お前の名は

 膨大な魔法力を、ラグナロクは感じ取った。千年もの昔、妖精界にて戦い、ラグナロクを封印した伝説の魔法少女グランド・プリンセスと同等……いや匹敵するほどの魔法力を。


 復活を遂げてから戦ったどの魔法少女たちよりも強力な魔法力の光が柱となってモノクロの天を貫いていく。


 その中心に立つは、たった一人の少女。


 その姿に、ラグナロクはかつてのグランド・プリンセスを思い……出さなかった。なぜならその少女の姿はとても魔法少女と思えるものではなかったからだ。


 この数時間で相手をしてきたどの魔法少女よりも煌びやかさ、荘厳さ、美しさ、可愛さ……ありとあらゆるものが乏しかった。


 ラグナロクは知るよしもない。それが現代の、パーカーという衣類ということを。


 傷んだ黒のミディアムヘアー、けだるげでやる気のない三白眼。ゲームのやりすぎで染みついた目元のクマ。

 現代の魔法少女に施されるメイクアップなど一切されていない。


 身にまとっているのはドレスではなく、黒のパーカー。胸元には「ネコ」とでかでかと白文字で書かれており、中央のチャック部分がピンク色のラインを形成している。パーカーにはフードがあり、申し訳程度とばかりにネコ耳がついていた。チャックと同様、耳とフードの裏地もピンク色だ。


 ラグナロクからは見えないが、下はホットパンツを履いている。しかし、オーバーサイズのパーカーのせいで隠れていた。パーカーの裾から伸びる細い脚にはニーソックスに、ブーツ。首から申し訳程度にネコの顔をモチーフにしたペンダントがあるだけで、その他アクセサリーやリボンは一切ない。


 ただの、普段着。しかもお洒落とは程遠かった。


 それでも、そこからあふれ出る魔法力がラグナロクに危険を知らせる。生かしてはおけない。やつは間違いなく障害になる。


 ラグナロクは口を大きく開くと、爆発する炎「メテオフレイム」を放った。


 町ひとつは軽く破壊できる威力だ。このメテオフレイムでこの地域一帯が火の海に――


 ――ならなかった。


 魔法少女が手をかざすとメテオフレイムは段々と小さくなり、その体に届くころにはマッチの火かと思うほどの弱弱しさになってしまい、握りつぶされた。


 動揺するラグナロク。そこへソニックブームを発生させながら魔法少女が飛んでくる。そして回転しながら蹴りを放ってきた。ラグナロクは慌てて前足の爪で迎え撃つ。


 だが、ラグナロクの前足はいとも簡単に蹴り上げられた。ラグナロクが炎を吐くが、魔法少女が拳を振るうと、その風圧で炎が逆流し、ラグナロクの鱗を焦がした。


 ありえない。


 数多の世界を壊し、妖精界を脅かし、ありとあらゆるものを絶望に突き落としてきたラグナロクの生において初めての「脅威」であった。伝説の魔法少女グランド・プリンセスでさえ、最初は脅威を感じなかった。あの時は矮小な存在にできることなどないと高を括っていたのもある。


 しかしラグナロクは経験したのだ。魔法少女という「敵」を。そして打倒した。今のラグナロクに驕りも油断もない。


 純粋に生物として、目の前のパーカー少女に、体が警笛を鳴らしている。


 なんだ、このでたらめな力は?


 ラグナロクに人語を話す力があれば間違いなくこう言っていただろう。


「お前は誰だ?」と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る