秘密ノート

あーく

秘密ノート

「丸秘……?」


ある日学校へ行くと、自分の机の上にノートが置いてあった。


表紙には秘という文字が丸で囲まれている。


もちろん、心当たりはない。


誰が置いたのだろうか?


秘密のノートなら人の机の上に放置してはいけないだろう。


そう思いながら、ページをめくった。


別に人の秘密を覗こうとしているわけではない。


持ち主の手がかりとなる情報があるかどうかを確認するために中を見るのだ。


と、自分に言い訳までして中身を見たのだが、中は真っ白だった。


なんとなくちょっとがっかりした。


そのときだった。


「おはよう! みぃちゃん!」


小学校からの友達のしぃちゃんだった。


「お、おはよう!」


慌ててノートを引き出しの中にしまい、何事もなかったかのようにあいさつを返した。


そういえば朝早く、一番先にこの教室へ来たのは私だった。


ということはこのノートの持ち主は前日から置いていた、ということになる。


持ち主がいたらきっと名乗り出てくるだろう。


そう思い、持ち主が来るまでこのノートのことは黙っておくことにした――のだが、授業が始まったというのに一向に誰も尋ねて来ない。


それとも、このノートを諦めて新しいノートを買うことにしたのか。


どうしようかと考えているうちに授業は進んでいた。


「ここ、重要ですよー。テストに出るからねー」


……あ。


おじいちゃん先生の後頭部がめくれてる……。


気になりすぎて授業が頭に入らない……。


そうだ。マル秘ノートがあった。


このノートに書いて一度リフレッシュしよう。


私はマル秘ノートに「桂先生はヅラ」と書いた。


しばらくすると、教室中からクスクスと笑い声が増えていった。


辺りを見回すと、振り向いて後の人とまで話し込んでいる人もいた。


隣の席のしぃちゃんも話しかけてきた。


「ねぇ……先生の髪って――」


気付いたのは私だけだと思っていたが、クラス中のみんなが知っているようだった。


せっかく人の秘密を暴いたと思ったのに、全員が知っていたら秘密の意味を成さない。


「ちょっと! 騒がしいですよ! 静かにしなさい!」


ざわついた教室を先生が静めた。


その騒がしくなった原因を作ったのが先生自身だとは知る由もないだろう。




あれから一日が経ったが、結局ノートの持ち主は現れなかった。


昨日は欠席者もおらず、それでも誰も来なかったということは、持ち主は別のクラスにいるのだろうか。


それにしても、私なんかの机の上に放置していた理由も不明だ。


考えてもしょうがないので、持ち主が来るまで預かっておくことにした。


……一行だけ書きこんでしまったが。


「この問題が分かる人ー」


そう、このおじいちゃん先生がヅラだということを書きこんだのだ。


「誰もいないな、じゃあ檜皮ひわだ、この問題はどうやったら解ける?」


あ、私だ。


「はい……」


立って答えようとした時だった。


黒板の問題が教科書の問題と数字が異なっていたことに気付いた。


「先生、そこの数字が間違ってます」


先生も間違いに気付き、訂正した。


「お、こりゃ失敬」


次の先生の発言に耳を疑った。


「今回は『先生』を『お父さん』と言い間違えなかったな」


その一言で突然、小学校の時のことがフラッシュバックされ、耳まで熱くなった。


周りの生徒もこちらを見てクスクス笑っている。


動揺しながらもなんとか問題の解答をし、着席した。


隣の席のしぃちゃんは心配している様子でこちらを見た。


「みぃちゃん、大丈夫?」


「う、うん」


しぃちゃんも同じクラスだったから知っていた。


小学校4年生のとき、男の先生に向かって間違えて「お父さん」と呼んでしまったところ、みんなに笑われてしまったことがあった。


もう昔のことなのに、再び掘り返されたことが恥ずかしかった。


……あれ?


小学校の時の出来事をなんで中学校の先生が知ってるの?


しかも、みんなが忘れたようなことをなんで今更?


生徒はいっぱいいるのに、なんで私が間違えたということを覚えているの?


