世界の命運は推しにかかっている
外に出たボクは、空を見上げるしかなかった。
全部白黒だ。
ボクと妖精……ビーキュウ(?)とスマホ以外、全部。しかも時が止まったかのように何もかも動かない。
「夢、かな」
頬をつねってみるが痛かった。
「細かい説明してる暇ないからぶっちゃけちゃうけど化け物が世界をめちゃくちゃにしようとしてるんだ。ぼくと契約して魔法少女になってよ」
「化け物って……?」
「あれ」
指さされた方向に目を向ける。
ドラゴンだった。戸建てひとつ分はありそうな大きさの、強靭そうでトゲトゲしてる鱗を持つ真っ赤なドラゴン。四足で翼も無駄に四対ある。それが、空を飛んでいた。
「終末竜ラグナロクだ」
「え、とんでもない単語聞こえた気がする」
「終末竜ラグナロク」
思わずビーキュウを見る。
「序盤の敵って弱いのが恒例じゃないの」
「キミが昼までぐっすり寝て宅配ボックスから笑顔でスマホを部屋に持ってきて、それから設定を全部済ませてアプリをインストールしてる間にアレが復活して現役魔法少女五組ほどが負けたよ」
めちゃくちゃ化け物じゃん。
……もう詰んでない?
「……いやボクじゃ無理ゲーじゃん」
だってただの素人だよ? 武道を習ってるわけでもゲームの腕も普通だし、何かの才能があるわけでもない。
初手でラスボスみたいな相手と戦えるわけないじゃん。
しかしビーキュウはそうは思ってはいないようで首を振られた。
「最後の希望がぼくとキミなんだ、リカちゃん」
「……なんで?」
「魔法少女の強さは妖精の性的嗜好と魔法少女の性格容姿の一致率で決まるんだ」
「愛とか心の強さとかじゃないんだ」
「妖精が持つ魔法力っていう不思議パワーと変身者が妖精の性的嗜好にどれだけマッチしてるか」
「ユメもキボーもないよ」
……というか、待って。
ボクは自分の体を抱くようにしてビーキュウから離れた。
「ボク、そういう目で見られてる……ってこと?」
性的嗜好がどういう意味かイマイチ理解しきってないけどそういうことだよね……?
ボク、エロい目で見られてる……?
「……あ」
しまった、とでも言わんばかりに声を漏らすビーキュウ。
待て。
お、おしゃれのおの字も知らない女子中学生だよ、ボク。目つき悪いし、髪もボサついてるし……え? それを……え?
……ロリコン? いやでも性的嗜好の一致率がっていってたし……ボクがマジで好みのタイプなの……?
「ヒッ」
全身粟立って、距離を更にとる。慌てたようにビーキュウは手を振った。
「ぼくは戦闘服を生成できる。そしてそこに込められる魔法力は妖精界でも最も膨大で密度が高いんだ」
「ボ、ボクじゃなくてもいいじゃないか!」
戦闘服が強いんなら強い人に着せればいいじゃないか!
「ダメなんだ! ぼくらがつくる戦闘服は製作者が望んだ容姿、性格であればあるほど性能を発揮する! 断言していい! キミはぼくのつくった戦闘服の性能を百パーセント発揮できる! やましい気持ちはない! 着てほしいんだ、キミのような子に! 大事なぼくの作品を!」
空でラグナロクが炎を吐く。というかもはや隕石だった。それが遠くの方に落ちて爆発する。
爆発の規模からしてとんでもない破壊力だろう。建物が崩壊するのが見えたし、そこに巨大な空白ができた。
「あれを止められるのはぼくらだけなんだ! このままだと世界が滅びる! あいつはいくつも世界を破壊してきた神話級のマジものの化け物なんだ! だから、倒さなくちゃ何もかも終わる! キミだって楽しみにしていることや大事にしていることくらいあるだろう! キミが守るんだ! 未来を!」
そう言われて、毎日働いてくれている両親のことを思い浮かべる。そして手に持っているスマホを見た。
ボクは…………。
…………ボクは、まだ……。
「推しの衣装違いがほしいから死にたくない!」
「よく言った! なら変身だ!」
でも変身ってどうやるんだ?
そんなボクの疑問に答えるように、ビーキュウはスマホを指さす。
「アプリアイコンを二回タップするんだ!」
え、それって一回目のタップでアプリ起動するだけじゃない?
そう思いながらも魔法少女のアプリを二回タップする。
『魔法少女名を登録してください』
スマホから音声が流れる。
え? 魔法少女名? そんなの言われても困るんだけど! これ本名? 本名言えばいいの!?
「登録! 魔法少女名ダウナー! 変身者活手梨花!」
ボクが迷っている間にビーキュウが叫ぶ。
ダウナー!? ボクはこれから魔法少女ダウナーってこと!? ちょっと待ってなんか安直でダサい気がするからもっと可愛いのを──
『登録完了しました』
──現実はあんま優しくなかった。
音声を聞いて、ビーキュウは強く頷く。
「次はチェンジ、ダウナーって言うんだ!」
よ、良かった。そんな恥ずかしいセリフじゃなくて。魔法少女みたいに恥ずかしくて長い口上があるのかと思った。
「ちぇ、ちぇんじ! ダウナー!」
ボクが叫ぶとスマホが光り、ボクの体を包んだ。
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