この魔法少女にパーカーを

 聞くところによるとこのモノクロ空間はラグナロクが世界を侵食してできた空間らしい。


 倒しさえすればモノクロじゃなくなるし、壊れたものも元に戻る。物理法則もあったものじゃないなぁ。


「うっぷ」


 初めての浮遊感で酔いそうになるボクは、口を開こうとするラグナロクの鼻先に頭突きをかました。かましたというか、偶然ぶつけただけなんだけど。


 力のコントロール、全然できないよ……? 空飛んでる事実に感動する暇もない。


 というかぁ! 変身後の衣装が、パーカーって! パーカーってさぁ!


「ボクの普段と変わらないカッコじゃないかっ」


 迫りくる爪を蹴り飛ばす。本当は怖いはずなんだけど、服の効果か全く怖くなかった。


「最高じゃないか、パーカー! 動きやすいし、だぼっとしていて可愛いし、萌え袖だし、下は何も履いてないように見えてエロいし、ニーソと合わせて絶対領域が発動している……これは間違いなく強い! というかマッチング率四百パーセントだよ、無敵だね!」


 ボクの愚痴に、胸元のペンダントに変化したビーキュウが語る。なんでペンダントになってるんだとかもう突っ込まない。というか、こいつやっぱり性的な目でボクを見てない……?


「もっとこう魔法少女ってドレスみたいで可愛らしいやつ……ロリータ系とかゴシックとかそういう」

「バッカ! そういうのは恋した男の子相手にがんばっておしゃれして見せるんだよ! 恥ずかしながら、必死に恋した男の子に女の子を存分に見せる姿が尊いんだ! こんな化け物にお披露目してたまるか!」

「もうただのオタクだろお前っ」


 いきなりフリフリした服とか着せられても恥ずかしくて戦闘どころじゃないけどさぁ!


 ラグナロクが咆哮をあげ、その身を回転させて尻尾を振るう。それを全身を使って受け止める。


 いた……くはない。パーカーの防御力が凄いんだろう。


「ぐっ、何か武器はないの!?」

「殴れ!」

「魔法のステッキとかは!?」

「蹴るんだ!」

「魔法少女にする気あんのかぁあああ!」


 ラグナロクを上空に投げ飛ばしてからその腹へ蹴りをお見舞いする。相手の悲鳴が木霊し、着実にダメージを与えられていることを示してくれる。


「技とかないの?」

「仕方ない、『ゲーミングモード!』」


 ビーキュウが叫ぶと、チャック部分や裏地のピンク部分が虹色に輝きだす。


「おお! これでパワーアップしたりそういう」

「見ての通り虹色に光る!」

「一回地獄に落ちろ!」


 いらないの、ゲーミングアイテムの要素は! ほしいのは魔法少女要素!


 こういうのに興奮する女子中学生はいないのっ!


 というか役に立つ機能をくれよ!


 そうこうしているうちにラグナロクが口を天に向け、巨大な火球をつくりだす。それはラグナロク自身すら軽く飲み込むほどの巨大さで、小さな太陽のようだった。


「まずい、あれが地上に落ちたら地球の半分は吹っ飛ぶぞ」

「それもう世界滅亡なんだけどっ!」


 どう止めるのさ、あれ。


「両手で受け止めて!」

「そんな無茶な」

「大丈夫だ、キミにはダウナーの力がある」


 火球が落ちてくる。

 半ばやけくそでボクは両手をそっちにかざした。


 熱くもなんともなかったが、とてつもない重さがボクの体にのしかかってきて、空中から地上に押し込まれていく。浮遊の能力で必死に抵抗するが、徐々に地上に近づいていってしまう。


「ぐ、ぐぅ……」

「だうなーがんばえー」


 応援する気ゼロのビーキュウの声援に、苛立ちが募る。絶対ラグナロク倒したらこいつぶん殴ってやる。


「ダウナーっていうのはアッパーの逆さ。気分を落ち込ませる……火はアッパーみたいなものさ。ダウナーの敵じゃない」


 火球が少しずつ軽くなる。視界を覆いつくしていた炎がだんだんと狭まる。そして最後には蛍の光のように小さくなってボクの拍手で消えた。


「これがダウナーの力。要は相手の力を下落・・させる。ダウナーボクっ子のキミにしか再現できない、この服の能力だ。殴れば殴るほど相手は弱体化するし、攻撃も減退減衰消滅さ。この『ダウナー』の能力を発動させるためには性格もダウナーである必要がある」


 確かに特に用事がなければ家で引きこもってるし、だいたいのこと面倒くさくてだらだらゲームとか読書とか趣味しかやってないし、根暗な性格な自覚はある。


 その性格が役に立つなんてあっちゃダメでしょ。


「見ろ、あのラグナロクの間抜けヅラ! とっておきを消されて顎が外れそうなくらい口があいてるぞ」

「お前よく性格悪いって言われない?」


 なんでこんなのが正統派魔法少女の服をつくってるであろう妖精より強いパーカーつくってるんだ、世の中の女児が泣くぞ。


「というか本当に必殺技ないの? 泥試合なんだけど」

「右のポケットに手を突っ込んで」


 うん。

 突っ込んでみると棒状のものを掴んだ感覚があったので引き抜く。

 ペンライトだった。


「ぺんらいと~」

「訴えられろ」


 どこぞの国民的アニメみたいな言い方にそう返すしかなかった。


「先端をラグナロクに合わせて」

「こう」

「そうそう。それで左手をピースして頭の上」

「はい」

「いいねー、そのまま右目を瞑ってウィンクしながら『ダウンバースト』って叫ぶの」

「だ、だうんばーすと」

「もっと熱を込めて! キメ顔で!」

「ダウンバースト!」


 喉を傷めるぐらい叫ぶと、ボゥと黒い閃光がラグナロクに飛んだ。


 たぶんビーム。


 それが晴れたらラグナロクの姿はなくなっていた。


「うん、さすが高火力だね。一瞬とは」

「え、倒したの?」

「うん。倒せたよ」


 ……うそん。

 だけど倒したのを証明するかのようにペリペリとモノクロ空間が剥がれて色彩を取り戻していく。


 このペンライトあればよくない?


「最初からこれ出せばよかったんじゃ」

「下落させた力がペンライトにチャージされるから戦闘しないと使えないんだ。つまりさっきのヤバい火球プラスアルファをまるごとラグナロクにぶつけたってわけ」

「あぁじゃあ戦闘は意味あったんだ」


 ペンライトを仕舞う。


「ところでポーズは意味あったの」

「キミのぎこちないウインクが見れてぼくはまんぞ……ふぎゃ」


 こいつ、握りつぶしたい。

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