もしかしてと思い、マル秘のノートを開いてみた。


しかし、書かれていたのは一行だけだった。


「まさか……ね」


休憩時間になり、女子トイレにこもっている時のことだった。


女子グループが入り、噂話をしていた。


「ねえ、知ってる? マスミが寺島くんに告白したんだって。ウケるよね~」

「え? マジ!? 寺島くんってよくない噂聞くけど……。何股もしてるって噂だよ?」

「そう! だからマスミがバカなんだって」

「……実は」

「どうしたの?」

「私も寺島くんが……気になってて」

「お……そ……そうなんだ。……へぇ~」

「みんなには内緒ね! ……ここだけの……秘密ってことで……」

「ま、まあ、頑張れ。ウチらも応援するから」


あらあら。壁に耳あり障子に目あり、トイレにメアリーということわざを知らんのかね。


ここだけの秘密がここだけにとどまらないというのは、もはや常識。


「言いふらされてもいいですよ」と言っているのと同じといっても過言ではない。


人というのは、誰かに話を聞いてもらいたいようにできている。


秘密を共有することで、協力関係を築くという役割もある。


でも、私には秘密を共有できるような人がいない。


しぃちゃんは友達だけど、こういう話は好きではない。


だから秘密を聞いてしまった私は、このマル秘ノートに封印することにした。


私は誰もいなくなったことを確認し、トイレから出た。


教室に戻ると、マル秘ノートにまず「寺島くんは女たらし」と書いた。


しかし、その一行はスー…と消えてしまった。


「……あれ?」


もう一度同じことを書いてみるが、やはり消えてしまう。


消えるボールペンで書いた、ということでもない。


常識とはかけはなれた現象に、このノートが魔法のノートであるとしか考えられない。


昨日は先生のカツラについて書いた。


その時は文字が消えずに残った。


もしかして、自分が目にしたものでなければ意味ないのか?


次に「マスミちゃんは、寺島くんに告白した」と書いた。


すると、今度は消えずに残った。


どうやら私が見ていないものでも大丈夫なようだ。


ちなみに、マスミちゃんがどこの誰か知らない。


最後に「片桐さんは寺島くんが好き」と書いた。


これも消えずに残った。


トイレで話していた声の主が、同じクラスの片桐さんということはわかっていた。


すると、なぜ先ほど文字が消えたかの理由が分かってきた。


試しに「檜皮ひわだ 充希みつきは実は男」と書いてみるが、これは消えてしまった。


どうやら、ウソは書けないようになっているらしい。


それもそうだ。


秘密は真実であるから秘密なのであって、ウソは隠す必要がない。


ということは、寺島くんが女たらしということもウソだということになる。


ウソは書きこまないように注意しよう。


……ここまで書いてふと疑問に思ったのだが、マル秘ノートの使い方はこれでよかったのだろうか。


普通は自分の秘密を書き留めておくのがマル秘ノートの使い方だと思うのだが、私はずっと人の秘密しか書いていない。


でも仕方がない。


自分が知ってる情報は書く必要がないからだ。


読み返したときに黒歴史をわざわざ思い出すようなこともしたくないし。


というわけで、このマル秘ノートは、半ばネタ帳代わりとなってしまった。


我ながら悪いシュミである。




放課後になると、なんだか学校中が慌ただしい様子だった。


廊下で何やら揉めていた。


「なんで言っちゃうの!? 私が寺島くんのこと好きなのバラしたでしょ!」


声を荒らげているのは片桐さんだった。


だから言ったのに。人の口に戸は立てられぬって。


言ってないけど。


「え!? ウチ、言ってないよ!?」

「うん。ウチらがそんなこと言うわけないじゃん」


……そうなの?


てっきり誰かが言いふらしたものだと思っていた。


声のトーンから、とぼけている様子はなかった。


じゃあなんでバレたんだろう?


一年生の教室の前も騒がしかった。


「マスミちゃん、寺島先輩に告白したんだってー!?」


マスミちゃんというのは一年生の後輩のことだったのか。


ふと、下駄箱の前で足を止めた。


そういえば、マスミちゃんが告白したことも、片桐さんが寺島くんを好きということも、あのノートに書いたことだ。


偶然にしてはできすぎている。


昨日のカツラのことについてもそう。


私がノートに書いた途端、まるでみんなに秘密が共有されているような様子だった。


もう一つ疑問が残っていた。


私が先生をお父さんと呼んだことがみんなに知れ渡っていたこと。


秘密が共有されているってことは、一度書かれたってこと?


共有された後は消しゴムで消して証拠を隠滅したとか――


でも、このことを知っているのは――


交錯する思考の中、後ろからポンと肩を叩かれた。


「みぃちゃん、一緒に帰ろ?」

「しぃちゃん――マル秘ノートって知ってる?」


「マル秘ノート?」

「ほら。これ」


私はカバンからマル秘ノートを取り出した。


「何それ? 中にみぃちゃんの秘密が書いてあるの?」


違う。


彼女はこのノートの持ち主ではない。


なぜなら、このノートには私の秘密なんて一切書いていないのだから。


「じゃあ、私が小学校の時、先生をお父さんって言ったこと、みんなに言いふらした?」

「何言ってんのよ。そんなこと言うわけないじゃない」


「……ゴメン」


友人を疑った自分を反省した。


しぃちゃんがそんなことをするはずないことは分かっていたのに――


「でもなんか急に思い出したんだよね、あの時」


私は顔色を変えた。


「……どういうこと?」

「みぃちゃんが間違えてお父さんって呼んだ時の記憶が一気に蘇ってきてさ。なんでだろうね」


そういえば、こんなことを知るはずもない先生が知っていた。


そして、マル秘ノートの秘密の共有――


「もしかして、秘密を書いた人自身の秘密も共有されちゃう――ってこと?」


そのとき、ものすごい足音がこちらに向かってきた。


桂先生と片桐さんとマスミちゃん――と思わしき人物だった。


「「「あなたが持ってるマル秘ノートを見せなさい!!」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘密ノート あーく @arcsin1203

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