最終話 "私の"文章

「いやぁ先生、今回も素晴らしい出来ですよ!それにこの筆の速さ……流石です」

「本当ですか?嬉しいです。ありがとうございます」


 ――大学卒業から2年後。書籍化の後、私は次々に作品を発表し続け、担当さんも付いてくれるようになった。相変わらずAIは手放せない。最近ではイラストも作る様になり、絵も文章も描ける二刀流の大型新人として、私は売れっ子作家の仲間入りを果たしていた。


「ところで、今度都内で作家さんが集まって新作を手売りするイベントがあるんですが……ちょうど新刊も出るタイミングだし、是非アイカ先生にもご参加頂きたくて、如何ですか?」

「あら、面白そう!勿論、参加させて下さい!」

「良かった!ファンの方々も喜びますよ!あ、そうだ。手売りの時に書くサインを決めておいて下さいね」

「分かりました!楽しみにしてます」


――イベント当日


「アイカ先生!私、一作目の時からファンで……」

「わー嬉しい!ありがとうございます」

「応援してます!」


 久しぶりに握るペンで慣れないサインを書くのは緊張したが、何とか上手くイベントは進んでいた。事件が起きたのは、午後の回だった。


「あのアイカ先生、お願いがあるんですけど……」

「あ、お世話になってます。なんですか?」

「あっちのブースで、イラスト作家さんが一人、病欠になっちゃって。本当に簡単なイラストでいいので、少しあっちのブースでイラスト色紙とかお願い出来ませんか」

「えっ……」

「2時間だけでいいんです!他に頼める方がいなくて」

「でも私、最近はデジタルばっかりで……」

「勿論分かってるんです!簡単なラフで良いので、どうか頼みます!」

「うーん……分かりました。やってみます」

「あぁ!助かります!」


 休憩時間にノートを使ってイラストを練習する。大丈夫、久しぶりだけど、昔あれだけ描いてたんだ。大丈夫……大丈夫……


「わー!アイカ先生の生イラストなんて感激だ!俺、本当に大好きで……」

「ありがとう。けど、本当に私、アナログが久しぶりで、下手になっちゃうけど構わない?」

「そんな!またご謙遜を……あれ?あぁ……」

「ね?下手でしょ」

「いや、下手じゃないですよ!けど、やっぱペンだと勝手違いますね。ありがとうございます」

「ごめんなさい、新作よろしくね」

「もちろん!じゃ……」


 明らかに失望して帰って行くファン達。横顔一つ描くだけで、こんなに大変だったっけ……ブランクって怖い。


「アイカ先生、ありがとうございました!すみません無理なお願いしちゃって……でも、お陰でブース盛り上がりましたよ!」

「いえ、描くの遅くてごめんなさい」

「そんなそんな!けど、アレですね。やっぱりデジタルとアナログって違う……」

「そうですね、アナログも練習しなきゃ」

「いや、アレはあり得ないでしょ」


 担当さんと会話している所に、ブースで隣の席だったイラストレーターが横槍を入れてきた。


「なんですか?アレ。ラフでもデッサン狂ってるのバレバレでしたよ。本当に普段から描いてます?」

「えっ、あの……えっと。いままであんな短時間で描いたことなくて……」

「あぁ。そういう事でしたか。僕、アイカ先生のイラスト結構好きで見てるんですよ。全然違ったから驚いちゃったんです。責める様な言い方してすいません」

「本当に、絵は最近デジタルでしか描いてなかったから……昔はアナログでも、もう少し描けたんですけど。ごめんなさい」

「アイカ先生にはこっちからお願いして、急遽あのブースに出て貰ったんだよ。だから準備が……」

「あぁ。デジタルはガイドラインとかあって楽ですもんね……こちらこそ失礼な事言ってごめんなさい。応援してます」

「ありがとうございます」


 イベント後――SNSでは、私のラフイラストに苦言を呈す投稿がチラホラ見掛けられた。AI生成じゃないか?と疑う声もあった。私は急いで過去のイラストを投稿し、昔はちゃんと描けていた事をアピールしてどうにか事態の収束を図った。


 パソコンを閉じ、ペンとノートを机に出す。あの頃描いていたイラストをまた描こうとするが、どうにも上手くいかない。ダメだ。描けなくなっている。

 今度は今日一日の体験を文章にしてみる……書き始めて数行で、もう前後関係が頭の中でごちゃごちゃになってきた。ダメだ、書けない。


 どうしよう。絵も文字も書けなくなっている。そういえば、自分の力だけで何かを書いたのはいつ以来だろう。思えばAIに頼り始めてから、マトモに創作や表現をして来なかった……


「あくまで公平にする為に作られた道具。そろばんを習ってなくて暗算が苦手な人は電卓を使う。絵の勉強や努力が出来なかったり、才能がなくて絵が描けない人達は、AI生成を使えば"公平に"絵が描けるようになるってだけの事」


 いつかのハルカの言葉を思い出す。私は、あくまで"出力が遅い"自分の補助輪としてAI生成を使ってきたつもりだった。それがいつの間にか、出力スピードどころか出力自体がAI無しでは出来なくなっていたのだ。


 筋肉は、使わなければ劣化して使い物にならなくなる。


 AI生成に頼り続けて、私の小説を"書く"才能は、最早使い物にならなくなっていた。


「アイデアはあるのになぁ……」


 あの頃と同じ。いや、悪化してるかも知れない。アイデアの取捨選択すらAIの出力に任せていた為に、今のアイカの頭の中は雑多な思い付きばかりが溢れていて、どれも使い物にならなかった。


 実は最近、自分の小説を読み返していない。売れているのは確かだが、何が面白いのか分からなくなっていた。推敲はただの作業と化して、昔のワクワクが感じられない。


「私、何が好きで小説書いてたんだっけ?」


 昔はどうだった?書き始める前の期待。書いてる最中の不安。書き終えて推敲する時の、まるで過去の自分と戦う様なワクワク……時に自分を褒め讃え、時に落胆し、喜怒哀楽をぐちゃぐちゃにしながら、研鑽を続けるあの時間……


 そうだ。私はその過程の全部が好きだった。だから、書くのにたっぷり時間が掛かった。

 他人の文章の雑さを貶めてしまうくらいに、自分が美しいと思う文章を書く事に執着していた。


 それなのに……その情熱を、私はAIに捨てた。


 この文章は全部、私の文章だった筈なのに。全て、AIに奪われた。対価として手に入れた人気も、文章を書けない事に気付いてしまった今ではちっぽけな物に思えた。このままではダメだ。私は、"私の"文章を書きたい。

 静かな闘志が、再び私の中に燃え上がるのを感じる。


“いつも作品をお読み頂きありがとうございます。突然ですが、私は次回作の制作に専念する為、暫く投稿をお休みする事にしました。”


 イベントの炎上はそれほど酷くならなかったが、私はAIから手を引く事を決意した。毎日、日記を書いたり、絵の模写を繰り返してリハビリをしている。

 あの頃の様な文章を、思うままの表現を、また自力で出来るように戻せるまで頑張るつもりだ。

 どれだけ掛かるかは分からない。けれど、それでも。


 私は、自らの手で創り出すモノの価値を信じたいのだ。


 

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アイ メイド・・・ 秋梨夜風 @yokaze-a

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