳が分からず、ボクは戸惑ってしまう。


「あの、何を謝って――」

和泉いずみさんのお宅ですよね?」

「はい……」


 和泉ハルト。――ボクの名前だ。

 ボクが頷くと、隣に座った二人の女子は自分の胸に手を置き、こう言った。


「わたしは、六条ろくじょうサオリです。隣のうるさいのが、六条ココアです」

「あ、どうも。和泉……ハルトです……」

「よろしくね!」


 本当にうるさかった。

 鼓膜が痺れるほどの大音量で、元気いっぱいに挨拶をしてくる。


「実は、どこから説明したらいいものやら。わたし達、六条家は祓除ふつじょを生業とする家系でして。この度は、ご要望を叶えられず、本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げてくるが、何のことか分からない。

 ボクが「え、っと」と言葉に詰まっていると、ココアさんがボクとサオリさんを交互に見て、また大音量で叫ぶのだ。


「分かってないよ!」


 一瞬だけ顔をしかめ、片耳を押さえると、サオリさんが背筋を伸ばして説明の続きを話す。


「えー、実は、6月頃に六望ろくぼう神社の方に祓除のご依頼がありまして。わたし達の所に話が届いたのは、7月。つまり、今月です。多忙のために、家を空けておりまして。帰ってきた頃、和泉さんの家に伺ったのですが……」

「時すでに遅し!」

「――でした」


 頭の中で、サオリさん達の話を整理する。

 でも、聞きなれない言葉に首を傾げてしまう。


「祓除、って何ですか?」

「ようは、お祓いです」

「悪霊退散!」


 母さんは、ボクの知らない所でお祓いを頼んだらしい。

 でも、話を聞けば聞くほど、疑問が浮かんでくる。


 ――


 お祓いくらいなら、ボクだって知ってる。

 テレビなどの心霊番組でやってる、お清めみたいなものだろう。

 それを依頼する理由が分からなかった。


「聞いた話によりますと、和泉さんの息子。つまり、あなたからを感じる、と伺っております。念のため、お祓いをしてほしいと頼まれたのですが、……間に合いませんでした」


 サオリさんは、見るからに年上っぽい。

 でも、年で言うなら、たぶんボクとあまり変わらないんじゃないか、って感じだ。


 そんな人がお祓いをやっていると聞いて、にわかには信じられなかった。


「別に。謝らなくてもいいです。母が亡くなったのは、関係ないと思いますので」

「……いえ、言いにくいんですが。モロに関係ありまして」

「え?」


 眉間に皺を寄せ、サオリさんは言いにくそうに口元をモゴモゴしていた。


「あなたの、身にまで。大変な事が起こっておりまして」

「大変な事?」

「コンビニで、わたしと会った時のことを覚えていますか?」


 おぼろげながら、ボクはコンビニでの不思議な光景を覚えていた。

 いきなり店内が真っ暗になり、数歩闇の中を進んだ先で、ケースの中に女を見つけた。


 この世の者とは思えないほど、美しい女だった。


「正体は分からないのですが。あなたが、ケースの前に立った時」


 サオリさんは、さらに信じられない事を言った。


「あなたの首は、……


 ボクは絶句した。

 ハッキリと、「そんなわけないだろ」と言えればよかったが、口から否定の言葉が出てこない。

 なぜなら、ボクはおぼろげながら、普通ではあり得ない感覚を経験したからだ。


「すぐに守ってあげるべきでしたが、人目があって。遅れてしまいました」

「ごめんねええええ!」


 ボクは首を横に振った。


「……あの、だったら、何でボク生きてるんですか?」

「分かりません」

「分からない、って」

「もう一つ分からないのは、あの女です。彼女が何者で、どうしてあなたに執着しているのか。皆目見当も付きません。祓除を生業にしておりますが、……何とも」

「でも、どっかで聞いたことあるよね。その人の特徴」


 姉妹揃って、難しい顔を浮かべるのだ。


「そこで、提案があるのです」

「提案?」

「和泉さんの身柄をこちらで保護させて頂きたいのです。現在、どちらにお住まいか。詳しく教えて頂ければ、こちらの方から連絡しますので」

「……つまり?」

「一緒に住もう!」


 ココアさんが叫び、サオリさんが頷く。

 ボクが彼女たちの提案を理解するのに、もうちょっとだけ時間が掛かった。

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